#6
翌日(今日)、聞き込みを終わらせ、俺たちは市立大学へ向かった。説明が面倒なので識鑑班の捜査員と出くわさないように注意を払い、事務局で調べてもらうと、中部銀行の内定取消はなかったが、中嶋建設で一件見つかった。
中嶋建設の内定取消があったのは三年前。経済学部の川上元春という学生の内定が取り消されていた。結局、彼は他に内定を取ることができず、就職浪人をすることになったようだ。
取消理由については、中嶋建設から『当社には不適切な人材』という連絡を受けただけで詳しいことは大学側も分からないという。なので、中嶋建設へ事情を聞きに行くことにした。
「なんか......大変なことになってきたな。コイツが犯人ってことないよな」
込み上げる興奮を抑えながら助手席に乗り込んだ。瓢箪から駒が、出る、のだろうか。
「さぁな、まだ分からないさ」
いつもの無表情で田村はエンジンをかけアクセルを踏む。
「そう、だよな。それに、経済学部の学生が爆弾なんて作れるのか?」
使われた爆弾はかなり単純な作りのプラスチック爆弾だった。だからといって、素人が簡単に作れるものではない。
「今はインターネットがあるからな。爆弾の作り方を探すのは、そんなに難しいことじゃないだろ」
前を見据えたまま田村が答えた。ちょうど信号が赤に変わり、車はゆっくりとスピードを落とし、停止した。
そうか、インターネットか。便利である反面、人の悪意が溢れている世界。半年という短い期間ではあるが、捜査で似たようなサイトをいくつも見てきた。爆弾の作り方も簡単に検索できるだろう。
誰かが作って使えばいい、そんな掲載主の歪んだ思いが見て取れる。自分の手を汚さず、自分の中にある黒く澱んだ願望を誰かに託す。その悪意に飲み込まれて堕ちていく人間も少なくはない。
「嫌な、世の中だな」
横断歩道を行き交う人々を見つめながら俺は呟いた。
人の悪意など見たくはない。けれど、この仕事をしている限り、それは避けられない。それを覚悟の上でこの仕事を俺は選んだ。
「同感だ」
田村は短く答えると、アクセルを踏み込んだ。信号が青に変わったのだ。車窓の景色が再び流れ出す。
中嶋建設に着いたのは十二時を過ぎた頃だった。当時の人事担当の島崎がまだ社内に残っていたので、人事課の会議室で俺たちは事情を聞くことができた。
「あれは、私が社用で外出した時でした。警察官と彼が話しているのを見かけたんですよ。今思えば職務質問されてたのかも。ああ、彼のことは、その数日前に内定書類を作成していたので覚えていたんです。どうしたんだろう、と思って見ていたら、彼が急に逃げ出したんですよ。すぐに数人の警察官が後を追っていったんですけどね。それを見て私は、彼はうちの会社には不適切だと判断して大学に連絡したんです」
「職務質問されていた理由はなんだったんですか?」
俺が質問すると島崎は煩わしそうに顔を顰めた。
「知りませんよ。でも理由はどうあれ逃げちゃまずいでしょう。まったく、最近の若者は何を考えてるんだか」
眉間に皺を寄せ、やれやれとばかりに首を振る島崎を俺は無言で見つめた。
確かに逃げるのはまずいが、理由も聞かずに内定を取消すのはどうだろう。将来に関わることなのに。そういうものなのだろうか。公務員試験しか受けていないので民間の人事に関することは分からないが、何だか冷たい対応にも感じた。
あと『最近の若者は』というフレーズは好きではない。一部の若者の無知な行動をまるですべての若者が同じような人間だと括ってしまう乱暴さもあるが、そう言っている人間の大半がその親世代なのだ。自分の子供が何を考えているか分からないと言っているようなものではないか。
そんな俺の心の裡を島崎は感じ取ったのか、「冷たいと思われるかもしれませんが、会社に入って何か重大な失敗をしたときに無責任に逃げられては堪りません。そういう時に、人としてきちんと対応できるかどうかも人事の選考対象になるんです。もういいでしょうか?昼時間も残り少ないので」と捲し立てると島崎は腕時計を確認した。
これ以上引き出せる話もなさそうなので、俺たちは島崎に礼を言い、会議室を出ようとした。その時、島崎が何かを思い出したように声を掛けてきた。
「ああ、そういえばね。その日その場所で銀行強盗があったんですよ。なんでも駆けつけた警察官たちに囲まれて、犯人が盗んだ金をばら撒いて逃走したそうなんです。いやねぇ、もう少し早く行ってたらばら撒いたお金拾えたのにって悔しがったのを思い出しましたよ、はは」
俺と田村は顔を見合わせ、「貴重な話ありがとうございました!」ともう一度礼を言って会議室を早足で退出した。
「信じられん、繋がった」
興奮して声が震える。瓢箪から駒が出てしまった。
三年前、中部銀行中央支店で銀行強盗が発生している。盗んだ現金三百万をばら撒き、混乱の最中犯人は逃走。その後、犯人は捕まったが、それに川上が関係していたのだろうか。
「職質かけた警官に話聞くか?それとも」
「捜査本部に戻ろう」
田村が言った。
「そうだな、戻ろう」
足早に車に向かいながら、俺はデスク陣に経緯をどう説明しようか頭をフル回転させていた。
捜査本部に戻り、俺の思いつきから始まったこの話をデスクの面々に報告をする。
特別捜査本部の指揮官である小林は、初め呆れながら話を聞いていたが、話が核心に触れていくにつれ、顔つきが鬼の形相へと変貌していった。
そして二十分後、川上に職質した警官が捜査本部に到着した。
俺と同年代の巡査はひどく緊張していて、額からは滝のように汗が出ている。天童を前に直立不動のまま顔を強張らせている彼に同情する。
「当時のことを話してくれ」
ここにくるまでに捜査員から事の経緯を聞いていた巡査は、深呼吸をしてから、当時のことを話し始めた。
「自分は強盗犯がばら撒いた現金を回収する任務についていました。あらかた回収し終わったところに目の前の学生がお札を何枚か手に取って電話をしていたので声をかけました。『警察に届けようとしていた』と言う学生に『そのまま持ち去ると罪になるので渡しなさい』と伝えたところ逃げられました」
面白半分にお札を手に取ったら、警察官が『罪になる』なんて言うから怖くなったのだろう。
「そこを人事担当者に見られたのか」
忌々しげに天童が呟いた。
その日の捜査会議は早々に終了し、翌朝の任務編成で、俺たちの班は識鑑班として川上の交友関係を調べることとなった。この件で大学関係者に話を聞いていること、川上と年齢が近いことが理由のようだ。
ここ数日何も進展のなかった捜査本部は、経緯はどうであれ重要参考人の浮上に俄かに活気を帯びていた。
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