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COMBINATION  作者: haruka
新しい仲間
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episode19-3 最後の一人

 深夜の住宅街で三発の銃声が鳴り響いた。被害者は、浅野高明、腹部を撃たれ出血多量で搬送先の病院で亡くなった。彼は、谷原をイジメていた二人のうちの一人だった。浅野を警備していた二人の捜査員も、撃たれて重傷を負い今病院の集中治療室にいる。谷原は、その場を逃走。緊急配備が引かれ、区内全域に検問を敷いたが谷原は捕まらなかった。

「残り一人―――弾はあと4発、か」

 田村はハンドルを握ったまま黙っている。

「やり切れないな。イジメが原因で、谷原の人生は狂ったわけだろ?しかも残りの命はあと半年・・・・」

「本人の責任だろ」

 田村は、前を見ながら冷たく言い放った。

「・・・・お前ね。それじゃあ、イジメられる人間が悪いとでも言いたいのか?」

 それは、あんまりじゃないか?

「違うさ。イジメは、イジメる人間と止めずに見ている周りの人間が悪い。でも、その後の人生は違うだろ?学校を辞めたって、別の学校に入り直すことだってできた。定時制だって、通信制だって、フリースクールだってある。でも、谷原はそれを選ばず、グレて、極道に入った。自分で選んだ道だ。それを、イジメた人間の責任にするのはお門違いもいいとこだろ」

 田村の言ってることは、確かに正論かもしれない。でも――みんながみんな田村みたいに割り切って生きられるわけじゃない。強い人間ばかりじゃない。冷めた目でハンドルを握っている田村をじっと見つめ、視線を前方に戻した。

「俺はさ、イジメられたこともイジメたこともないから分からないけどさ、でも、もし自分がイジメられていたらと想像すると――コワイと思ったんだ。一人に対して、集団の人間が言葉や力でねじ伏せて、毎日毎日、徹底的に自分を否定されてさ。――そしたら、やっぱりすぐには立ち直れない、時間がかかると思うんだよ。学校に入り直すとか、そんな簡単にできないと思うんだ・・・・」

 だから谷原だって、自分を受け入れてくれた不良たちの仲間になったんじゃないのか?居心地良く感じたんじゃないのか?そんなことを考えていると、「・・・・お前みたいなヤツばかりだったら、世の中もう少し住み安かっただろうな」ぽつりと田村が呟いた。


 白い外壁で洋風の可愛らしい家。玄関には、色とりどりの小さな花が、バランス良く植えてあった。インターホンを押し、カメラ越しに警察手帳を開き身分を明かした。

「I県警の望月と田村です」

 困惑気味の住谷一樹が出てきた。イジメをしていた最後の一人だ。朝一番で開かれた捜査会議で、彼の警護に付くことが決まった。

「中へどうぞ」

 住谷に促され、家の中へ入った。広々としたリビングに案内されると、四人の捜査員が窓の近くに立って外を伺っていた。昨日から、警護に当たっていた所轄の刑事たちだ。

「まったく迷惑な話ですよ。十年も前のことを今さら!」

 住谷は苛立ちを隠そうともせず、ソファに乱暴に腰掛けた。仕事も休みを取らされ、家にも何人もの人間がずかずかと入ってきたのに対して辟易している感じだ。自分が命を狙われている、ということもあまり本気にしていないのかもしれない。二人も殺されているのに・・・。

 俺たちは、そんな住谷に対して何も答えず窓の外の様子を確認する。ふと、ピアノの上に並べてある家族写真が目に止まった。どこかの写真館で撮ったのだろう、親子三人でにこやかに写っている幸せそうな写真。

「娘さんと奥さんは?」

 所轄の刑事に聞くと、「事情を説明して、今は奥さんの実家に。ここにいると危険だから、朝早い内に移動してもらったんだ」と返事が返ってきた。

 その方がいいだろう。それに、三人より一人のほうが守りやすい。住谷は、かなり苛ついているらしく四本目のタバコに火をつけた。テーブルの上に置いてある灰皿には、タバコの吸殻が山積みになっていた。

「俺たち、外の見回りしてきます。もしかしたら死角に隠れているかもしれないし」

 家に四人も捜査員がいるなら安心だ。俺と田村は、外へ出た。


 金曜日の午前中ということもあって、あまり外を歩いている人はいない。新興住宅街ということもあり、住谷の家の周りには十数戸の住宅があるだけで周りはほとんど分譲地だった。隠れるような場所も建物もない。狙うなら人通りの少ない夜、か。それでも、これだけ周りに何もなければこっちも警戒しやすい。


