第7話【裏】前編 キビィはその頃
「――さぁて、どうしたものか」
騎士団宿舎へとテリオを向かわせ、街中へと出たのはいいものの――実際のところ、情報収集は殆どする必要もない。
テリオが追っているクルーデという男に‟黒竜の呪い”が宿っている以上、いくら距離が離れていたところでどこに逃げているか程度の事は把握済み。そう、問題などありはしないのだが――
「……どうしたものかなぁ」
何度目だろうと、同じ呟きを口にしたくもなる。単純にテリオをクルーデの元に引っ張っていけばいい、という話でもなかった。これは大きな誤算だった。こちらの正体を悟られないよう、テリオが途中で折れてしまわないよう、うまく誘導する必要があった。
そんなことが出来る程、器用ではないのだが……。ここまで来てしまった以上、あとはやり通さなければならないだろう。リナードへ向かう段階で、怪しまれている気配はないものの――その先から誘導するための理由を、何か用意しておいた方がいいだろうか。
しばらくの間あれやこれやと考えるものの、これといってパッとした案も出てこない。これは……腹が減っているからだろうな、うん。――テリオから少しは金を預かっておけばよかった。
「とりあえず、だ。次の街へ向かう足だけは確保しておくか……」
時間はあるのだから(あってもらっても困るのだが)、テリオが戻るのを待つ間に考えればいいと、リナードへと向かう方面の出口へと足を向けた矢先に――
「――おっと」
曲がり角の先から、三人組の男が勢いよく飛び出してきた。事前にいくつかの臭いが近づいていたことは分かっていたし、避けるのには造作もなかったが。
別段、男たちからは殺気なども感じられない。隙を突いて襲ってきたとか、そういうのではないらしい。何かから逃げているような様子――だが、それほど切迫した表情でもないのは一体どういうことだろう。
謝罪の言葉も、一瞥をくれることさえもなく。男たちは勢いそのままに、道行く人々を突き飛ばしながら街中を駆けて行く。
……中々にいい度胸をしてるじゃあないか。
「なんなんだ? あいつ等は――」
「わっわっ、危ないっ!」
「あぁ?」
逃げていく男たちをゆっくりと眺めることすらできないらしい。突然のことで匂いを感じ取ることもできなかったが――それでも、何やらガチャガチャとした物音と、事前に声をかけられたおかげで衝突は免れることができた。
「うわっわわわっ」
――なんだ、今度は女か?
髪は明るい青色のショートで、年齢はテリオよりも少し若いぐらい。よく言えば活発――悪く言えば、見るからに落ち着きがなさそうな女だった。その証拠に、私を庇おうとしたのか、勢いあまって盛大に地面へとダイブしていた。
「ごめんなさい! 怪我は無い!?」
「あ、あぁ……避けたからな。大丈夫だ」
むしろ、お前に怪我はないのかと。
派手に転んで、慌てて起き上がって。おおかた前も禄に見ず飛び出してきたのだろうな、というのが大体の印象である。……流石にそれを面と向かって口に出す程に礼儀が無いわけでもないが。
「あぁ、よかった。ゴメンね、急いでたから――」
その少女はペコペコと頭を下げて謝るなり、再び走りだそうとしていた。――そのまま見送ってもいいのだが……これはこれで丁度いい暇つぶしになるか。
「おい、待て。……その様子だと、さっきの三人組か?」
「あー……うん。買ってたお土産を盗られちゃって……」
どうやらこの青髪の少女、相当どんくさいらしい。
「私の名前はシエルって言うんだけど。ナヴァランから買い物に来たの――」
話によると、並んでいる商品を眺めている際に、置いていたお土産を先の三人組に盗まれてしまい――何とか取り戻そうと慌てて追いかけていたものの、私と衝突しかけて完全に見失ってしまったらしい。
「……それは悪いことをしたな。そうだな……ここで少し待っていろ」
「…………?」
これは丁度いい。人にぶつかっておいて謝りもしない奴らを少し懲らしめてやろうじゃないか。
人の身というのは料理を味わえる利点もある反面、面倒臭いことも多々あるもので。あれは駄目これは駄目と気を使わないといけないし、これを機に合法的に獲物を追いかけまわすことができるのならば、それは願ってもないことだった。
「ちょうど暇だったところだ。私が取り返して来てやる」
きっかけさえ貰えれば後はこちらのものと、男たちの逃げた方向へと向かう。背後からは『いや、でも。私の不注意だから――』と、止めるような声が聞こえたような気がしたが既に聞く気などはさらさらなかった。
