第4話 1-4 「小隊長」
新たな人物たちが舞台そでに呼ばれました・・・
20141004公開
4.『小隊長』 西暦2005年10月23日(日) 午前9時14分
秋山昭二はゆっくりと新聞を読むのが癖だった。いかつい顔とがっしりとした体格に育ったとはいえ、これだけは子供の頃から変らない。
『小学生のくせに、新聞が好きなんて変ってるよ。しかもオヤジのような読み方をするし』と母親に苦笑いをされたが、好きなものは仕方ない。ついでに言えば、テレビも点けっぱなしだった。これも子供の頃からの癖だった。
さほど広くない部屋は男の一人暮らしとは思えないほどに片付いていた。置きっぱなしという言葉とは無縁の空間だった。こたつの上に置かれたボールペンは、縁に沿って置かれているし、テレビのリモコンも同じ様に置かれている。
無駄という言葉とも無縁だ。生活に必要な物以外はほとんど見当たらない。もっとも、部屋が片付いているのも、無駄な物が少ないのも彼本来の性格とは無関係だった。18歳から徹底的に叩き込まれた習慣の成せる業だった。
部屋の印象と違って、秋山自身はだらしが無いと言っても良かった。紺色のジャージのズボンを穿いて、白のTシャツ姿であぐらを組んだ恰好で新聞を読んでいる。時々、テレビにチラッと目を向けて、しばらくしたら新聞に目を戻す。仕種は神経質では無いが、情報を溜め込むのが性癖みたいな感じだった。
彼の職業を判別できる物は部屋に渡したロープに吊るされていた。濃淡のある緑色と茶色の2色で模様を作っている上下の作業着だ。
俗に『迷彩服』と言われる自衛隊のユニフォームだった(厳密に言えば自腹で購入した私物で『迷彩作業服』と呼ばれる)。本当ならば自動洗濯機で洗濯乾燥した後はアイロンを掛けて壁際に置いてある簡易クローゼットになおすのだが、洗濯機の調子が悪く、上手く乾燥してくれなかったのだ。外に干そうにも周囲の目が気になるので、仕方が無く部屋干しをしていた。
今の彼と部屋の中を見て、彼の階級を当てられる人間は少ないだろう。居るとしても同業者くらいだ。
判断材料として挙げる点としては、独身で駐屯地外のアパートを借りている事、年齢、転勤が多い為に極度に質素なインテリアと私物の片付け方、などだろう。
駐屯地外にアパートを借りる事の出来る対象は尉官か結婚した曹以上だし、年齢からすれば一尉位までに収まる。部屋に置いている書籍や読本を見れば、普通科の幹部で、かつ中隊長以上ではないと分かる。
となれば普通に考えれば普通科の小隊長クラスと見当を付ける。結婚していない事も判断材料にする者もいるかもしれない。
彼は大阪府和泉市にある陸上自衛隊信太山駐屯地に駐屯する、第37普通科連隊第一中隊第一小銃小隊小隊長の二等陸尉だった。そんな彼がのんびりとしている理由は、単に日曜日で休業日だったからだ。もっとも他の中隊は八尾駐屯地で行なわれている創立祭や大阪狭山市の防災訓練に狩り出されているので、普通に休めている事は運が良いと言えた。
新聞を読み終わった秋山二尉が視線をテレビに向けると、そこに映し出されていたのは昔の鎧で身を固めた巨人が穴から出てくるところだった。
「215、216、217、218、219・・・」
関根昌幸も同じ場面を見ていた。その顔は整っているが、イケメンと呼ぶ者は居ないだろう。イケメンと呼ばれるには甘さが足りなかった。変な例えで言えば、砂糖とクリームを入れたコーヒーをイケ面とすれば、明らかにブラックコーヒーだろう。
そして上半身は白いタンクトップで半分以上隠されていたが、どう見ても一般人の肉体ではない。ボディビルダーの様な人工的な筋肉でも無く、実用性だけを考慮した、瞬発力と持久力を兼ね備えた筋肉にする為だけに鍛え上げられた肉体だった。
今は日課としている腹筋をしながらのテレビ視聴の最中だった。
