南大宮学園雑談部観察日記
南大宮学園は、全校生徒が2000人にも達する超マンモス校であり、その大きさに比例するかのように様々な種類の人間がその学園に生息している。
そんな人間のサラダボウル状態である為か、この学園には数え切れないほどの部活が存在する。
野球部や新聞部のような普通の部活以外にも、ボディービル部や園芸部という一風変わった部活も存在し、ホスト部や衆道部など実際にあるのかわからないような怪しい部活まで存在し、日々部費を奪い合う熾烈な戦いを繰り広げたり、していなかったりする。
そんな魑魅魍魎とした学園には、授業では使われなくなった旧校舎――今では主に部室として使われている――が敷地の端っこに、ぽつんと建てられている。旧校舎の見た目は
今にも崩れそうなほどボロボロで、随分と昔に建てられたものだと容易に判断できる。
この旧校舎には様々な噂や伝説があるが、今は関係のないことなので割愛しておこう。
その旧校舎の三階にある一番奥の部屋、その部屋は他の部屋と間取りが違い、やや広く、またなぜか水道が通っている。その部室には他にも不思議なところがある。テレビにキッチン、冷蔵庫にガスコンロと、学校とは思えないほどの充実した設備が整っているのだ。
そんな摩訶不思議な部室で、一人の青年が本を読んでいる。
その青年の見た目には特にこれといった特徴はなく街角ですれ違っても十秒後には忘れてしまうような、中の上、良く言っても上の下という平均よりちょっと上といった顔立ちをしている
青年が読んでいる本は、青年の手と同じぐらいの大きさで、一般的な文庫本だと推測できる。ブックカバーが付けられているため表紙を確認することができないが、青年の真面目そうな表情からその本は深く考えながら読むような純文学のようなものだろう。
また彼はパイプ椅子に座っている。テーブルを挟んだ向かい側には、柔らかそうなソファーが置いてあるのに。そのソファーは青年が寝転がれる程度の大きさで、5、6人が同時に座ることが出来そうだ。そんなソファーがあるのになぜ、青年は態々パイプ椅子に座るのか、その理由はわからないが、嫌々座っている訳ではなさそうなので、気にしないで置こう。
部屋の外から階段を上ってくる足音が聞こえる。主人公はその音に反応し何故かお茶を入れる準備を始める。その足音は部屋の前で止まり、代わりに柔らかいノックが部屋に響く。
「桐山さん、入るよー」
まだ幼さが残っている少女のような、可愛らしい声が聞こえてくる。
「ああ、どうぞ」
声から誰か判断したのか、青年は短く返事をする。
ドアを開けて入ってきたのは一人の少女だった。その少女は小柄で白い肌をしていた。そして、すれ違えば、10人のうち10人全員が振り返るような美少女であった。
「こんにちは、桐山さん!」
穏やかそうな外見とは裏腹に、明るく元気な声で挨拶をしてくる。
「うん、こんにちは、夕夏ちゃん」
青年は少女に対して微笑ましいものを見るような目を向け、挨拶を返す。
「桐山さん! その本ってどんな本?」
夕夏ちゃんと呼ばれた少女は、好奇心で目を輝かせながら、青年の手にある本を指さしてくる。
「とっても為になる本だよ。夕夏ちゃんも読んでみる?」
青年はそう言いながら少女にその本を手渡す。その一瞬、青年の顔に黒い何かが映ったが、本に関心が向かっていた少女はそれに気づかなかった。
「ありがとう、桐山さん! ちゃんと全部読むからね!」
少女の言葉によって、再び黒いものが映ったが、
「全部読むって言ったからには、ちゃんと読むんだぞ」
一瞬にして黒いものを引っ込め、青年は笑顔のまま少女にくぎを差す。
「当たり前だよ、私に二言はないよ!」
少女は何の疑いもなく返事をする。青年は、自ら罠へ掛かりにいく、間抜けなウサギを見るような、そんな可哀想なものを見る目で彼女を見つめるが、少女は顔をかしげるだけで気づいた様子を見せない。
「どうしたの?」
「……い、いや、何でもない。いいから読んでくれ」
少女は不思議そうな顔をするが、青年の言うままにその本を読もうと本を開いた。
最初の変化は顔に表れた。彼女の顔が赤く染まり出したのだ。そして、彼女の白い肌までも赤く染め、声を震わせながらこう言った。
「こっ、これは、官能小説じゃないか!」
「違うよ、夕夏ちゃん。それは官能小説ではなくて百合小説だよ。ちゃんと読んだの?」
「お、同じようなものじゃないか!」
「違う! 断じて違う! 官能小説と百合小説にはクジラとイルカほどの違いがある!」
「クジラとイルカって同じ生物だよね?」
「スケールが違うってことだ!」
青年は顔を真っ赤に染めた少女に、百合の素晴らしさを力説するが、残念ながら少女には届かない。
そこで、青年は悪い顔をしながら少女に言った。
「ところで、全部ちゃんと読むって言ったよな?」
「……ふぇ?」
なんの脈絡もない問いかけに、少女は気の抜けた声をだしたが、青年のにやにやした顔を見て青年の意図を察した。
「そ、そんにゃの無効だよ!」
彼女はまだ動揺しているのか、自分の発する言葉の一部がおかしくなっていることに気づかない。
「夕夏ちゃんに二言はないんでしょ?」
「そ、それは……」
彼女は、青年の自分を問いつめるような言い方から、約束と羞恥心を天秤に掛けた結果、
「わ、わかったよ…… 読めばいいんでしょ! 読めば!」
羞恥心を秘めた赤い顔で青年をにらみながら、彼女は思いきった決断をした。その勢いで本を開き、読み始めた。
青年は少女の恥らう姿を満足そうに見つめていたが、途中、少女にちょっかいをかけようとした。
「ねぇ、夕夏ちゃん、面白いよね、この本」
「……」
少女は青年の声を無視しようとしたが、逆に意識してしまい次第に本の内容まで意識し始めてしまった。
「っっっっ、もう嫌だ!! 桐山さんなんて嫌いだ!!」
いきなり立ち上がりそう叫んだ少女は叩きつけるようにドアを開け、そのまま走り去ってしまった。
青年はしばらくの間面食らったように固まっていたが、元に戻ると勢いよく笑い出した。
少女の行動がよっぽど壷にはまったのだろう。
そして、一冊のノートをどこからともなく取り出すと、そのノートにペンを走らせた。
雑談部観察ノート
夕夏ちゃんはピュアで下ネタに弱い。
もしかしたら二話目を作るかもです。