この人で溢れかえっているこの街で、特定の三人を探すことなど至難の業、不可能だと言う者もいるだろうが、それは探す側がただの人だった場合の話で。私にとっては臭いから居場所を辿るのは造作もないこと。要するにこれは――‟ただの狩り”だ。
「さて……そう遠くまで離れてはいないらしいな」
臭いの元である男たちは、その場所から止まったまま移動しておらず――目算では、恐らく見つけ出すのに十分もかからないだろう。
……なるほど。この街を縄張りとしているわけだ。街の隅から隅まで把握していて、そう簡単に見つかることはないと安心しているわけだ。
「……これじゃあ、暇つぶしにもならんじゃないか」
逃げ回っている対象を追い詰めるつもりで挑んでいたのだが、これでは簡単に済んでしまう。拍子抜けもいいところである。
それにしても――シエルと言ったっけか。ガチャガチャと音を鳴らしながら忙しなくしていた、あの青髪の少女。
「あの女……技工士だったか。こちらの大陸では珍しいが……」
やたらと収納ポケットが付いたコート、腰に巻かれたクラフトベルト。と、なると――ガチャガチャと鳴っていたのは工具の類。
技工士というのは魔法ではなく、金属加工などの工業技術を習得し利用する職人たちのことである。
人々の生活に携わるものが殆どなのだが、鉄鉱石などの資源供給などの環境も含めて考えると、魔法同じくこちらの大陸で恩恵を受けることは殆どなく。鍛冶職人も技工士に含まれるにしても、それ以外で本格的に活動しているのを見ることができるのは、鉄銹都市ナヴァランぐらいだった。
――鉄銹都市ナヴァラン。
「機会があれば立ち寄ってみるか……いや、でも空気がなぁ」
鉄と油と蒸気の街。文字通りの意味で、近づくだけで鼻が曲がってしまいそうになる。過去に訪れたことはあるものの、ものの味がよく分からずさっさと別の場所に行ったのは良い思い出――とは言えないだろう。
「おっと、もう目標発見か」
建物の隙間や、屋根の上。この街には隙間が多すぎて、なるほど盗人も増えるわけである。持ち前の身軽さを利用できるのだから、有り難いとは思うのだけれど。
というわけで、屋根の上から見下ろした先に映るのは――建物に囲まれた空き地の中に、ぽつんと建てられた廃倉庫。恐らく、本人たちにしか分からない抜け道があるのだろう。本来の入口であるはずの建物の隙間には、所々に木材が積み重ねられていた。
まぁ、この空き地は街の死角というやつだろう。盗人たちの活動拠点にはまさしくうってつけの場所で。それでも私にかかれば、辿り着くのに二十分もかからなかったわけなんだが。
「期待外れもいいところだな……」
ここで様子見に徹する必要もないので、さっさと空き地へと降り立つ。扉も鍵が壊されており、開けっ放しの状態。どうぞ侵入してくださいと言わんばかりで。
「しっかしまぁ、なんだ今回の収穫は」
二階部分は吹き抜けとなっており、無駄に広い倉庫の中で男たちの声が反響している。
「この装飾品なんて――首輪しても太すぎやしねぇか?」
「……お前の故郷で飼ってる家畜なら、ぴったりなんじゃないか?」
「家畜にこんな豪華な首輪をする奴なんているかよぉ」
「違ぇねぇ! ハッハッハァッ!」
せめて気分だけでも味わおうと――そろりそろりと歩を進めていたのに。盗人三人組は外から持ち込まれたらしきテーブルを囲んで、盗んできた戦利品を眺めながら談笑していた。
――おいおい。なんだそれは。
「…………っ!」
なんだろう、この裏切られたという気持ちは。
なんだろう、この警戒心の無さは。
あまりの苛立ちに、足元に置いてあった木箱を思いっきり蹴り飛ばしてやった。
中身の入っていない木箱は一直線に壁にぶつかっていき、木っ端微塵に砕け散る。もちろん、けたたましく音が鳴り――浮かれていた盗人たちもようやく侵入者である私に気が付く。
「何だっ――!?」
「……まさか騎士団が――」
「……いや、違う。ガキが一人だ」
――騎士団じゃなくて悪かったなぁ、おい。
ガキだと不満か? ん?
物音に動揺したのも束の間のこと。こちらを確認するや否や、馬鹿にしたような笑いでノコノコと近づいていく。獲物がわざわざ、狩人の前に出てくるなど――
「うへへ……こんな所までどうやって迷い込んで来たんだい? お嬢ちゃ――」
あまりにも言語道断な態度だったので、思わず先頭の男を殴り飛ばしていた。




