はな④
月曜日の夕方。
公園へと続く道でお兄ちゃんが私に気づいた瞬間、くしゃっと顔を歪ませた。
そして、小走りで駆け寄ってくる。
「…はなちゃん…」
何か言いたくて、言えないよう。
お兄ちゃんは、数歩手前をで足を止めてしまった。
「お兄ちゃんだ…っ」
私の方から駆け寄り、その手をにぎった。
「お兄ちゃんに戻ってる…」
お兄ちゃんは、目を丸くしている。
「昨日は、怖かったよ。お人形さんみたいで」
私の言葉は伝わった。
お兄ちゃんは、繋がる手を握り返してくれる。
「ゴメンね。はなちゃん」
お兄ちゃんは身を屈めて、私の目の高さに合わせた。
近づいた瞳が揺れているように見える。
「これから、ボクに少し時間をくれない?はなちゃんにちゃんとお話ししたいんだ」
私がうなづくと、ほっとしたように視線が優しくなる。
「じゃ、ちょっと公園まで歩こう」
歩きだした二人の繋がれたままの手に、ぎゅっと力を込められた。
公園。
お母さんと散歩するところ。
あやちゃんと遊ぶところ。
お兄ちゃんと初めて話したところ。
もうすぐ5月も終わり。
ほんのちょっと前までは、真っ暗になっていた時間。
こうして、ベンチに座って向かい会うお兄ちゃんの顔は、まだ見えていた。
「春と言っても、すぐに寒くなるからね」
制服のジャケットを脱いで、私の膝に丁寧にかけてくれる。
「ありがと」
お兄ちゃんは口の端だけあげて笑った。
私をじっと見つめた後、目線を落として口を開いた。
「…あの時、はなちゃんがわからなかったわけじゃないんだ。 何だろう、 知らないフリをしなきゃいけないと思ったんだ」
胸がズキリと痛む。
「はなちゃんはボクのお家の事知ってたっけ?」
「大きい病院のお医者さんのお家でしょ?」
「そう。だから、よくある話なのかも知れない。でもね。ボクの心の中では確かにあるんだ」
お兄ちゃんは顔を歪めた。
「それでも、聞いてくれるかい?」
私はうなづいた。