『十年も前のことを今さら!』


 住谷の言葉が頭をよぎった。

 十年の間、忘れてなかったってことだろ。それだけ苦しんだってことだろ 。・・・・なぜ苛立つ前に、そのことに気付かないのか。

 谷原は、今どこにいるのだろう。何を考えているのだろう。目の前に立ちはだかる死に怯えているのだろうか。イジメた人間への憎悪に燃えているのだろうか。

「どうして治療を拒んだんだ?」

 余命半年―――治療をすれば、の話だ。

 治療を拒んだ谷原の命は、実際はもっと短い。それに、治療をきちんとすればもっと長く生きられる可能性だってある。それをなぜ拒んだ?なぜ、殺すことを選んだ?自分の命を投げ打ってまで―――。いつの間にか立ち止まって考え込んでいた。

「余命を宣告されたのが、一ヵ月前。拳銃を購入したのが、二週間前。その間に、谷原に何かがあったんだろう」

 そう言うと田村は、「一旦家の方に戻ろう」と言って今来た道を引き返した。田村の後に続きながら考える。何か・・・・それは一体なんだ?絶望の中にいた彼に何があったというんだ?

 外にいると目立つので、車の中で待機し辺りを警戒するが結局谷原は姿を見せなかった。捜査本部からの連絡でも、谷原に関する情報は得られなかった。前の二つの事件でも谷原は深夜に襲撃してきている。俺たちは、そのまま田村の車の中で待機することにした。

「相手は、警官二人撃っている。気をつけろよ」

 所轄の刑事から言われて、顔の表情が引き締まった。外に出ると、街灯の明かりと十数戸の家の明かりがあるだけで、あとは冥府へ続いているかのような暗闇があるだけだった。闇に引き込まれそうな感じで怖くなり、慌てて車に乗り込んだ。

 そうだ―――谷原はもう四人も人を撃っている。限られた命のことを思えば、もはや怖いものなどないのかもしれない。そう考えると、背筋が冷たくなった。

 今回の事件では俺たち捜査員全員、拳銃の携帯を許可されている。

 でも―――いくら凶悪犯だからって人なんて撃てねーよ。窓の外の暗闇を見つめながら撃たれた警官のことを考えた。

「なぁ、お前、拳銃で人を撃ったことあるか?」

「ない」

 田村は、辺りに気を配りながら、缶コーヒーを片手に言った。

「だよなぁ、谷原が現れたら―――お前はどうする?」

 住谷の前に谷原が現れたら―――俺はどうする?

「さぁな、そのときになってみないとわからないさ」

 田村は、俺を横目で見ながら「お前、無茶するなよ」と釘をさしてきた。

「しないさ」

 拳銃なんて使いたくないからな。ため息をつき、住谷邸を見るとリビングの明かりが暖かいオレンジ色を放っていた。普段ならあの部屋で、家族三人団欒しているところだろう。時計を確認すると十二時を過ぎている。いや、子供は夢の中か。

 周りの家は、ほとんど明かりが消え、辺りはより一層静まり返っていた。寝静まる街に、街灯の明かりだけが規則的な間隔で道路を照らしていた。

「今のところ、谷原が現れる様子はないな」

 買い溜めしておいた缶コーヒーを、一缶手に取りプルタブを開けた。

「警戒してるのかもな、警察が動いているのは二件目の発砲事件でバレてるからな」

 田村も缶コーヒーを手に取った。

「警戒して、考え直してくれるといいんだけどな」

 谷原には、最期を共に過ごす人間がいなかったのか。それとも―――それだけ憎しみが強かったのか。

 唯一、明かりの灯っている住谷邸を見つめた。光と影―――正反対の生き方をしてきたんだな、二人は。ピアノの上に飾られた家族写真と何もない谷原の部屋が頭に浮かんだ。やっぱり――遣り切れない。

 車中では、田村と何かを語ることもなく、ただ目の前に広がる暗闇の先から現れるかもしれない谷原に警戒し、住谷邸をじっと見つめながら過ごした。辺りが、太陽の日の光を浴びて明るくなってきた。朝だ、長かった。ずっと、座りっぱなしだったので体が痛い。座ったまま背伸びをしながら、ネクタイをさらに緩めた。

 今日は住谷も仕事は休みだから、このまま家に籠ってもらおう。そう思っていると所轄の刑事が、袋を持って家から出て来た。おにぎりの差し入れだった。一晩中、缶コーヒーで空腹を凌いでいたので有り難かった。

 おにぎりを頬張りながら、いつまで車中での待機が続くのか心配になった。十月ともなると、深夜の車中はかなり冷えた。これをあと何日続けるのだろうか。夏も辛かったが、冬も辛いよ。

 早く谷原が捕まってほしい。


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