#4
「はぁ?おっ前、それは協調性がないとかの問題じゃないだーろが。つぅか、なんでそんなに偉そうなんだよ」
信じられない。
呆れる俺に、「さっき気付いたからな」としれっと田村が答えた。
「ああ、そういうこと。なんだよ、それを早く言えよ」
でもその偉そうな態度はなんだ。
「今、言っただろ」
「遅せぇよ」
俺は椅子の背にもたれ掛かり、
「明日報告するにしてもなんか説得力のあるものを提示しないとなぁ」
すると田村は腕時計を見つめ、「明日の捜査会議まであと九時間ある。それまでに映像の中から不審人物を見つければいい」とさらりと言ってのけた。
俺は絶句する。
「……お前、頭大丈夫か?この地獄の三日間を思い出せ。それに、その前から他の捜査員たちが探しても見つからなかったんだぞ?」
お前はどうか判らないが、俺は結構ギリギリの状態なんですけど。
片肘をつき、戸惑う俺を見つめる田村。俺を試しているのだろうか。生意気な。俺はネクタイをさらに弛め、映像の中の人間を見据えた。
「見つけてやろーじゃねぇか」
隣から「その言葉、忘れるなよ」と声がした。
くそ生意気な。
「お前もな」
疲れた目をこすり、深く溜め息をつく。
……見つけられない。
目がかすんで、映像に集中できない。目頭を押さえ、椅子の背に深く腰を落とす。時計を見ると、午前四時を少し過ぎていた。あれから五時間、ぶっ続けで映像を観続けていたのか。顔をしかめ、隣の田村を見る。
疲れた様子もなく、真剣な眼差しで映像を見つめる田村。
――なんて集中力だよ。
身動きひとつしない田村に俺は舌を巻く。
鉄人だ、鉄人。鉄仮面どころの話じゃない。心臓に毛が生い茂る、っつーか鉄の心臓を持った鉄人だ、コイツは。いったい、俺はどうすりゃいいんだ。リモコンとかないのか?取扱説明書は?
だいたい、新人の俺に何故こんな鉄人をあてがうんだ。若林さんとか里見さんとか他にもまだいるじゃないか。まともな人間が。……もしかして、俺歓迎されてないのか?
一瞬、沈みかけるが、思い直すように首を振る。
篠原や小林の性格からして、田村を俺にあてがった深い理由はない気がする。ちょうど俺が配属された時に田村が一人だったからというだけで、合う合わない、コンビを続けるか解消するかは俺たち次第で関心がなさそうだ。
頭を掻きながら立ち上がる俺に、「おい」と田村が声をかけてきた。
「な、別に逃げねーよ。コーヒー淹れてやろう、と思って……」
俺はそのまま言葉を失った。
田村が俺を見てニヤリと笑ったのだ。
「見つけた」
「……は?」
間の抜けた返事をする俺に、「コレを観ろ」と田村はテレビモニターにいくつもの映像を並べて表示した。
モニターに映し出された画像のすべてに、ポストから郵便物を集荷する郵便局員の姿が写っていた。
「……まさか、お前この郵便局員が怪しいとでも言うのか?」
そこにポストがあるのだから、郵便局員が集荷にくるのは当然だろう。
だが田村は満足げに映像を見つめながら、「この郵便局員がすべて同一人物だったらどうする?」と言った。
「同じ?」
俺はモニター画面に視線を戻す。
「ああ。事件はバラバラの町内で起きてはいるが、すべて同じ区内で起きている。調べてみる価値はあるだろう?被害者の映るすべての映像の中に、郵便局員が映っているんだからな。四件の事件で唯一の共通点と言ってもいい」
俺は田村の言葉を無言で聴いていた。
何度も観ていた映像。この郵便局員のことももちろん覚えている。なのに、俺には気づけなかった。いや、無意識のうちに除外していたのかもしれない。
――そこにポストがあったから。
「落ち込む前にやることがあるだろ。捜査会議までに見つけてやるって言ったよな」
田村が俺を現実に引き戻す。
「……お前もだろーが」
悔しげに顔を歪める俺に田村は、「報告するのはお前だ」と言った。
「お前な……」
俺はチラリと映像に視線を向ける。
「――確か、ヤツの乗ってきた車も映ってたよな。まずは、ナンバーの確認と集荷区域の確認だな」
――調べた結果、映像に映る郵便局員はすべて同一人物だということが判明した。
その後、この郵便局員を任意で事情聴取すると彼はすぐに犯行を認めた。
借金の返済に困り、銀行で現金を下ろしていた老人を狙ったのだという。集荷業務をする前は配送業務をしており、被害者とは顔見知りだったらしい。だから殺した、とも彼は言った。
被害者に繋がりのあった数少ない人間が犯人だったことに、ショックを受けた。たかが数十万で、どうしてそんな簡単に人を殺すことができるのか。
罪の意識の薄い男の言動を思い出す。俺は瞳を閉じ、唇を噛んだ。窓枠に置いた手に力を込める。
「お疲れ」
背後から声がした。
振り返ると、田村が缶コーヒーを投げて寄こした。慌てて俺はキャッチする。
「危ないだろ」
せめて少し間をおけ。
「そんな鈍いのか、お前」
「失礼な」
田村を睨みつけ、俺は缶コーヒーのプルタブに手をかける。
「まぁ、これからよろしくな」
コーヒーを口に含んだと同時に田村が言った。田村を見ると、ふっと少しだけ口角が上がった。
――笑った。
俺は一瞬驚き、ゆっくりと唇から缶を離す。
「おう、よろしく」
悔しいが、なんだか少しだけコイツとっやっていけそうな気がした。……ほんの少しだけ。
俺はふっと肩の力を抜いた。
俺の初めての事件は、こうして終わった。
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