episode14 長き良き友
「望月も大分慣れたみたいだな」
煙草の煙を、ゆっくりとくゆらせながら篠原は言う。白い煙は、吸い込まれるように天井目指して昇っていく。そして、天井にたどり着く前に消えてしまった。
「田村とも、うまくやっているみたいだしね」
藤堂が、手前に置いてある刺身を箸でつまみながら話すと間宮が残念そうに唸った。
「あれだけ肝が据わってれば、うちに来てもやってけるのにな」
三人行きつけの小料理屋『菊光』、高校の同級生が切り盛りしている店で、もう二十年近く通っている。店内はカウンターと三つほどテーブル席があるくらいでこじんまりとしているが、店主は以前料亭の料理長をしていたこともあり、味は絶品だった。三人は、いつもカウンターの席に座り昔話に花を咲かせながら酒を飲んだ。
「まーさん、望月はやらんぞ」
篠原は冷酒を一口飲み、赤い顔でニヤニヤしながら間宮に言う。
「篠さんとこ若いヤツたくさんいるんだから、一人くらいいいだろ。ケチくせーな」
「何言ってる、猫の手も欲しいほど人手不足だっつーの」
「じゃあ、うちの猫やるから望月くれ」
「いらねーよ」
間宮と篠原のやり取りを、店主と藤堂が苦笑しながら見ている。これもいつもの風景だ。
「だいたいお前は昔から自分勝手だったよな。体育大会の応援団の時だって、お前が旗を破いたせいで、うちのクラスはビリになった」
「お前だって問題ばかり起こしてたじゃねーか。文化祭のとき、校長の焼きそばにタバスコ入れて楽しんでたのは誰でしたっけ」
罵しり合う二人を横目に、ため息をつきながら見守る藤堂。二人が起こす騒動の後始末は、いつも藤堂の役目だった。体育大会のときも文化祭のときも。
「藤さんも大変だな、二十年近くもコイツらの相手して」
店主が、茄子とえびそぼろ煮を出しながら藤堂に苦笑した。
「もう慣れたさ。まぁ、もう少し大人になってくれると助かるけどね」
藤堂が片肘つきながら店主に笑いかける。
「なんだよーこれが俺たちのいいとこだろ?」
篠原と間宮が声を揃えてぼやいた。
「開き直るな」
藤堂は苦笑しながら二人の方に向き直る。
「お前ら、成長がないな――」
店主が、あきれ果てて篠原と間宮を交互に見た。
「成長がないとか言うな。少年のままなんだよ、俺たちは。なっ」
「いや、どうかな」
間宮が、一緒にするなとても言うように顔をしかめた。
「一緒だろ、ほらあの夏の日の校舎裏――」
篠原が意地悪そうに言うと、慌てて間宮が「一緒一緒!仲間仲間!」と叫んだ。
「お前ら――よく藤さんに見放されなかったよなぁ」
店主が、二人を見ながらじみじみと言った。
なんだよなんだよと愚痴をこぼす二人を、藤堂は穏やかな顔で見つめながら静かに目を閉じ低い声で呟いた。
「救われてるのは、俺の方だ」
ハッとしたように店の中が静まりかえり、店主は哀れむような目で藤堂を見た。篠原は真顔に戻り藤堂の肩に腕をまわした。
「水臭ぇな、俺たち親友だろ!」
間宮も力強く頷く。篠原の力のこもった声に、藤堂は伏し目がちに力なくほほ笑んだ。
「まぁ、これからも色々迷惑かけるからな、よろしく!」
篠原がニヤリと笑いながら、バンバンと藤堂の背中を叩いた。
「痛い痛い、程々にしてくれよ」
いつもの笑顔で、篠原と間宮を見ながら背中をさする。店主はそんな藤堂の笑顔を見て、ほっとした表情をした。
「おぅ!」
結局、いつも通り閉店まで、篠原の武勇伝や間宮の失恋の話で盛り上がった。帰り道の違う藤堂と別れ、篠原と間宮は深夜の人通りのまばらな道を歩いていた。街路灯の弱弱しい明かりが道路を微かに照らしている。無言のまま歩く二人。まるで、話すのを拒むかのような沈黙が続いた。重苦しく圧し掛かるその沈黙を、最初に破ったのは篠原だった。
「―――あれからもう二十三年か」
煙草に火をつけながら篠原は呟いた。煙草の白い煙は、星ひとつない空に同化していく。間宮はその煙が同化していくのを見上げながら、小さな声で呟いた。
「そうだな」