「いきなりか、吸血鬼」
勇者たちを倒して城の中に戻ると、リリムが走ってやってきた。
「怪我はない?大丈夫?」
リリムは心配そうに言う。
勇者たちとの戦いは客観的に見れば圧勝で、怪我はないように見えたが、それでも旦那の心配をするのは妻の役目であろう。
「問題ないよ」
俺は左手でリリムの頭を撫でる。
本当は抱きしめたかったが、服に返り血がベットリとついてたので、撫でるだけにしておく。
「この城の代表者としてお礼をいいます。城を守ってくださりありがとうございます」
リリムが律儀に頭を下げる。
城を守りたかったのもあるが、ほとんどの理由は勇者というのがどの程度の実力なのか、そして自分の身体はどこまで動かせるのかを試したかっただけなのだが。
「ほら、顔をあげてよ、そんな気にすることじゃない」
そう言って俺は床を蹴り、後ろに飛んだ。
視線を向けると、先程まで俺がいたところには数本のナイフが刺さっている。
「よく避けることができたな。褒めてやろう」
気づくとリリムの隣に赤いマントを羽織った1人の女が立っていた。
見た目は人間だが、多分人に化けることのできる魔物か何かであろう。
「シオン!何やってるの!」
リリムがその女に向けて声をあげる。
シオンと呼ばれた女が庇うように、リリムの前に立つ。
「危ないところでしたね。今度の勇者は武器も無しに1人とは、随分と自信がおありのようですね」
両手にナイフを3本ずつ持ち、いつでもこちらの動きに対応できるように構える。
勘違いされてるのはすぐにわかったのだが、多分どう説明しても言うことを聞かないだろう。
『面倒だ、一瞬で決めてやる』
俺は両足に力を込める。
一触即発の状態が続くが、数分経ってもお互いはまだ動かないでいた。
『この男、隙がない』
シオンはナイフを落とさないように、しっかりと構える。
対して極夜は
『リリム程ではないけど、随分と綺麗な奴だな』
戦闘中とは思えないことを考えていた。
長く綺麗な黒髪に、紅い瞳に尖った八重歯。
身体の方はマントのせいであまり分からないが、多分プロポーションは抜群であろう。
「シオン、下がりなさい」
リリムが暫くあたふたしていたが、落ち着きを取り戻し、シオンに下がるよう命じた。
だが、シオンは命令に従わずに
「魔王様、大丈夫ですよ。この程度の男は」
「下がりなさいと言ったのが聞こえなかったの?」
リリムが再度命令すると、シオンは渋々ナイフをマントの中にしまい、リリムの斜め後ろまで下がった。
「ごめんなさい極夜」
「んや、問題ないよ」
俺はスタスタとリリムの元へ歩いて行く。
「シオン、この人は私の旦那様となるのよ」
リリムはシオンに向かって、俺を紹介し始めたのだが、シオンは全く現状を理解できていなかった。
「詳しいことはあとで話すわ。一度魔王の間に全員集めてちょうだい」
リリムはシオンに耳打ちすると、シオンは小さく返事をし、奥へと走っていった。
「今の女は?」
とりあえず、リリムに質問してみる。
「シオン、吸血鬼の女の子よ」
吸血鬼のシオン…ここの世界の吸血鬼も、ニンニクや十字架がダメだったりするのであろうか。
だが、今は別に気にすることではなかった。
「さあ、これから城の皆に紹介するんだから、そんな格好じゃダメね」
リリムが俺の服を見ながら言う。
確かにこんな血まみれの状態で紹介されるのは色々と問題だろう。
「リナ、ルナ」
リリムが指を鳴らすと、リリムの影が広がり、その中から2人の少女が出てくる。
「「魔王様、ご用件は」」
「彼の着替えをお願い」
リリムは2人の少女に一言伝え、俺に「またあとでね」と言い、去っていった。
取り残された俺は、気まずい空気を我慢しながらも双子と思われる少女に話かける。
「んじゃ、着替えをお願いできるかな」
「「はい、こちらへどうぞ」」
双子は息をピッタリ合わせて俺の腕を引っ張っていった。
その時、双子がお互いに喋りかけていたが、声が小さく聞き取れなかった。
「人間の男なんて久しぶり」「どんな味がするんだろ」