猫だった君
「ねぇ」
小さな少年は、真昼の公園の片隅の、植え込みの下を覗きながら声をかけた。しかし、返事はなかった。
「ねぇってば、君のことだよ」
「…………ニャオ…」
その正体は真白い毛の猫だった。小さく呟くような、彼女の鳴き声は、彼を微笑ませた。しかしその笑顔は、彼女からは逆光で、あまり見えなかった。彼は手を伸ばし、彼女の頭に触れた。柔らかい毛は、人間よりも少し高い体温を伝えた。そうして撫で、また彼は一声、
「ここにおいで、僕は君に一目惚れしてしまったんだ」
と膝を叩いた。ニャオ、と発せられた声とともに彼女は乗った。それから彼は柔らかく、白い彼女を抱き上げた。彼女は初めて、彼の眩しい笑顔を見た。
それから10年が経った。
小さかった少年は、後2年で成人を迎える歳になっていた。彼はあの公園にさよならに来ていた。高校を卒業したら、東京で一人暮らしだ。彼は古い記憶をたどり、また、あの植え込みを覗いた。
「よう、久しぶりだな」
彼女は真白い身体を起こし、彼に近付いた。彼は彼女を抱き上げ、言った。
「俺がお前を、人間にしてやるよ。長い間、待たせて悪かったな」
彼女は……………答えた。彼の胸に顔を埋め、シャツに染みをつくりながら、背中に腕をまわして、強く抱き締めた。そうして答えたのだった。
「そうよ、私はずうっと待っていた。……でも、夢を叶えてくれて、ありがとう。私も貴方が大好きだったわ」
彼女の姿は、まるで天使のようだった。彼女の肌と髪の毛は、真っ白く、ただ一つだけ色のついた真っ黒い瞳は、僕を捕らえて放さない魅力を持っていた。
二人は口づけを交わした。そして、約束したのだった。
「またいつか。きっと逢えると信じて……」
触れ合った熱が冷めてゆく。彼女は空へ舞いのぼって行った。彼は真新しい太陽の熱を浴びた。