第73話 自由の矛編3-05 「鬼と悪夢と天使と女子高生」
第73話を公開します。
20150703公開
あらすじ
巨人から奪った砦での生活が始まって22日目。
取り残された現代人は、異世界での生き残りの為にラミス王国への外交団を派遣する。
目の前に現れたのは難攻不落とも思える要塞であった。
10-05 『鬼と悪夢と天使と女子高生』 西暦2005年11月17日(木)夕方
ネキフィス・ラキビィス・ラミシィス第3王子は部下に見せるものとは別物の成分を多分に含んだ表情で、6つ年下の弟に話し掛けた。
「なんだ、あれは? 妹神の化身かと、思わず膝を付いてしまったぞ」
声には怒りは含まれていなかった。むしろ楽しげだ。
多分兄上なら気に入るだろうと考えていたアラフィス・ラキビィス・ラミシィス第5王子だったが、守春香は予想の更に上を超えていた。
後に『タグィリラル砦の奇跡』と呼ばれる、妹神の具現化と錯覚させる程の出来事を起こしたのだ。
「実は僕も知りませんでしたよ。あの方にあんな事が出来るなんて」
「確かにお前が入れ込むのも分かるな。しかも相当な手練れと言うんだから、剣の1本や2本は贈りたくなるよな。よし、俺も贈る事にするか」
実の兄弟の2人が会話をしている場所は、タグィリラル砦に駐留している部隊の隊長室だった。
部屋は実務的な調度しか置かれていない。見ればすぐに部屋の主の人間性が分かる部屋だった。
表面上はネキフィスはこの砦の2番目の地位に居る。
「深読みすれば、我々は先制攻撃、しかも奇襲を許した訳ですが・・・ どうされますか、兄上?」
言外に荒事も含めた対応策を取るのか? という意味がこもっていた。
一瞬だけ考えたネキフィスだったが、すぐにニヤリとした笑みを浮かべた。
「特にどうもしない。予定通りに事を進めるさ。どっちにしろ明日には王都に向かうんだ。それまでは丁重に扱うさ」
執務机の上に無造作に置いていた儀礼用の剣を腰帯に取り付けながらネキフィスは付け足した。
「まあ、こっちも罠を仕掛けていたんだ。それを喰い破られたと言って、根に持つのも俺の流儀ではないしな」
彼が言っているのは、主神の恩寵を持たない矮人にとって、逃れる事の出来ない隷属化を強いる歓迎をワザとしたと認めるという事実だった。
「アラフィス、ちゃんと俺を紹介しろよ。もしかすれば、俺かお前のどっちかの側室にと、王が考えるかも知れんからな」
「可能性は否定しませんが、彼らも手放さないでしょう。手放した場合の不利益を考えると」
「ま、親父殿の判断次第だし、どっちに転ぶかはすぐに分かるさ。さて、行こうか」
佐藤静子医官は、自分に与えられた席で周りの様子を伺いながら隣りに座る園田剛士に話し掛けた。
「彼らのハルちゃんを見る目が怖いんですけど?」
園田は苦笑いと微笑みの中間の笑みを浮かべながら答えた。
「そりゃ、あんなのをいきなりやられたら、コロってなっちまうよ」
彼らは現在、歓迎会場となっている講堂の様な広い部屋で歓迎式典の開催を待っている最中だった。
2人の会話の主役の守春香は、少し離れた場所で周りをラミス王国の軍人に囲まれながら談笑をしていた。
離れているのは、大阪狭山市の外交団にラミス王国人がもたらす影響を考えての事だった。
「そう言えば、関根二尉は彼女と一緒に戦った事も有るって、ハルちゃんから聞きましたけど、その時はどんな感じだったんですか?」
静子は外交団の護衛として後ろに立っている特戦群の小隊長に話しを振ってみた。
「どんなもこんなも、自分の第一印象は“鬼”でしたね。巨人を斬った返り血で全身血だらけの姿で現れて、斬った事よりも返り血で気持ち悪いからタオルを貸してくれと言い出すんですからね」
「うわぁ、最悪・・・」
「第一小隊の沢野二尉なんて、初めて戦場で出遭った時に『“悪夢”を人の形にしたらてこんなんだろうな』って思ったと言っていましたし」
「なにそれ・・・」
静子は父親が自衛官と言う俗に言う『官品』だったので、多少は自衛隊内の知識は有る。
その中には、陸上自衛隊員の中でも精鋭と見做される資格を持った者が居る事くらいは知識として知っている。
後ろで警護に当たっている9人の自衛隊員全員が持っている筈だった。
静子が実家に居る時に偶々一緒に見ていたテレビのニュースか何かで訓練の一部が放送された時の父親の言葉が印象的だった。
『この訓練を無事に乗り切れた奴は無条件で頼れる。修了するのが大変だからな。俺も受けたかったんだが、色々有って取れなかったんだよな』
後で分かった事だったが、父親が諦めた原因は静子の出産が絡んでいた。
なんにせよ、精神的にも肉体的にも追い込まれる環境下で行われるので、資格を持っている隊員は並みの神経では無い。ましてや秘密の特殊部隊の小隊長を務める様な人物が“悪夢”という表現をする女子高生など、この世に存在する筈は無かった。
もし、静子があの朝、春香に出会っていれば、その小隊長の言葉に無条件で賛成していただろう。
ちなみに偶然ながら、今回の外交団全員があの朝の『黒ハル』と遭遇していなかった。
歓迎式典は数分後に開始された。
如何でしたでしょうか?
アラフィス殿下のお兄さん、狡猾なのか単細胞なのか、どっちなんだ(^^;?)