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第82話 自由の矛編4-05 「切創」

第82話を公開します。



20150806公開

   挿絵(By みてみん)



あらすじ

 巨人から奪った砦での生活が始まって24日目。

 取り残された現代人は、異世界での生き残りの為にラミス王国への外交団を派遣する。

 そして外交団は王族との会見に臨むが、初手から主導権争いが激化する。



11-05 『切創』 西暦2005年11月19日(土)昼



「それでは、本格的な話し合いに入ろうか? 其の方らが当方に与える事の出来る物は何だ?」


 デュラフィス王の言葉は直截的だが、重要且つ根本的なものだった。

 佐藤静子三等陸佐は一瞬だが、身を固くした。 



 繰り返し貴志君に言われたが、最後にこの惑星にやって来た私たち現代人は、圧倒的に有利な点も有るが、根本的且つ致命的な弱点も抱えていた。現代技術の生産基盤を全く持っていない・・・ という点はどうしようも無かった。

 派遣された自衛隊は、こちらに来た最初期に一部の89式小銃が装弾不良ジャミングを起こした為に予備の小銃と補修用交換部品を結構持って来ていたが、それでも数には限りが有った。

 言われて気付いたけど、小銃にも寿命は有るし、部品の交換や補充も必要になる。

 或るネジを無くしたり、ネジを交換すれば使える小銃が発生した場合、補充用の新品のネジが無ければどうするのかと言えば、他の小銃から回すしか無いらしい。「共食い整備」とか言うらしいけど、もし全ての小銃で或るネジが必要な事態が発生すれば? そう、89式小銃の数は有るのに大多数が戦力にならない・・・・・

 ゾッとする事実だった。

 では、そのネジを私たちがが自作出来るのか?と言えば、現状では不可能だった。

 そう、我々は満足なネジ一つ作れないのだ。

 材料を手に入れるのも不可能かも知れないし(何種類かの、例えばニッケル、クロム、モリブデン、コバルト、タングステン、バナジウム、ニオブ、タンタルと言った鉱物を用途に合わせて混ぜるらしい)、精密な加工をする為には旋盤と言った工具が必要らしい。

 では、その旋盤を作ればよいのだろう? となるけど、精密な旋盤を作る為には良質な鋼鉄と掘削用ダイアモンドが必要となり、これまた入手が出来るのか? という問題に行き着く。

 勿論、何もしていない訳では無かった。

 脱落し易いネジ対策は元々現場では当たり前の様にやっていたらしく、気を利かせた需品科の隊員がそれなりの数のビニールテープを持って来てくれていた。これでしばらくはネジを失くす危険が減った。

