episode19-4 家族写真
その時、携帯が鳴った。篠原からだ。
「谷原は現れたか?」
電話の向こうでは、捜査員たちが慌ただしく動いている様子が伝わってきた。
「まだです」
「奥さんと娘さんも無事なんだな」
「いえ、二人は奥さんの実家に今行っています」
俺の言葉に篠原は息を飲んだ。
「実家の電話番号は?」
番号?わからん。
篠原に急き立てられ、車を降り慌てて住谷の家に向かった。住谷に奥さんの実家の番号を聞き、篠原に伝えた。
「何かあったんですか?」
隣で、住谷が心配そうに俺の様子を伺っている。
「病院付近にある写真館で、住谷家族の写真がショーケースに飾ってあるのを藤さんたちが見つけたんだ」
篠原が電話口で、捜査員に指示を出しながら言った。
「家族写真?」
ピアノの上に飾られている写真に目を向けた。俺の視線をたどるように、みんながピアノの上の写真を見つめた。
「もしかして・・・谷原はコレを見たんですか?!」
俺の言葉に、住谷の顔が見る見る青くなっていった。
「一ヵ月前、そのショーケースのガラスが何者かに割られたことがあったらしい」
篠原の話を、所轄の刑事や田村に伝えた。篠原から次の連絡があるまで、俺たちはこのまま住谷の警護にあたる。住谷は顔面蒼白になって、その場に座り込んだまま動かない。
「大丈夫ですか?」
近寄って声をかけると、「か、家族は関係ないじゃないか!」と俺の腕を震える手で掴みながら、住谷は上ずった声で叫んだ。
「落ち着いて下さい。まだ、ご家族が狙われていると決まったわけではありませんから」
住谷の肩に手を置き、なだめるように言いながら彼をソファに座らせた。
「連絡を待ちましょう」
頭を抱え呻く住谷にそう言うと、手元の携帯に視線を移した。今、捜査本部にいる捜査員が奥さんの実家に連絡を取っているところだ。何もなければいい。張り詰めた空気の中、篠原からの電話を待つ。
五分経っても電話はかかってこない。確認の電話くらいすぐできそうなものなのに。 まさか・・・・何かあったのか?不安な思いが頭を過ぎった時、やっと電話がかかってきた。慌てて電話に出ると、「娘さんが――いなくなったそうだ」と篠原が、苦しそうな声で呻いた。
「そんな!?いつ?」
住谷が、体を震わせながら俺の横へ駆け寄ってきた。所轄の刑事や田村も、こっちをじっと見つめている。
「娘さんが、いなくなったそうです」
そう言うと、住谷が口元を両手で覆った。
「彩花!どうして彩花が!!」
「ついさっきまで庭で遊んでいたようなんだが、目を離した隙に姿が見えなくなったらしい。今、捜査員たちが全力で探している。必ず見つけ出すから、お前たちは住谷の警護に集中するんだ!」
そう言うと篠原は電話を切った。篠原の電話の内容を所轄の刑事や田村に伝え、実家へ向かおうとする住谷を数人がかりで取り押さえ、落ち着かせた。
「彩花に何かあったら!彩花に――」
口元を両手で押さえながら、震える声で住谷が呻いた。
その時、家の電話が鳴り住谷の肩がびくりと反応した。
「実家からかも!彩花が見つかったのかもしれない!」
表情を緩ませながら、電話に走り寄り受話器を乱暴に取り上げた。
「もしもし!?」
だが、受話器の向こうから聞こえたのは奥さんでも実家の両親でもなかった。
「住谷、久し振りだな。俺のこと覚えてるか?」
押し殺したような低い男の声。
「あ、お前―――た、谷原か?」
見る見る表情を曇らせ、住谷は俺たちにすがるような目を向けた。俺たちは住谷のもとへ駆け寄ると、スピーカーのボタンを押した。
「お前の娘、かわいいなぁ」
スピーカーからは、粘着質な男の声が聞こえてきた。住谷は額に脂汗を浮かべながら、受話器を両手で握り締めた。
「娘を――娘に手を出すな!」
受話器の向こうの谷原は「警察いるんだろ?お前に手が出せないから娘を殺してやるよ」と楽しげに嗤った。
「やめろ!やめてくれ!娘は関係ないだろ!頼む、やめてくれ!」
住谷は、必死で受話器の向こうにいる谷原に頼み込む。
「頼む、やめて!やめてくれ!ひゃはははは」
ふざけた口調で谷原は、住谷の言葉を何度か繰り返し嗤った。
「住谷、娘を殺されたくなかったら、緑が丘遊園地にお前一人で来い」
そう言うと電話が切れた。
すぐに谷原から電話があったことを篠原に伝えると、篠原が舌打ちをした。
「住谷を遊園地前の駐車場まで連れて来い。絶対一人にするな!」
篠原からの指示を伝えると住谷は、冗談じゃない、と叫んだ。
「一人で行かせてくれ。じゃないと彩花が殺されてしまう!」
住谷は、目を真っ赤に充血させ俺たちに懇願した。
「住谷さん。今の谷原は、何をしてもおかしくない状態なんです。貴方を撃った後、娘さんも撃つかもしれない。そうさせないためにも、我々と一緒に行動して下さい。大丈夫、貴方も娘さんも我々が守ります」
俺の言葉に失望の色をあらわにしてうなだれる住谷を促し、田村の車に乗せた。警察と一緒に行動することが、家族にとってどれほどの恐怖か。それでも、一人で行動させるわけには行かない。
所轄の刑事たちは、別の車で後ろからついて来ている。ところが、土曜日ということもあり道が渋滞していてなかなか前に進まない。こんな時に!隣に座っている住谷の焦りと苛立ちは、ピークに達していた。
「どうして俺たちがこんな目に・・・・どうしてこんな理不尽な目に合わなきゃいけないんだ!」
怒りに震える拳を固く握り締めた。
「谷原もそう思っただろうな、あんたたちにイジメを受けた時」
運転手の田村が、前を向いたまま冷たく言い放った。
「な、それは十年も前の――」
「十年前だろうが、二十年前だろうが理不尽だと思ったんだよ、谷原は」
田村の容赦ない言葉に、住谷は動揺した。
「あんた、谷原に悪いことをしたとすら思ってないだろ?谷原のことも忘れてただろ」
「いい加減にしてくれ!そんな昔のこと!ただの子どもの遊びじゃないか!それを今さら――それに家族は関係ないじゃないか!」
住谷が、顔を真っ赤にして怒りをあらわにした。
田村・・・・気持ちはわかるが家族を刺激するな。
「谷原のしている行為は、卑劣で許されないことです。娘さんには一切関係のない逆恨みなのだから。私も許せません。だから、谷原を必ず逮捕します。娘さんも無事助け出します」
俺の言葉に、住谷が安堵した様子でこっちを振り向いた。
「でも、住谷さん。想像してみてください。貴方の娘さんが、貴方がたが谷原にしたことをされたとしたら――貴方はどうしますか?子どもの遊びだからと笑って許すことができますか?」
隣に座っている住谷の目をまっすぐ見据えた。住谷が顔を強張らせる。
「それは・・・・」
「あんたは忘れちゃいけないんだよ、自分がしたことを。父親なら、なおさらだ」
言い淀む住谷に、田村が容赦なく言い放った。
遅くなりました。
楽しんでいただければ幸いです。