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竜記伝~その竜たちは晦夜(かいや)に吼えて~  作者: Win-CL
竜記伝―羨空のシエルと震天動地の流星竜《リンドヴルム》―

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第1話 その少女は空を羨む

 分厚い雲に覆われた空の下――日が差すこともない薄暗い中に、少女の声が響く。


「んー! いい風!」


 大型のゴーグルを付けた青髪の少女、シエルの周りをごうごうと風を押し退けていく音が包んでいた。流れていく風景。彼女の眼下に広がるのは、青々と生い茂る木々。


「この調子なら――」


 シエルがいるのは、地上から10m程度の高さだった。‟空”と呼ぶには些か高度が低い。――が、確かに彼女は『飛んで』いた。


 彼女はドワーフの血が四分の一入っている、いわゆるクォーターである。飛ぶための翼が背中に生えているわけではない。かといって、飛行魔法を扱えるわけでもない。それでも何故、彼女が人族ならざる領域にいるのか――


 木製の枠組み(フレーム)

 幾つもの革が張られた機体(ボディ)(ウィング)

 そして、小型の蒸気機関(スチームエンジン)


 これらで構成された小型飛空艇に、乗り込んでいるからに他ならない。


「『ヒトが飛ぶなんて自殺行為』って言われてるけどさ――」


 少女一人分の搭乗スペースしかない、本当に小さなもの。それでも――不安定な揺れを伴いながらも、確かに彼女を乗せて空を飛んでいた。


「――諦められないよね、やっぱり」


 ヒトは翼を持って産まれてはこない。だからこそ、人々は研究を重ね、翼を造り出す技術を産みだしたのである。


 死を恐れないのならば、この世界で飛ぶための道は二つ。


 ――魔法か。

 ――工業か。


 蒸気機関を主軸に発展を続けてきた都市、ナヴァラン。そこで技工士(クラフター)だった父を見て成長してきたシエルが、後者を選んだのは必然とも言えることで。


 飛行試験も何度繰り返されたことだろう。初めのうちは空中に居続けることすら困難だった飛空艇も――改良を重ねたことで、単距離ならば移動が可能なぐらいにまで飛ぶようになった。


 いつも、飛び出すたびに胸が高鳴る。

 こんなに気持ちのいいことは無いと。


 いつか本当に、自由に空を飛ぶことができるようになれば――

 いったいどれだけ、幸せな気持ちになれるのだろうかと。


 蒸気が吹き出す音。両翼が風を切る音。歯車(ギア)歯車(ギア)が噛み合う音。ガタガタという騒がしい駆動音すら、心を震わせる一因にしかならず。もっとよく聞こうと、シエルは耳を澄ませる。


 そして――彼女の耳に入ってきたのは、遠くで轟く雷の音。


「……雷? いやいや、まだ雨の降るような風は――」


 幾度となく外に出て、飛行試験を行って。天候のチェックも欠かさず行ってきたシエルである。大雑把ながらも天気ぐらいは予測できる彼女である。故に、雷なんて鳴るわけがないと辺りを見渡すシエル。


 分厚い雲はいつもの通り、太陽なんてのもぼんやりとしか見えず。それでいて――雨を運んでくるような黒雲などは一切浮かんでいない。


 やはり雷なんて気のせいだったのだと、シエルは自分の感覚の正しさを確認して――同時に、己の勘の悪さを後悔した。


「まっさかぁ……」


 彼女がゴーグル越しに見たのは、竜の姿。一頭の翼竜が、飛空艇に並行するように飛んでいたのである。


 ――空は竜の領域である。『下賤の民は下賤の民らしく、一生地べたを這いずり回っていればいい』そう言わんばかりに、シエルの目の前に現れたのだった。自分達の領域を踏み荒らそうとするものに、慈悲をかける者などいない。


 人も獣も、植物でさえも――絶えず縄張り争いを繰り返して生きているのである。もちろんそれは竜も例外ではない。それ故に、この世界で空を飛ぼうとすることは自殺行為と呼ばれているのだった。


「あー……。ちょーっとこれはヤバいかも……」


 竜の大きさは、シエルの個人用飛空艇と同じぐらい。それでも、他の竜に比べればまだ小型の部類。今ならまだ間に合う、まだ一頭ならば逃げ切れるはずと。竜をこれ以上刺激しないよう、飛空艇を旋回させたのだが――


 ――ミシリ、と。そんな嫌な音が、翼の根元部分から聞こえたのだった。


「嘘でしょ……?」


 空を飛ぶためにと、機体はより軽くなるよう設計されており、ギリギリのバランスで飛んでいたのである。そんな中で急に負荷をかけた結果――部品のつなぎ目などの弱い部分を中心に、少しずつ裂け始めていた。


 当然、そのような状態では姿勢を安定させることなどできず。シエルを乗せた飛空艇は、ぐるりと竜に背を向けたところで急激に速度を落としていき――真っ逆さまに急降下し始めたのだった。


「もぉぉぉ! 今回は上手くいくと思ったのにぃぃぃぃぃ!」


 天地逆転した飛空艇の中で、シエルの絶叫が響く。


「OOOoooooooo!」


 彼女の視界の端では、怒りに吼える竜の姿が。墜ちていく飛空艇と、それを追う翼竜。速度は追う側の方が少しだけ上だったものの、追いつくまでには距離が足りない――つまりは、飛空艇が地面に激突するまでの方が早いという状況である。


「お願い、飛んで――!」


 緊急脱出するにしても、外には竜がいる。なにより、このまま機体を大破させるわけにはいかないと、シエルは全力で操縦桿を引く。ギリギリと、ミシミシと。しなってしなってしなって――限界まできたところでバキリと折れて。


「ちょっと!?」


 もう駄目だと脱出装置に手を伸ばしたその時だった。グンッと身体に負荷がかけられ、シエルはその手を止める。慌てて外を確認すると、視界は正常。飛空艇が一瞬だけ風を捉え、体勢を立て直し、地面スレスレを滑るように飛行する形になっていた。


 あとは少しずつ高度を落としていき、なんとか地面に降り、徐々に速度が緩やかになって無事不時着、となれば良かったのだが――依然として速度は落ちず、そのまま木にもぶつかることなく。


「待って待って待っ――」


 飛空艇はガリガリと地面の上を滑り続けていた。


 更に間の悪いことに、進行先の地面に大穴が空いていて。必死に操縦桿を操作しようとするも、先ほど折れてしまったばかりである。


「――って待って……え……えぇっ!?」


 それからはあっと言う間のことで、脱出スイッチを押す暇もなく。気が付けば飛空艇は大穴の縁から中心へと見事に飛び出し。結果、なんとも形容し難い浮遊感がシエルの身体を襲うこととなる。


「ああぁぁあぁぁぁぁぁ!?」


 まるで吸い込まれるかのように――飛空艇はシエルを乗せたまま、一直線に大穴へと落下したのだった。


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