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第65話 自由の矛編2-06 「実験棟」

第65話を公開します。



20150603公開

あらすじ

 巨人から奪った砦での生活が始まって16日目。

 砦での生活が“日常”となっていた。

 人々はそれぞれの“生活”に順応しようとしていた。


                           (*登場人物紹介は5項前です)



9-06 『実験棟』 西暦2005年11月11日(金)朝


 その日の朝、守春香は朝食を済ませると真っ直ぐに自分の実験棟にやって来ていた。

 なんせ、今日からは自分だけで行っていた実験に助手が2人も付くからだ。

 どちらかと言えば人付き合いが苦手な彼女にとって、1人で実験をしていた方が気が楽なのだが、いつまでもここに籠っている訳にもいかない。

 いつラミシィス国から外交に関する連絡があるか分からないからだ。

 当然ながら言葉の壁を越えている人材は忙しくなる。

 そして、現状ではその様な人材は春香しか居なかった。となれば外交交渉に忙殺されるのは明白だった。それは目途が付いて来た実験を途中で放り出す事と同義であり、砦の住民に懐かしい味を味わってもらえる機会が遠のく。それならば誰かに任せた方が良いに決まっている。

 本来なら途中で何度か手伝って貰った植物生理生態学の専門家の大前聡史教授に任せたいところだったが、教授は教授で周辺の植生を更に調べる仕事が有るので無理だった。

 体調を崩して「第一次食材探し隊」に参加出来なかったのがよほど悔しかったのだろう。

 結構、子供じみたところが有るので、その辺は好きにさせておく方が良いと貴ニィが判断したようだ。

 ラミシィス国との外交だけでなく、春香にはオーバーワーク気味の作業や探索が控えていた。


 そして、俗称『16歳以上皆勤令』(正式には法律でも条例でも無く、ただの方針であり、拒否は可能だったが)によって、市民も全員が今日から雑務をこなす事になっていた。その割り当てを行った貴ニィが選んだ春香のパートナーは顔見知りだった。 


 扉の向こうに複数の人の気配がした。

 固定する為のかんぬきを持ち上げて外側に扉が引かれた。3つの人影が見える。


「おはようございます。春香ちゃん、待った?」

「おはよう。ううん、全然。今来たところだよ、唯」


 なんというか、デートの待ち合わせに遅れてきた“彼女”に定番の答えを返す“彼氏”の様なセリフになってしまったが、春香は思ったよりも自然に応えることが出来た。


「さあ、入って、入って」


 3人はおずおずと言う感じで実験棟に入って来た。


「へえ、もっと、実験道具が沢山有る様な部屋を想像していたけど、意外と何も無いんだね」


 春香の同級生の河内唯が室内を見渡して呟いた。


「だって、どこにもフラスコとかシャーレとか温度管理用の装置とか売ってないからね。全部、在り合せの品だもん。例えばカビの培養に使っているのは自衛隊が念の為に用意していた密封出来るナイロン袋だったりするし。新規に作って貰ったのはそこに在る実験用の整理棚関連くらいかな」


