#5
「警察だな」
「だよな。〈第一の電話〉の後、俺たちは爆弾よりもまず手紙探しを始めた。何の疑いもなく。暗号は爆弾の隠された場所を指していた。爆弾を見つける唯一の手掛かりだけど、そうか、俺たちは一段階余計な作業をさせられていたのか」
「ああ、三時間という時間制限の中で」と田村が付け加えた。
俺は片肘をついたまま前髪をかき上げ、息をついた。
「踊らされてた訳か」
他の班長たちの力量については判らないが、篠原たちが気づかなかったとは思えない。だが爆弾探しを後回しにしたのは事実だ。これまでの現場とは違い、捜査のベテランが大勢揃っていた本部で何故、爆弾よりも暗号探しを優先させたのか。
田村に尋ねてみると「上から有無を言わせない指示が出ていたんじゃないか?これ以上の失態は避けなければならないから、確実に爆弾の場所を示している暗号解読を優先しろってところだろ」と返ってきた。いつになく能弁な田村。ふと見ると田村のグラスが空になっている。やはり気遣いは不要だったようだ。
俺は二杯目のジントニックのグラスに手をかける。
「〈第一の電話〉と〈第二の手紙〉は、時間稼ぎの小道具としてだけでなく、警察を愚弄するには十分過ぎるほどの効力があった。その上、時間制限を課せられたことにより時間という概念が個々レベルのものに引き下げられ、現場の歩調が乱れた。上手く言えんな。つまり、三時間を短く感じる人間もいれば、ひどく長く感じる人間もいる。もちろんそれは今回に限ったことじゃないが、死の恐怖によりそれが日常よりも強く出てしまい、別の騒ぎを誘発した。本部の時も、あちこちで小さな諍いが」
「つまり極度の緊張により現場の秩序が乱れ、死の恐怖が増幅されたってことだな」
脱線しかけた俺に田村が助け船を出してくれた、と思いたい。悪かったな、簡潔に説明できなくて。
「うん、それ。そういうこと」
俺は咳払いをし、
「警察への強い恨みを感じるな。小道具が見つかれば、現場の人間は退避させられる。死の恐怖を味わうのは捜査関係者だ」
「だが、小道具の存在に気づかなければ確実に三時間後に爆弾は爆発する。小道具は三件目まで誰も気づかなかった。それでも犯人はやり方を変えず、同じ方法を取り続けた。犯人にとって、爆破させるという点ではこの小道具はそれほど重要ではなかった。小道具に気づかず爆破に巻き込まれた人たちを嘲笑うために用意されたと考えるのが妥当だな」
田村の前に二杯目の烏龍ハイが置かれた。それを横目で見ながら俺は、「となると、これは無差別というよりは」
「犯人は爆弾を仕掛けた場所、そして警察に深い恨みを持っていた」
断言するように田村は言った。
ひと仕事終わらせ満足げにジントニックを飲み干す俺に、無表情の田村が言った。
「で、動機は?」
「……知らねぇよ」
田村の唐突な言葉に、俺は思わずグラスを乱暴に置いた。グラスの中の氷が跳ね上がり、カウンターの上に零れ落ちた。俺は慌てて氷を拾い上げ「すみません」とマスターに謝りながらグラスに戻す。
「満足そうにしてるところ悪いが、話は一歩も進んでいないぞ」
「分かってるよ。ちょっと咽喉を潤しただけだろ、少しくらい休ませろよ」
「――で、動機は?」
田村は先程と同じ質問を繰り返した。嫌がらせか。
「知らねぇよ、さっき答えたろ。ていうか、無差別かどうかさえついさっきまで判らなかったのに動機が判るわけ訳ないだろ。アホか。じゃあ逆に聞いてやるよ。お前は動機はなんだと思うんだ?」
「知らん」
「......お前なぁ、あー殴りてぇ」
頭を抱え、地団駄を踏む俺に「相変わらずうるさいヤツだな。殴るのはいいが現行犯逮捕するからな」と田村が言った。
「あー言えばこう言う!殴る訳ないだろ!」
「どっちだ」
やれやれ、とばかりにため息をつく田村に「俺は大人だからな、暴力に走ったりはしないんだよ。仕事でお前に俺を認めさせてやる。楽しみに待ってろ!」と俺は睨みながら答えた。
いつの間にか俺の方を向いていた田村が僅かに口角を上げ、「退職までには間に合うといいな」と言った。
「お前ってほんと……」
俺はカウンターに崩れかけ、すぐに座り直す。
「まぁ、いいや。――すぐだ。この事件で認めさせる」
「それは楽しみだ」
田村が笑った、ように見えた。幻覚だろう。
「マスター、もう一杯」
俺は大きく息をつき、
「さて、続けるか。――ところで聞きたいんだけどさ、デスクはさっきの気づいてると思うか?」
「多分、な。識鑑班はそれを前提とした捜査をこれまでしてたかもな。俺たち地取班には知らされてなかっただけで」
「まじか……。なんだよ、結構興奮したのに。なんか恥ずかしいわ」
「あらゆる点から事件を見るのがデスクの仕事だ。俺たちは駒にすぎん。そもそも、お前に羞恥心なんてあるのか」
「……あるさ。あと、お前の雑言は流す。いちいち構ってたら集中力が切れる。ていうか、そろそろ切れそう」
俺は目の前に置かれたジントニックをひと口含み、
「さて、次は動機か。怨恨だろ?狙われたのは、銀行に建設会社、それに運送会社に大学、そして警察。……怨恨だから、そうだなぁ……やべ、眠い。えっと、全部を合わせてみると、銀行と建設会社からの内定通知を運送会社が届け忘れて怒った大学生がドカーンってか?なんてな、あはは、んな訳ないか。だいたい、内定通知を運送会社が届ける訳ないもんな。俺は警察一本だったからよく分かんねぇけど、友達が確か書留で連絡受けとってた気がする。なぁ、田村は知ってるか?お前も警察一本か?」
「面白いな、ソレ」
振り向くと田村が興味深そうに俺を見ている。
「は、何が?あ、お前、民間狙いだったのか?」
「少し黙れ。お前の話は無駄が多い。――が、お前の推論、案外、近いかもしれんぞ」
「は?え、何?」
「調べてみる価値はあるんじゃないか?お前の大学生犯人説」
「ばっ、冗談だぞ?!真に受けるなよ。そんな理由で爆弾仕掛けられてたまるか!」
一気に酔いが覚め、慌てる俺を無視して田村は平然とした様子でグラスに残っていた烏龍ハイを飲み干した。その様子を横目で見ながら俺はため息をついた。
「くそっ。何が推論だ、ドアホ。こんなバカな話、上にあげるわけにはいかないだろ。明日って、もう今日か。今日もどうせ聞き込みだよな。さっさと終わらせて大学行くぞ。――これで、いいんだろ?」
田村がニヤリと笑った。
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