第67話 自由の矛編2-08 「佐藤静子二佐」
第67話を公開します。
20150613公開
20150614一部追記
あらすじ
巨人から奪った砦での生活が始まって20日目。
砦での生活が“日常”となっていた。
そして、外交の季節が訪れようとしていた。
(*登場人物紹介は8項前です)
9-08 『佐藤静子二佐』 西暦2005年11月15日(火)昼
取り残された現代人の運命を決める砦本部内の会議はほぼ結論が出ていた。
「では、この条件で交渉を進めるという事でいいですね? ただし、相手が在る事なので譲歩も含めて変動は全権的に委任する事とします」
金澤達也暫定市長が会議に参加している全員の顔を見渡しながら確認をした。
答えは全員の頷きだった。
もっとも、会議自体は暫定市長が主導したものでは無かった。彼が外交面全般を任せた人物が主導した。
「という事で、貴志君、よろしく頼むよ」
「なんとか頑張ってみますよ」
そう言って守貴志はみんなにお辞儀をした。
そして彼は自衛隊派遣部隊の清水孝義司令に声を掛けた。
「清水司令、佐藤先生にはお礼を伝えておいて下さい。間に合わせてくれたおかげで交渉材料が増えました」
「いや、守君、こっちこそ妹さんが見付けてくれたカビと作ってくれた酢の原液は勿論だが、何と言っても彼女の手助けが無ければ間に合わなかったよ。まあ、なんにしろ、市民も我々も今後の事を考えると絶対に必要となるだけに心強い。今後も協力して貰えるように妹さんにお願いしておいて欲しい」
「分かりました」
彼らが言っているのはこの地に来てから造り出したペニシリンの事だった。
元々、この地に派遣されていた自衛隊の衛生分隊は10名しか居らず、あくまでも日本本土に後送するまでの応急処置をする目的で派遣が決まっていた。当然ながら持ち込んだ医薬品も迅速な補給が有るという前提だったので大量に持って来ておらず、橋頭堡攻防戦で多数の戦傷者が発生したせいで大量の医薬品の補給を急遽要請したほどだった。
そして、その補給物資と共にやって来たのが佐藤静子二佐だった。
彼女は防衛医科大学校卒業生では無く、公募で自衛隊に入隊した数少ない医官だった。
彼女が公募に応募したのは自衛官だった父親が腕のいい医官不足の自衛隊の為に実の娘を口説いたというのが実情だった。
まあ、彼女は離婚した直後という事も有り、やや自棄気味だった為に入隊の決心をしたというのは母親しか知らなかったが。
入隊時の事情はどうであれ、彼女は年齢の割には経験豊かで有能な外科医だった。
今回の派遣も様子見もせずに誰よりも真っ先に志願の手を挙げていた。
そんな彼女が守春香と知り合ったのは、たまたま衛生分隊に割り当てられた病棟が春香の実験棟の隣だったからだった。
通常の兵舎よりも大きな兵舎を丸ごと1つ割り当てられて、何やら実験をしている明らかに女子高校生くらいの年齢の女の子・・・
服装も自衛隊が支給している迷彩服・・・
しかも、実戦部隊によほど顔見知りが多いのか、彼女を見掛けた自衛官全てが敬礼をしていた・・・
「始まりの日」と「終わりの日」の両作戦が発動されていた当時は、砦から少し離れた場所に設営された野戦病院で戦傷者の手当をしていたので、佐藤二佐は春香の事を全く知らなかった。
だが、気になって部下になっている衛生分隊の三曹に訊いたところ、とんでもない情報がゴロゴロと出て来た。
曰く、見た目通りの現役女子高生だとか・・・
曰く、巨人と剣1本で渡り合えるとか・・・
曰く、本人は怪我一つしないとか・・・
曰く、砦周辺はもとより遠方の地域も偵察しているとか・・・
曰く、実質的な主導者と自衛隊で見做されている大学生の実の妹とか・・・
曰く、日本に居た時から自衛隊、特に37普連と交流が有ったとか・・・
曰く、砦奪取の立役者だとか・・・
曰く、清水司令も頭が上がらないとか・・・
曰く、砦の運営を担っている現地人が彼女を崇めているとか・・・
曰く、現地語もマスターしているとか・・・