彼の部屋の印象も秋山二尉のそれに近い。違うのは居場所だった。彼が住んでいる場所は千葉県にある習志野駐屯地内の部隊専用官舎だった。陸上自衛隊の中でも、最も特殊な部隊に所属する彼ら隊員は最高レベルの情報管理下に置かれていた。
関根二尉は腹筋を中止して、画面を注視した。呆然としている部分と、画面に映し出されている光景を否定する部分と、そこで行なわれている行為の戦術的意味を分析している部分がせめぎあった末に、彼は呟いた。
「まずい。橋頭堡を築かれるな、これは」
駐屯地内にサイレンが響く音が聞こえた。すぐに汗が染みたタンクトップを脱いで新しいシャツに着替えた上で、クローゼット(秋山二尉が使っていたのと同じ種類だった)から戦闘服を引っ掴んで手早く身に付けた。その模様は色も模様も秋山二尉が干していた物とは全く違っていた。正式には『戦闘服市街地用』と言われる物だった。
関根二尉はIDカードが胸ポケットに入っている事を確認した。これが無いと絶対に隊舎に入れないし、身に付けていないだけで叱責の対象になってしまう。
彼は前年の3月27日に設立されたばかりの陸上自衛隊初で唯一の特殊部隊『特殊作戦群』第一中隊第三小隊の小隊長だった。しかも、ただの小隊長では無い。一番若い小隊長だった。28歳の彼以外の小隊長は全員がベテラン揃いだった。
去年春に新設したとはいえ、日本初の特殊部隊を立ち上げる準備自体は更に6年前までさかのぼる。母体となった第一空挺団内にいくつかのグループを作った事が第一歩だった。その頃の関根二尉はまだ防衛大学校生だったし、噂話にも聞いた事がなかった。防大卒業後は同期と同じように研修や部隊指揮に伴う転属を何回か経験をした後に第一空挺団に配属になった。レンジャー資格は配属前に取得していたが、第一空挺団の水が合った様で、自分でも自信を深めるほど成長した。
たが、どこをどう間違えたのか(自衛隊がという意味だが)、まさか自分が特殊作戦群の選抜に合格するとは思ってもいなかった。なんと言っても、第一空挺団には化け物じみた先輩方がひしめいていたし、設立準備段階から参加していた先輩も居たからだ。
しかし選ばれた事によって、純粋に嬉しい気持ちと、もっと頑張ろうという意欲が以前よりも増した事は事実だった。そうで無ければ、厳しい訓練や広範囲の小難しい座学に耐える事は不可能だろう。
部隊の隊舎に走っていく間に、関根二尉の一部分は冷静に現状を分析していた。
『もっと時間が有れば・・・』
一般の人間が考えるよりも、特殊部隊という集団の戦力化(練成・熟成)は時間が掛かる。完全な戦力となるには後10年の時間は必要だった。
岸部健は自宅で勉強の最中だった。秋山二尉や関根二尉と同い年の28歳だ。勉強しているのは、警察官の階級では上から6番目に位置する警部への昇進試験に向けての内容だった。
彼は大阪府警第三機動隊の小隊長をしている警部補だった。18歳でこの世界に入り、実家近くの交番勤務から始めて、6年前に機動隊に配属になった。それからは昇進も私生活も順調だった。
今は先輩のつてで安く買った小さな中古の建売の一軒家に住んでいた。もっとも、ご近所さんに同業者が多い為に、妻の里枝には色々と気苦労を掛けているが、それを上回るメリットが有った。なんせ治安が抜群に良いのだ(警官が多い町は自然と防犯に対する意識も高く、泥棒もその様な地域を知っていて近寄らない)。4歳と2歳の子供たち(長男・長女で妻に似た可愛い自慢の兄妹だった)の安全の為には絶好の環境だった。
そろそろ休憩でもしようかと考えた時だった。妻が慌てて部屋に入ってきた。
「あなた、大変よ。あなたの実家の近くで事件が発生しているみたい。テロって言うのか分からないけど、もう何人もの人が殺されているの。今、テレビで中継しているわ」
岸部は慌てて、リビングに向かった。よりによって子供たちが実家に泊まっている時にテロが起こるとは・・・。テレビのボリュームを大きくした。若い男性アナウンサーの声は上ずって、時々裏返っていた。