 また、89式小銃を納入していた会社の技術者2人が砦に設置されていた鍛冶場の一角に、とにかく原始的でもいいから旋盤を作る作業に入っていた。

 彼らは、将来的にはこの地で小銃を自作する事を目標としていた。



 その様な状況だから、私たちがすぐに王国に提供出来る“物”は限られてしまう。

 では、知識を提供するという選択肢が浮かぶが、王国の文明水準を全て把握している訳では無いので、本当に有効な知識がどの分野でどの知識かという点で不安が残る。


 貴志君は緊張の欠片も見せずに答えた。


「まずは貴国の戦力を増強するすべを最初に提供しましょう」


 何度も話し合った結果、最終的に決まった提案だった。

 その為に私が外交団に呼ばれたとも言える。


「ほう、大きく出たな。もしかして、其の方らの兵を貸し出すと言う事か? それともアラフィスが言っていた見た事も無い威力の武器を我らに差し出すと言う事か?」


 普通はそう考えるだろう。

 だが、それでは色々な意味で困る。


「いえ。純粋に貴国の戦力を増強する術です」


 デュラフィス王の目が威圧感を持って貴志君に注がれる。

 いや、1人を除いたラミス王国人全ての視線が貴志君に突き刺さっている。


「続けろ」

「我々が巨人、貴国で言うグザリガ族の砦の奪取と増援部隊迎撃で出した損失は、戦死者20名、戦傷者35名、その内、重傷で戦線を長期離脱した者が10名です」


 ハルちゃんが通訳した途端、ラミス王国人全員の顔に驚愕の表情が浮かんだ。

 貴志君の言葉に嘘は無い。

 今も治療を受けている23名の戦傷者のうち、13名は特異点周辺の確保の際の戦闘で重傷を負いながらも、特異点の消失で日本に後送出来なかった隊員だった。

 ハルちゃんと従姉の佐々優梨子嬢の存在がどれほど自衛隊とアメリカ海兵隊の損害を減らしたかは、調べれば調べるほど浮き彫りになって行った。

 『そりゃあ、空からの偵察だけでも有り難いのに、実際に突破口を開いてくれたハルちゃんに対して感謝の念を抱くよなぁ』と調べた当時に思うのも仕方が無い程だった。

 だが、貴志君の本当の狙いはこちらの実力が彼らの想像以上だと言う事を示唆するだけでは無かった。

 まあ、戦闘に参加した人員を言わない事からも分かるけど。


「そして、重傷の戦傷者10名全員が、あと数日で前線に復帰します」


 そう、これこそが、私たちが彼らに提供出来る最大の“戦略的な武器”だった。

 いち早くそれに気付いたのは、ネキフィス第3王子だった。


「王よ、発言の許可を!」

「許す」

「その話は本当か? 戦線を離脱する程の傷を負った兵が全員、前線に戻ると言うのは信じられん」

「今回の事例は幸運も有りましたが、事実です。佐藤静子三等陸佐、目録を」


 遂に私の出番がやって来た。

 会見前に検査を受けたバインダーから10枚のプリントアウトされた資料をテーブルに置いた。

 そこに印刷されていたのは、剣や槍により傷付けられた自衛隊員とアメリカ海兵隊員の受けた傷によって前もしくは後から撮られた裸の写真であった。

 初めて写真を見たラミス王国人に再び驚きが広がる。

 私は敢えて彼らの反応を無視をして、事務的に話し出した。


「剣や槍で受けた傷の大きさは見て貰えば分かると思います。少なくとも、放置すれば死んでいたであろう兵士は6名、腕を失ったであろう兵士は3名、足を失っていたであろう兵士が1名です」


 ラミス王国人は食い入るように写真を見ていた。


「その他、矢を受けたりで治療を受けた兵士は25名居ましたが、完治して先に部隊に戻っています」


 やっと、視線がこちらを向いた。

 うわ、怖い・・・・・

 こんなのを受けて、よくもまあ、平気な顔をしていられるものだわ、貴志君・・・・・


「偶々、致命的な傷を受けなかったという幸運も有りますが、我々は35名の兵士を前線に帰す事に成功しました」


 貴志君が続きを引き取ってくれた。


「念の為にもう一度言っておきますが、いつもこんなに上手く行く訳ではありません。現に、戦闘後1大時刻(約98分)以内に死亡した兵士が7名居ますから。また、斬り落とされた手足を元に戻す事も不可能です。我々の技術も完璧では無いと言う事です」


 一旦、間を開けて貴志君が再び説明を再開する。


「それでも、我々の技術を導入すれば、貴国の傷付いた兵士の生存率と復帰率が向上すると思えませんか? そして、それこそが貴国の戦力を増強する事に繋がるのでは?」


 

 現代技術も提供出来ず、知識の提供も不確かな中、ラミス王国が喰い付く様なカードは、私たちにはさほど無いと思われていた。

 だが、貴志君は全く違うアプローチを捻り出した。

 医療技術のパッケージ化だった。

 

「其の方の言う通りかも知れんが、本当にその様な技術が可能なのか?」


 食い下がったのはネキフィス第3王子だった。

 彼は最前線を受け持っている。それだけに真剣に戦傷者の復帰が増える事を望んでいるのだろう。


「デュラフィス王よ、証拠を見せる為に王の前で裸になる許可を」

「許可する」

「園田さん、傷を見せて上げて下さい」


 貴志君の言葉に頷いた園田副団長が背広とカッターシャツを脱いだ(元々は間引きで殺された市民の物だったが、今回の派遣の為に貸与されていた)。

 そして、巨人が残していた布地を使った下着を脱いだ時に、彼が巨人によって受けた生々しい傷が露わになった。

 左鎖骨の上から始まった切創は右胸を走った後、右脇腹で途絶えていた。

 彼が私の所に担ぎ込まれた時、正直なところ、生き残れる確率は2割も無かった。

 斬られた後に放置されていたせいで、化膿寸前だったのだ。 

 抜糸跡を見て、その手術の全ての記憶が蘇った。

 我ながら、完璧な処置だった。

 私は再び口を開いた。

 

「彼が私の下に来た時には斬られてから2日が経っていました。あと1日遅ければ死んでいた筈ですが、なんとか間に合いました。その時に使った技術全てを渡す事は出来ませんが、それに近い技術を提供する事は可能です」


 

   

 私たちは賭けに勝った。



 デュラフィス王が満足気に頷いたのだ。

  


 

 

如何でしたでしょうか?


 思ったよりも交渉のシーンが長引いています。

 まあ、取り残された現代人にとっては死活問題ですから仕方ないとご理解のほどを(^^;)



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