曰く、曰く、曰く・・・・・・
百聞は一見にしかずとばかりに、挨拶がてら女子高生が使っている兵舎を訪れた時は衝撃的だった。
ノックをしたのに返事が無いので、仕方なしに扉から覗いた佐藤二佐はその場で硬直した。
問題の女子高生は、机に置いたカビだらけのパンを両手の間に置いて睨んでいるだけなのだが、彼女の背中から発せられる圧迫感と言うか威圧感を肌で感じた為に身体を動かせなかった。声を掛ける事に気後れしたという方が正しいのだが、それでも只の女子高生では無いというのは明白だった。
しばらくすると、やっと作業を終えたのか、女子高生から圧迫感が抜けた。
と同時に、こちらに気付いた様で、顔を向けた。
可愛いと凛々しいの間の造形をした美少女だった。
「あ、ごめん、お隣同士なのに、顔を合わせてないから一度挨拶しとこうと思って。私は佐藤静子。自衛隊で医者を、医官をやっているわ。お蕎麦は持って来てないけどよろしく」
美少女は首を傾げていたが、お蕎麦のくだりで笑顔を見せた。
「守春香です。私もお蕎麦は持っていないですけど、クッキーもどきなら有りますよ? まあ、お茶もそれっぽいのが有るので、召し上がって行きます?」
そう言うと彼女は巨人用の椅子を向い合せに置いて、簡単なお茶の為の空間を創り出した。
「そう、ごちそうになろうかしら」
クッキーは甘さ抑えめで結構美味しかった。
ただ、お茶は正直美味しいとは言えない味だった。
「で、貴女はここで何をしているのかしら?」
「何をしていると思います?」
「パンをカビらせて得る物だから・・・ 麹?」
「正解です。ちょっとばかり現地料理の味付けがワンパターンなので、醤油とか味噌を造ろうと思って。まあ、発酵もの全般に手を出すつもりです。あ、もう酢なら作り終えていますけどね」
「え、酢なんて自分で簡単に作れるの?」
「いい麹さえあれば数時間で作れますよ。まあ、それほど香りも無いし美味しくないですけど。美味しい酢を作るなら半年は寝かせないと。それくらい掛ければ美味しい黒酢に出来るかも知れませんね。ただ、見付けた麹が当たりかどうかは賭けですけど」
「へー、凄いね。でも、そんな知識をどこで習ったの?」
「母親が好きだったもので。まあ、ちょっとばかり私の特技が発酵の管理向きってのも有りますが。信じてくれないでしょうが、カビを選別出来るくらい視力が良いんですよ」
「ああ、それでさっきは集中してたんだ」
「あ、ごめんなさいね、来て頂いたのに気が付かなくて・・・ あ、お茶のお代わり要ります?」
「うーん、止めとくわ。そっか、カビが見えて発酵も管理できるんだ・・・ だったら、ペニシリンでも造って貰おうかな」
佐藤二佐は軽い冗談のつもりで言った。
少なくとも、ペニシリンを専用の施設も無しで造れると思っていなかったからだ。
アオカビと錠剤となったペニシリンの間には数多くの行程が有るくらい常識だからだ。
それにアオカビと言ってもペニシリンを造るのに適した種類が簡単に発見出来る筈はなかった。
「うーん、“あの子”を使えば造れなくもないですけど・・・ 生成した後の精製が問題かなぁ」
手が空いた衛生分隊の隊員を人手に、佐藤二佐が持ち込んでいた私物の重曹も使って(彼女はうがいや掃除に重曹を重用する重曹マニアだった)、春香の協力のもと何十回もの試行錯誤の末に遂に実用に耐えるペニシリンGの精製に成功した。
日本から持って来ていた、より進んだ抗生物質を使った錠剤に比べると原始的で欠点だらけのペニシリンだったが、今後も供給が可能となった点は大きかった。
そして、それは、ラミシィス国との交渉に使える、数少ない現代人の武器となった。
如何でしたでしょうか?
ちょっと最後は駆け足になりましたが(出勤時間が迫って来る切迫感の中で書いたもので^^;)、なんとかお送り出来ました(^^)
P.S. ずっと待機状態だった医官と衛生分隊の11人をやっと登場させる事が出来ました(^^)
あ、アオカビ君もお待たせしました(^^;)