『ご覧頂けるでしょうか? 現在、穴から出てきた犯人達は20人くらいになっています。全員が刀と言うのでしょうか、剣と言うのでしょうか、武装しています! 鎧を着用しているのが見えます。あ!・・・、新たに穴から出てきました。今度の犯人は槍で武装しています!』
テレビ画面では戦国時代の足軽の様な恰好をした(あくまで印象で、実際は全然似てもいない事は後で嫌というほど思い知った)、巨大な犯人達が池の底に設置されている通路を走り抜けている光景が映し出されていた。
「あなた、お義父さまに繋がったわ。全員実家に居て、無事みたい」
里枝がそう言いながら電話の子機を差し出した。本当に出来た嫁だった。
「あ、オヤジか? うん、うん、そうだな、それで良い。いや、助かった。ああ、気を付けるよ。ああ、ああ、そうだな。ああ、是非代わってくれ。あ、光男か? 大丈夫か? うん、うん、うん、おじいちゃんの言う事をよく聞いて、いい子にしているんだぞ。美宮は泣いてないか? 代われるか? ああ、パパだよ。いいかい、おじいちゃんの言う事をよく聞いて、いい子にしていたら、パパが迎えに行くからね、いいね? ああ、いい子だ。ちょっとの辛抱だからね。待ってて・・・・」
岸部の言葉は途中で切れた。子機を見詰めた後で慌てて掛け直したが、もう繋がる事は無かった。里枝を出来た妻だと思った理由が早くも発生したのだ。安否確認や情報を求める通信が許容量を超えた為に電話網が飽和したのだ。こうなってはなかなか繋がりにくくなる。
「子供たちは元気にしていました? それと、お義父さまはなんて?」
「ああ、光男も美宮も元気だった。オヤジも冷静に判断してくれている。戸締りも確認済みだと言っていた。食糧もしばらくもつだけの量は有るってさ。むしろ俺の心配をしてくれたよ。機動隊が助けに来てくれるんだろ?って笑いながら言えるなら、子供たちも心強いだろう」
「ああ、良かった・・・」
里枝は緊張の糸が切れたのか、その場にペタンと尻餅を付いた。一瞬俯いた後で、何か大変な事(しかも想像するのも嫌な事)に気付いたかの様に夫を見た。
「ああ、招集が掛かるのは確実だ。すまんが支度をしてくれ」
岸部警部補が自宅を出たのは10分後だった。近所に住んでいる警官達が自らの意思で出勤を始めていた。
お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m
一応、登場人物紹介です。
守 春香 高校2年生 17歳 先祖返り 本編主人公
貴志 大学3回生 21歳 遺伝発現者 春香の兄
真理 社会人 23歳 遺伝発現者 春香の姉
徹朗 会社社長 50歳 遺伝未発現者 春香の父
幸恵 主婦 48歳 遺伝未発現者 春香の母
妙 隠居 75歳 遺伝発現者 春香の祖母
育郎 剣術道場主 73歳 遺伝未発現者 分家に養子
春香達の大おじ
佐々 優梨子 高校3年生 18歳 遺伝発現者 春香の従姉
雅司 高校1年生 16歳 遺伝発現者 春香の従弟
俊彦 教授 48歳 古人類学者 春香の叔父
瑠衣 主婦 44歳 遺伝未発現者 春香の叔母
宮野 留美 高校2年生 17歳 春香の親友
吉井 真里菜 高校2年生 17歳 春香のクラスメート
橋本 翼 高校2年生 17歳 春香のクラスメート
高木 良雄 高校2年生 17歳 春香のクラスメート
河内 唯 高校2年生 17歳 春香のクラスメート
上代 賢太郎 高校2年生 17歳 春香のクラスメート
秋山 昭二 自衛官 28歳 陸上自衛隊第37普通科連隊第一中隊第一小銃小隊小隊長
関根 昌幸 自衛官 28歳 陸上自衛隊特殊作戦群第一中隊第三小隊小隊長
岸部 健 警察官 28歳 大阪府警第三機動隊第二中隊第一小隊小隊長
ラ・ス・グ・ジェ
槍科 27歳 槍士 グザリガ部族 第7332槍兵木隊隊長
ロキ・ソキ・ゴキ・ギュ
剣科 18歳 剣士 グザリガ部族 第733剣士鉄隊隊長
(第7331剣兵鉄隊隊長兼務)