第70話 自由の矛編3-02 「現実離れした少女」
第70話を公開します。
20150624公開
あらすじ
巨人から奪った砦での生活が始まって20日目。
砦での生活が“日常”となっていた。
そして、新しい季節が訪れた。
*登場人物紹介と地形図紹介を3項前で公開しました
*砦見取り図と修正版の地形図を1項前で公開しました
10-02 『現実離れした少女』 西暦2005年11月15日(火)夜
「では、護衛を含めてそちらが派遣する人数は15人という事でよろしいですね?」
「はい」
晩餐会は特に問題が発生する事無く無事に終了した。
出された料理に対するラミシィス側の反応は上々だった。さすがに自衛隊が海外に派遣された時に現地で行われたコンクールで高い評価を得た戦闘糧食Ⅱ型だけは有った。
その晩餐会の会場として選ばれたのは、巨人が連隊クラスの部隊の司令部として使っていた建物だった。位置的には食堂から2つ目の建物だった。
幅が15㍍で奥行きは50㍍ほどのその建物は、前回のアラフィス来訪後に内部を整理して、いつでも使える様にされていた。将来的には大使館の様な役割を持たせる為にラミス王国への貸与も考えてあった。
ちなみに大阪狭山市はラミシィスとラミシィナの区別を付け易くするために両国の名称を「ラミス王国」と「ラミス神国」と呼称する事にしていた。
「しかし、春香殿、以前に比べて民の雰囲気が変わりましたね」
「さすがアラフィス殿下、お分かりになりますか?」
「ええ、明らかに変わっています。何か理由でも?」
その会話を聞いている周囲の中で、最も真剣な表情を浮かべていたのは使節団副団長のラカル・グラナだった。
42歳の彼はすこぶる優秀という程でも無い。ただ単に王周辺の政治力学から選ばれた人物だった。
とはいえ、愚鈍でも無い彼は、アラフィス第5王子と守春香の会話から、いきなり現れたこの種族の情報をすくい取ろうとしていた。
現在に至るまでに得られた情報は、実のところ、かなりの量になっていた。
だが、最も彼の印象に残るのは会話の内容よりも道具類だった。少なくともこれまでに見た事の無い道具が数多く目に付いた。
例えば、晩餐会会場を明るく照らしている中央に置かれた白い円盤の様な灯り・・・
まるで真昼の様な明るさをこの会場に与えている。
これ1つだけでも、この種族が自分達よりも進んだ道具を生み出す文明を持っている事を認識せざるを得ない。
「理由は簡単です、殿下。 諦めたからです」
「諦めた? 何をですか?」
「答えは王都にお伺いした際に・・・」
そして、ラカルに1番の衝撃を与えたのは、今、アラフィス第5王子と話している少女だった。
どこから見ても奴隷階級の矮人にしか見えないのに、身に纏う『主神の恩寵』は異常なものであった。
王族をも凌駕する量と、見た事も無い密度。
更についさっき気付いたが、少女の身体的特徴で1点だけ見逃せないものが有った。
一部おかしな色(青だったり緑だったり)の者も居るが、彼女以外の矮人で同じ特徴を持つ者は居ない。それは彼女の兄と言う矮人も同じだ。
それは目だった。この明るさだから気付けたが、彼女の瞳は黒色だけで構成されていた。
『主神の教えの書』の原典とも言えるラミシィナ設立以前に書かれた『再誕期の書』に書かれている『加護を最も受けし者』と同じ特徴だった。
その事は、必然的に1つの推論に辿り着く。
彼女は『加護を最も受けし者』、すなわち『ケリャカイス・ラミシィナ』に連なる血を持っている・・・という、信じがたい結論になる。
『遅れた者』どもに滅ぼされる直前に『ケリャカイス・ラミシィナ』の一部が姿を隠したという伝説は広く知られていた。それは『遅れた者』どもでも同じ事だった。『消えた弱人部族』として知られている。
『主神の恩寵』や“血脈”の話だけでなく、彼女は驚くべき能力を更に2つも披露していた。
彼女は最初、『古の言葉』だけしか話せなかったという(その事自体も異常なのだが)。
それが数大時刻後には、『古の言葉』混じりとは言え現代の言葉も話せるようになっていたとアラフィス第5王子は報告していた。
異常な学習能力としか言えない。
更には、1人でアラフィス第5王子指揮下の50人もの部隊を足止めして見せたという“武”。
余りにも現実離れし過ぎていた。
「なるほど、分かりました。ところで先ほど出された『はんばあぐ』という料理ですが、あの味付けと調理法は初めて経験しました。もしかして『にほん』とやらの料理ですか?」
「正確には違いますが、我々の大好物の1つですね。味付けには『しょうゆ』という調味料が使われています。今のお話ではどうやらこちらでは似た調味料が無い様ですね。いつかは我々自身で造り出したいものの1つです。調味料で思い出しましたが、ラミシィスで手に入る調味料で辛さを加える物に『ペレ(ラミス王国語。胡椒)』以外の物はありますか?」
「残念ながら詳しくないので、本国に戻った際に確認しておきますよ」
何気ない料理についての会話の様でいて、外交の鞘当ては始まっていた。
彼らは、お互いに持っている手札の値踏みを料理関係から始めている。
晩餐会が行われた事により、会話の展開がし易く、料理関係という“力”とは無縁な手札から始める事によって今後の交渉の簡単な約束事を作り上げて行こうという思惑だった。
ラカルはアラフィス第5王子に対する認識を改めた。
彼が知る(直接でなく聞えて来る間接的な評価が中心だが)アラフィス第5王子の能力の評価は、どちらかと言えば“武”が中心だった。若いながらも堅実な指揮で初めての戦場で危なげなく武勲を上げていた。その後も無難に経験を重ねたアラフィス第5王子が最後に引き当てたのがこの種族との遭遇だった。
余りにも荒唐無稽な話故に王宮での評価は一時的に下がったが、王の決定がアラフィス第5王子の評価を再度上げていた。
そして、実際に恐るべき少女と外交の鞘当てをしている姿を見て、ラカルのアラフィス第5王子に対する評価はかなりの角度で急上昇していた。
ラカル・グラナは、その後の人生で、大阪狭山市と浅からぬ関係に絡め取られて行く。