#2
俺と田村は地取り捜査――被害者宅の周辺を聞き込む班――をすることになり、田村の車で三番目の被害者宅へと向かう。車中、チラチラと田村の方に視線を送ったが、ヤツはひと言も発することなく車は現場に到着した。
しんどい。まだ捜査もしていないのに、車中にいた十分ほどでかなりの神経をすり減らしてしまった。
俺は先を歩く田村の背中を見つめながら、大きな溜め息をついた。
古い民家が立ち並ぶ、閑静な住宅街。この辺りは、ほとんどの家が子供が独立している年配者夫婦の家庭で、就寝時間もかなり早いようだった。しかも昼の時点でこの人通りの少なさ。深夜なんてほとんど人なんて歩いていないだろう。
俺は、不気味なほど静かに佇んでいる主を失った家を見つめる。その周りには黄色い規制線が張られている。部外者の侵入を阻む為というより、この家の中で起こった惨劇を忘れさせない為に張られているように感じた。
「なんだか遣り切れない事件だな」
「何が?」
田村は手帳を見ながら、聞き込みの済んだ家にチェックを入れている。
「だって五万円で殺されちゃうんだぜ。しかも老人狙って強盗するのも卑怯だろ?近所の人たちも被害者との交流がほとんどなくてさ――独りきりで生活して、誰にも知られず殺されちゃうなんて、悲しいよな」
もしヘルパーの人が見つけていなかったら、発見ももっと遅れていただろう。そうなっていたら、亡くなってもなお独りきりでいなければいけなかったのだ。哀しすぎるじゃないか。
田村が立ち止まって、俺をじっと見つめた。
「お前、刑事に向いてないな」
そう言うと、スタスタ歩いて聞き込み先の家のインターホンを鳴らした。
呆気に取られた俺は、その場に立ち尽くす。
なんだ今の。バカにされたのか。ふつふつと怒りが込み上げる。
――初対面のコイツの失礼な態度にも俺は我慢した。一緒に行動することになったにもかかわらず、なんの配慮もなく協調性に欠けるコイツの性格にも俺はなんとか我慢してきた。世の中いろんな人がいるんだな、とそんなに広くない心を薄く広く伸ばして俺は許した。
なのに、なんだその言い草は。
俺は田村は睨みつける。
――絶対、コイツに俺を認めさせてやる。
洗面台に手をつき、大きく息を吐く。そして目の前の鏡に映る自分の顔を見つめた。
――酷い顔だ。
ここ数日、まともに寝ていないせいか目の下にくまができていた。顔も数日前に比べると随分とやつれている。
捜査本部が設置されてから一週間。新たに一件、同一犯による事件が発生し、これで被害者は四人となった。
四人目の被害者も、他の被害者同様、事件当日に銀行で少額の現金を下ろしていた。
俺たちは、犯人の凶行を止めることができなかったのだ。
「っくそ!」
俺は洗面台に思い切り拳を振り下ろした。蛇口をひねって乱暴に顔を洗うと、排水溝に吸い込まれていく水を見つめながら、唇を噛み締めた。
悔しい。俺たち警察がもっと早く犯人を捕まえていれば、こんなに犠牲者はでなかったはずだ。
……それを思うと、悔しい。
「――おい!」
肩を掴まれ、ハッと我に返る。振り返ると、無表情の田村が立っている。
「事件のことで心ここにあらずって感じだな。捜査会議始まるぞ」
田村は捜査本部の方を顎で差した。捜査から戻ってきた捜査員たちが続々と捜査本部へ入っていくのが見えた。
「……あぁ、そうか」
寄りかかっていた窓枠から離れると、フラリと体がよろけた。俺は慌てて窓枠を掴み、体勢を立て直す。
何か変だ。頭が朦朧とする。ここのところ食事もたいして取らず、連日泊り込みをしていたせいか。うまく力も入らない。
そんな俺の様子を見て、田村は呆れるように息をついた。
「それじゃ、捜査もろくにできないだろ。力み過ぎなんだよ」
その言葉に、何かが切れた音がした。
俺は田村の胸ぐらを掴み、そのまま壁に体を押し付けた。
「力入れて何が悪いんだよ!俺たちのせいで四人も亡くなってるんだぞ!ふざけんな!」
本当のことだ。自分たちの捜査が至らなかったせいで、何人もの人が犠牲になっているのだから。
ところが、どうしたことかいつも無表情の田村の顔がみるみる凶悪な顔に変貌していった。驚いて胸ぐらを掴んでいた手を緩めると、田村は乱暴に俺の手を払いのけた。
「お前こそふざけるな!警察がなんでもできると思ってるのか?警察の怠慢で殺されたとでも言うのか?じゃあ、お前は今までの捜査で手を抜いていたのか?他の捜査員が手を抜いていたとでも言うのか?殺す人間がいる限り、殺人は起こるんだよ!」
田村は一層鋭い眼差しを俺に向け、
「冷静になれ。俺たちのやるべきことは、犯人を逮捕することだろうが。自己批判や感情移入は、犯人を捕まえてから一人でやってくれ」
そう言われた瞬間、体から熱が引いていった。
刑事としての熱が冷めた訳ではない。今まで頭の中でぐちゃぐちゃに絡み合っていたものが解け、いきなり目の前の視界が広がった感じがした。
「ひっ」
俺は思わず声を上げる。
俺たちの周りを若林たちや篠原、そして一課長の小林などの面々が取り囲んでいることに、今気がついた。どれだけ視界不良だったんだ、俺は。
固まる俺を小林はギロリと睨み、「終わったか?馬鹿どもが!時間を無駄遣いするな!」と廊下中に響き渡る怒声を俺たちに浴びせた。
田村は平然としていたが、一九〇もの上背のある刑事部の中でも一、二を争うほど強面の小林に睨まれ、俺は蛙のように身動きひとつできないでいた。――怖すぎる。
「すみませんでした」
なんとかそのひと言を絞り出すと、小林は「ふん」と大きく鼻を鳴らし、捜査本部へと戻っていった。
俺はホッと胸を撫で下ろし、ちらりと田村を見る。さっきと同じく、何事もなかったかのように平然としている田村。俺は呆れを通り越して感心した。
コイツの心臓には、剛毛が生い茂っているに違いない。
何事かと部屋の中にいた所轄署の捜査員たちが顔を出す中、「望月、お前に捜査の基本を教えてやろう。明日から、お前ら解析班に行け。いいな」と篠原がニヤリと意地の悪い――俺にはそう見えた――笑みを浮かべた。
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