 そう言って、春香が指差した先には、部屋の中央に置かれた横幅3㍍、高さ1㍍くらいの木製の棚が1㍍ほどの間隔を開けて2つ置かれていた。

 引き出しも装備されていて、今は半分くらいが埋まっていた。


「えーと、それでは改めて、今日からよろしくお願い致します」

「あ、はい、よろしくお願い致します。あ、まずは座って」


 あらかじめ用意していた巨人謹製の椅子に3人を座らせる。

 3人の中で1番年齢が高い女性が1番年齢が低い女性の手助けをした。


「美羽ちゃん、眠たくなったら寝てもいいからね」

「うん。でも、みうもおてつだいしたいの、はるかおねえさま」


 何故か、この幼稚園児の幼女、鈴木美羽は春香だけを“おねえさま”と呼んでいた。

 確か、最初は他の3人と同じ“おねえちゃん”だった筈だ。

 どうして2階級特進をしたのかは知らないが、敢えて訊いていない。何か嫌な予想がしているからだった。使徒のムビラの影響だろうけど。

 幼稚園児の美羽とその母親の鈴木珠子は『16歳以上皆勤令』の対象外の予定だった。

 だが、珠子と美羽の2人とも強く希望したので春香の助手になっていた。


「えーと、それでは、これから何をするのかという事と、その為に必要な知識を言います。分からないところが有れば、質問をして下さい」


 説明をし易いように春香は自分の口調を教師風に設定した。

 そのせいか分からないが、3人は真剣に頷いた。


「おしょうゆを造ります。でも、大豆が無いので、造るのは白しょうゆです。白しょうゆなら大麦と塩だけでも造れますから」


 早速、手が上がった。唯だった。


「白しょうゆって、聞いた事が無いけど、薄口しょうゆと違うの?」


 唯の隣で珠子も頷いている。美羽も母親の真似をして頷いている。


「愛知県とか千葉県で作られている小麦メインの甘目のしょうゆよ。普通のしょうゆって大豆がメインでそこに小麦を混ぜるのだけど、好きに使えるのが大麦だけだから、消去法で大麦だけでも造れる白しょうゆになるの。まあ、上手く行くと思うけど、日持ちしないのが欠点かも」


 早くも春香の口調は崩れてしまっていた。


「ついでに言うと、旨み成分も大豆を使わない分足りないんだけど、使える材料が少ないからね。まあ、豆類も発見しているから、その内、普通のしょうゆも造れるようになるかな? 麹カビも何カ所も場所を変えて採取したおかげで結構有望なのが揃ったし」


 春香の説明にうんうんと頷いていた3人だったが、新たに手を挙げた人物が居た。

 鈴木珠子だった。


「どうして春香さんはそんな知識が有るの? 白しょうゆなんて初めて聞いたし、作り方なんて普通は知らないと思うのだけど」

「あー、それは母親の影響としか・・・ 料理が好きで、研究のし過ぎで自宅でしょうゆや味噌、ソースまで造っていたのを手伝っていたんです。私、細菌レベルなんて余裕で見えるから、発酵の管理をやらされたんで・・・」


 反応はキョトンとした表情だった。

 たっぷりと10秒してから、唯が恐る恐ると言う感じで質問をした。


「今、細菌が見えるって言った?」

「うん、言ったよ」

「それって、文字通り、細菌が目に見えるという意味?」

「実際は違うけど、菌糸も胞子もばっちり見えるよ。短時間なら分子レベルも可能だし」

「真里菜ちゃんだったらツッコんでいると思うけど、もう、私にはツッコミどころがどこに有るのか分からないとしか・・・」

「唯ちゃん、大丈夫! 私も分からないから!」


 意外とこのコンビは息がピッタリなのかも? と一瞬思った春香だったが、何故かドヤ顔の美羽が可愛くて、笑みがこぼれた。

 幼稚園児のドヤ顔がこんなに可愛いのはきっと美羽ちゃんが可愛いからかな? とも思ったが、話を続ける事にした。


「はい、それでは、設定に戻して、説明を続けます」

「春香ちゃん、設定って・・・」

「あ・・・ ご、ご、ゴホン?」

「えーと、春香さん、普通で良いと思うのだけど?」

「そうですね・・・ それでは気を取り直して、説明しますね。白しょうゆを造る上で必要なのはさっきも言った通りに大麦と塩だけど、麹カビを発酵に使うの。簡単に作業手順を言うと、麦の皮を剥いて、綺麗に洗って、蒸して、40℃くらいで麹カビと混ぜて、塩水に漬けて、発酵を熟成させて2~3カ月後に2回に分けて分離させて造るの。最初から最後まで私が管理出来ればかなり成功率は高いけど、途中で抜けるので、みんなに発酵の熟成をお願いする予定。何か質問は?」


 手を挙げたのは珠子だった。


「発酵させるって事は、温度管理とかが難しいと思うのだけど? 前にテレビでやってたけど、日本酒の酒蔵に密着した番組を観た事あるの」

「あ、珠子さんナイス。言葉だけでは伝えにくいけど、イメージが有れば管理し易いと思う。そこで、温度管理の為にこれを使います」


 春香が取り出したのはかなりゴツイ腕時計だった。

 

「遺品なので本当は使いたくないけど、0.1℃単位で正確な温度を測れる機材がこれしかないので自衛隊側の好意で借りています」


 そう言って、春香は黙祷代わりに目を瞑った。3人も真似をした様だった。 


「この時計は登山用に開発されたから湿度や気圧も測れる上にソーラー発電も可能なので壊れるまでずっと使えるの。今年新発売されたらしいけど、予約して買ったらしいんだって・・・ だから大事に使って上げようね」


  

 春香の講義と実際に実験に使っている素材の説明は夕方まで続いた。



 鈴木美羽が最後まで起きていた事は特筆すべき事だった。 

 

 

 




 



 




如何でしたでしょうか?


 やはり、日本人にはしょうゆが要りますよね?

 何とか頑張って、彼女たちにしょうゆを造って欲しい今日この頃です(^^)

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