第64話 自由の矛編2-05 「収穫と前進」
第64話を公開します。
20150530公開
あらすじ
巨人から奪った砦での生活が始まって14日目。
砦での生活が“日常”となり始めていた。
そして、ある行事と実験が行われようとしていた。
9-05 『収穫と前進』 西暦2005年11月9日(水)朝
その日の朝、砦の広場には20人ほどの市民が集まっていた。
その集団とは別に自衛隊の一団も居る。
ただし、服装は迷彩服でなく、黒が基調の市街戦用戦闘服を着用していた。
2日前に終了した第一次食材探し隊参加者で今回も参加しているのは東海林夫妻だけだった。
1人の人物が市民たちの前に現れた。
「わざわざ、朝から集まって頂き、誠にありがとうございます。皆様も楽しみにしていると思いますが、私も今からワクワクしています。本当は私も行きたいのです。でも、佃中先生が行くなと五月蠅いから行けませんけどね。慣れない書類作業に飽きたからだとか、そんな理由では決してありません。本当ですよ?」
ワザと語尾を上げて、聴衆から軽い笑いを取ったのは暫定市長の金澤達也だった。
「昨日呼び掛けて、これだけの人数が応募して貰えたので、本日の晩ごはんはきっといつもより豪華になることだと思います。どうか、皆さま、東海林さんや自衛隊の皆さんの言う事を聞いて、無事に帰って来て下さい。では、最後は名言で締め括りたいと思います。『遠足は無事に家に帰るまでが遠足です』」
最後のギャグは滑った・・・・・
市民は全員が山菜狩りの経験者でキノコ狩りも経験している者たちだった。
3日間に及ぶ第一次食材探し隊は多大な成果をもたらした。
以前に「使徒」が畑としていた場所からは予定通りにヨーロッパ原産の複数の食用植物の原種やハーブ類、本命の野生二粒小麦を発見出来た上に、周辺を広範囲に調べた結果、インド原産と思われる柑橘系植物その他も発見した。
縄文期の植生が基本のこの高地において明らかに異質な植物が混じっている事は、「ラミシィナ人」が巨人から逃れて来る時に持ち込んだ事を示唆していた。
そして、「ラミシィナ人」そのものも、インドからヨーロッパにかけて住んでいたホモサピエンスもしくはクロマニョン人が先祖という可能性が更に強くなったとも言える。
また、守春香による上空からの観測で、キノコの生育に最適な植生で、しかも森の中を流れる小川周辺という条件を満たしていた場所も予定通りに帰還の際に調査したところ、予想以上のキノコが生えている事が判明した。
収穫するなら最適な時期と言う事も有り、急遽希望者を募ってのキノコ狩りが行われる事になったのだ。
もちろん参加者には報酬も約束されていた。収穫の3割を自分のモノに出来るのだ。
ただし、毒キノコも多数見つかった為に、知識が豊富な八百屋の東海林夫妻と、レンジャー課程を全員が修了している特殊作戦群の隊員が護衛と指導の為に同行する事になっていた。
その頃、守春香はキノコ狩りとは別の次元で重要な実験を控えていた。
彼女にあてがわれている実験棟(砦本部の隣の建物)内は微妙に生物的な匂いがこもっていた。
彼女の前には巨人が使っていた机が置かれていた。その上にはいろんな色彩に覆われているパンもどきが大きな木製の皿の中に置かれていた。
布の切れ端で作ったマスクをした彼女は『ご先祖の脳波』を発生させた。
彼女にしか使えない技術を使ってパンもどきを端から端までスキャンして行く。
菌の分布を最初に把握した後、今度は菌ごとに事前に用意したビニール袋に慎重に入れて行った。
全ての分離が終わったのは1時間後だった。
さすがに彼女が持つ技術の中でも最高難度の『生体顕微鏡』を連続使用したせいで、脳内温度が危険領域に近付いていた。
文字通りに頭を冷ますついでに凝ってしまった身体をほぐす為に実験棟を出た彼女だが、偶然にもクラスメートたちが道を歩いていた。
「あ、ハル、ここに居たんだ。探していたのよ」
「うーん、ちょっとした作業が有ってね・・・」
春香は背伸びをしながら宮野留美に答えた。
「どんな作業かを訊いても大丈夫?」
「うん、麹カビを分離していたんだ」
春香の言葉に反応したのは高木良雄だった。
「もしかしてしょうゆを作るの?」
「うーん、一応、お味噌とかお酒とかも狙っているけど、しばらくは試行錯誤かな。どっちにしろ自由に使える材料が今の所大麦しかないし」
春香は前屈運動をしながら答えた。
「まあ、有望そうな麹カビが幾つか見付かったから、気長に待っていて」
呆れた顔で吉井真里菜が発言した。
「ほんと、あんたって、なんでもアリなのね」
春香は更に深く前屈しながら答えた。
「なんでもアリって程じゃないよ。神さまじゃないんだから・・・ で、みんなしてどこ行くの?」
「あ、そうそう。春香を探していたのは市役所にチンジョウに行くのについて来て欲しいからなの」
「陳情? なんの?」
「みんなに仕事を与えろってね」
「うん、いいよ。そろそろ貴ニィが仕事の割り振りを完成させる頃だから、いいタイミングかもね」
「あんたら兄妹って、2人揃って有能過ぎる・・・」
春香は後ろに身体を逸らしながら答えた。
「そう? 真理ネェが居たら、もっと凄かったんだけど・・・ よし、行こう!」
その夜、食卓に煮込んだイノシシの肉とキノコで作ったスープがデビューした。
翌日、16歳以上の市民全てに作業の割り当てが行われる事が発表された。
如何でしたでしょうか?
徐々に立ち直りつつある人々ですが、やる事が無ければ精神的に落ち込んでしまうと思いませんか?
で、気が付けば、『貧乏暇なし』状態に貴ニィが誘導しそうで怖い今日この頃です(^^;)