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竜記伝~その竜たちは晦夜(かいや)に吼えて~  作者: Win-CL
竜記伝―羨空のシエルと震天動地の流星竜《リンドヴルム》―

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第8話 暗雲立ち込めて

 ファリネで必要な素材は買い揃えられ――今度は格納庫の奥に設置されている、大小様々な工作機具類の出番だった。部材の加工から組み立てまで、必要な設備は全て用意されている。シエルにはドワーフの血ゆえの怪力もあって、急ピッチで作業は進められた。


 ――日数にしては半月もしない程度。シエルにとっては、過去幾度となく繰り返された工程で――失敗によって何度も書き直された設計図に合わせ、飛空艇は丁寧に作り上げられていく。


 翼や機体に張られた革だけではない。細かな部品についても、前々よりも強度を考えて使用してある。その度に設計図には新たな線が引かれていたのだった。


「あとは飛行試験を繰り返しながらの微調整だけ――」


 その筈だったのだが、そこからが予想以上に難航しており。飛べども飛べども、これといった成果を出す事ができない。高度はなんとか維持できても、そこからの上昇が中々に上手くいかない。翼や機体部の軽量化により、部品にかかる負荷は軽減されている。それでも――飛空艇を上昇させるには不十分だったのである。






「はあぁぁぁぁぁぁ」


 その日の飛行試験を終え、格納庫へと戻ったシエルはテーブルに突っ伏す。まだ手を加えられる箇所があるはずと、試行錯誤の繰り返し。しかし、どうやっても蒸気機関(スチームエンジン)とのバランスを取ることができない。


 十分に風を掴むことのできる翼を作ったところで――それを満足に活かしきるための動力が無いのだ。これ以上の馬力を求めるならば、必然的に機関(エンジン)は大きくなる。それに伴い、全体の重さも変わってしまうだろう。


 父の遺した機関(エンジン)で、これまで騙し騙しやってきたシエルだったが――それは幾度となく繰り返してきた飛行実験の、実質的な終了宣告だった。


「シエル……もう――父親(デゼール)の後を継いで飛ぶのは止めるんだ」


 イグナはシエルが失敗して帰ってくる度に呆れを口にしていた。『止めた方がいい』とも何度も言っていた。けれども――明確に『止めろ』と言うのは初めてのことで。


 滑稽だから、哀れだから止めろと言うのではない。何度失敗しても止めることのない、シエルのその姿勢が、その執念が。‟異常なものなのだ”と気づいたからである。


『ここまで来ると――もう、それは呪いだよ』


 絶対に口には出来ない。が、そう言いたくなってしまうような。イグナはそんな不安に似た感情を抱いていた。このままだと、シエルは父親(デゼール)の影を追い続けそうだったから。成功の見えない道を突き進み――果てには、結末まで同じになるのではないかと感じたからだった。


「……嫌だよ」


 しかし、シエルはイグナのそんな胸の内を知らず奥歯を噛み締める。シエルの父親(デゼール)は――いつか竜と分かり合える時が来ると空を目指し続けた。


 ――デゼールだけではない。それよりずっと前から、極少数でも。確かに空を目指すヒトは存在し続けたのだ。


「目標が必ず達成できると限らないんだ、シエル。――ヒトは空を飛ぶことは……できない」


 技術も環境も――そのどれを取っても『まだ早い』とイグナは言う。しかし、シエルにとっては『もうすぐ手が届きそう』な所まで来ているのだ。格納庫に大量に収められている設計図や理論書。それらは、デゼールが様々な土地を回って集めてきたものである。


 いくら技術が発展しようとも、一足飛びで上手くいくことなどありはしない。ただひたすらに、実験を、試験を繰り返し――長い年月が、幾つもの犠牲が積み重なっているのだと。ようやく、ここまでたどり着くことができたのだと。それは――


 シエルの足を前へと運ぶには十分過ぎる理由となっていた。


「飛べないなんて、そんなのまだ分からないじゃない!!」


 空を目指したヒトが、最後まで諦めなかったとは限らない。墜ちる寸前には、『やはり無理だった』と絶望していたのかもしれない。

 

 ――それでも、シエルはイグナの言葉を否定する。


 自分たちが歩み寄ることで――いつかは竜と対話できる未来を望んでいた者がいたのは事実で。それは勿論、自分達親子にまで確かに受け継がれていて。


「心臓部が使いものにならないんだろう? 手詰まりじゃないか」

「…………っ! ……そんな……こと」


 だからこそ、八方塞がりの状況でも。こうして、どうにかできないかと模索しているのである。


「丁度いいじゃないか。少し頭を冷やして考えてみるべきだよ」


 ただの真似事で済ますのならば、これでいいだろう。しかし、シエルが望んでいるのはそうではない。それでは――永遠に届かないかもしれない。


 悔しさに握りこまれる拳。その中で、皮手袋がギリギリと鳴る。


「どこまでが出来ることで、どこまでが出来ないことなのかを――」


 その悔しさは拳だけではなく、表情にも表れる。


 ――目には薄ら涙を溜めて。それを零さないようにと、歯を食いしばっていた。


「それを決めるのはっ――イグナじゃない! 他でもない、私自身が決めないといけないことなのよ!」


 ドンッと拳を叩きつける音と共に、シエルは立ち上がる。


「シエル――!? どこに行くのさ!」

「ちょっと頭を冷やしてくる!」


 シエルはそう言って、格納庫を飛び出したのだった。






「……はぁ」


 丘を街とは反対方向へ下った場所――いつも飛行訓練に使っている所で、シエルは膝を抱えていた。


 ――かれこれ一時間近く。目を固く閉じて、どうすればいいのか考えているうちにグルグルしてきて。最終的に、何を悩めばいいのか分からなくなったところで頭を上げたのだった。


「やっぱり、頭だけ働かせようとしてもダメだ……」


 イグナとは顔を合わせ難いので、また明日にしよう。でも、鍵だけはしっかり閉めとかないと。そんなことを呟きながら、シエルはツナギのお尻部分を軽く払って立ち上がる。

 

 ――その瞬間だった。

 

「――――!?」


 シエルの遥か頭上を――爆発音と共に、‟何か”が高速で飛んでいった。その‟何か”の正体を確認するため、彼女は目を凝らすものの――それから同じような音が続くだけで、何が飛んでいるのかが見えない。


「――っ」


 嫌な予感がしたシエルは走りだし、丘を越え、街を一望できる場所に出る。そこで彼女が見たのは――様子の変わった街の姿。上空ではまるで空を埋めていくように、竜が集団で旋回していた。


「なんで……。――っ!?」


 それまで響いていた音の正体も、はっきりと認識できていた。――砲撃音である。再び鳴り響いたそれに続く竜の断末魔。何が起きたのか視認することは出来ないながらも、砲弾によって竜が撃ち落とされたのだと、シエルは確信した。


 たった今まで、雄々しく羽ばたいていた竜が死体となって街へと落ちる。街の住人も被害が及ばないよう、避難を始めている。火薬の臭いと共に赤黒く染まる空は――まるで、地獄の風景のようだった。


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