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第38話 7-3 「悪夢の様な少女」

20150226公開

あらすじ

 巨人ホモ・サヤマエンシスに蹂躙され、拉致された大阪狭山市の市民たち。

 被害者たちの運命は?

 『殺意の塊』が取る行動とは?

 そして、救出作戦の行方は?




7-3 『悪夢の様な少女』 西暦2005年10月27日(木) 午前3時31分


「岸部警部補、田中警部補、予定が前倒しになる! 用意してくれ!」

「了解した! 小隊! 盾、構え! 全力走用意!」


 岸部健警部補は自分の部下に命令を出しながら、横目で隣で指揮を執る田中警部補を見た。

 さすがに「鬼」と呼ばれる警視庁の第四機動隊の指揮官だけあって、堂々としたものだった。

 だが、そんな彼が襲撃を受けた日の晩は流石に落ち込んでいた。

 学者先生たちを護衛していたが、結局、学者たちを守ったのは戦死した自衛隊員と一人の大学生だったからだ。

 特にその大学生、守貴志が巨人に向かって突出した時に援護を差し伸べる判断をしなかった事を悔やんでいた。

 

『田中警部補、機動隊の先輩に向かって失礼とは分かっていますが、一言言わせて下さい。彼を含めて、あの兄妹は異常人物です。我々の常識を当てはめる事は無意味です』

『岸部君、どういう事だ?』

『警部補は空を飛べますか? 巨人の剣を軽々と振り回せますか? 自分には無理です』


 田中警部補は岸部の真意を読み取ろうと真正面から目を見て来た。


『その両方をしてしまう人物を自分は知っています。守貴志の妹、守春香君です。そう、プリンセス3です。彼女は空を飛べますし、少なくとも5人の巨人を相手にして10秒も掛からずに斬り殺しています』


 田中警部補の直視を受けながらも断言した岸部の言葉に帰って来た言葉はかすれていた。


『本当の様だが・・・ 有り得るのか、そんな事が?』

『本当の事です。だからもう一度言いますが、彼らに我々の常識を当てはめる事は無意味です。警部補の判断は正しかったと思います。我々の装備では守る事は出来てもそれ以上の事は出来ませんから』

 

 岸部警部補の言葉も有ったのだろうが、田中警部補の立ち直りは早かった。

 「鬼」の指揮官は並みの神経では務まらないのだろう。

 むしろ、守春香に会う事を楽しみにしだしたほどだった。


 門の向こう側で何かの音が聞えた時だった。幾つかの耳慣れない音が周囲に響いた。

 その音が響いて数秒後に上空に小さな太陽が幾つも発生した。

 自衛隊の司令官が、発覚したら更迭される覚悟で新たに持って来させていた“バズーカ(正確には「84㎜無反動砲」)”から発射された照明弾だった。周囲が一気に明るくなったが、微妙に明暗が繰り返されるので、何故か周りから現実感が薄れた様な気がした。

 数秒後、砦の中からとんでもない爆発音が響いた。

 それは1秒間隔で10回鳴り響いた後で唐突に止んだ。


「隊長、今のは?」


 部下の日下部淳が訊いて来るが、岸部警部補も分からなかった。


「俺も知らんが、自衛隊の兵器かもな」


 そう言いながら、彼は自衛隊側の隊長の秋山二尉に目線で尋ねた。


「あんな派手な音、戦車か155㍉クラスの火砲並みの音がする普通科用の兵器なんて自衛隊は持って来ていないさ。残る原因は一つだろう」

「プリンセス3か・・・」


 静寂が数秒間続いた後、いきなり砦内に発砲音が鳴り響いた。

 発砲音は連鎖的に砦中に拡散して行く。

 それは、作戦が躓いた事を示すものだった。

 何故ならば、発砲する前に岸部たちが拉致被害者の下に辿り着く筈だったからだ。



「美羽ちゃんは? 誰が守っているの?」

「僕が抱えている! 大丈夫だよ!」


 宮野留美の問い掛けに高木良雄が答えた。


「珠子さんは私が抱いている! 唯は無事か?」

「うん、大丈夫!」

「どうする? このままここに居たら、取り残されるぞ!」

「いや、今動く方がヤバい! そろそろ巨人たちもショックから立ち直る筈だ。そうすれば弓で狙われるぞ」


 宮野留美たち高校生コンビは混乱に包まれた拉致被害者の中では比較的に冷静だった。

 だが、それも事態を好転させる事に結び付ける事は出来なかった。


 事態の悪化を招いたのは、ある男性が取った行動だった。

 彼は内門に辿り着いた自衛隊の部隊に気付くと、大声で喚きながら内門に向かって走り出したのだ。

 一つの落石から始まった事態は急速に規模を拡大し、一気に山崩れに発達した。

 その結果・・・・・

 未だに内門は解放されず、内門を開ける筈だった特戦群の小隊は身動きさえも取れない状況に追い込まれていた。



「各自、各個射! 時間を稼げ!」


 関根二尉は作戦が破綻した事に落胆も無く命令を下した。

 救出作戦は成功する方がむしろ少ない。それほど難しい軍事行動だ。それは軍事史は勿論、ハイジャック事件や立て籠もり事件で散々証明されている。

 部下たちは巨人たちの反撃を封じ込めるべく、淡々と射撃を繰り返していた。

 時折、弾倉内の銃弾を撃ち尽くした時に上げる『リロード』という声が響く。

 弾倉を交換する間の数秒間を他の隊員がカバーする為だ。

 そして、1個小隊の特戦群と壁の上のキャットウォークからの援護射撃だけでは、いつまでも持ち堪える事は無理だ。

 更なる破綻が迫っていた。



「え!?」


 留美は視界に入って来た人物を知っている。

 だが、その人物がここまで“黒く”なったのは初めてだった。

 それは、あの夜間飛行の時の怒りの感情とも比較にならない程だった。

 その人物、守春香は滑空して来た勢いを殺して3㍍ほど離れた場所に着地した。

 迷彩服を着た彼女の全身は血だらけだった。

 そして、春香は留美たちを見ながら言葉を発した。


「無事でなにより。再会の抱擁は後でするよ。それより今から一種の精神攻撃を掛けるから、気をしっかり持っていてね」


 何の感情も篭らない平板な声で告げると、“それ”が留美たちを襲った。

 一言で言って、“それ”は悪魔とか死神とかと同類の、とにかく対面したくない、いや、直視してはいけないほどの禍々しい意識だった。


 “それ”は数歩歩きだした後で振り向いた。

 

「邪魔しないで欲しいんだけどな」


 と“それ”が呟いた直後、その姿は信じがたい程の加速で留美たちの横をすり抜けて行った。

 全員が呆然とした後で、慌てて目で追い掛けると、そこには3人の巨人を胴体部分で両断している惨劇が展開されていた。


「なに、アレ・・・・・」


 真里菜が恐怖に満ちた声で呟いた。

 留美が答えた。


「ハルが滅茶苦茶怒ってる・・・・・」

「いや、そう言う問題じゃ無いと思うよ。正直に言うね。僕はチビッタ」

「わた・・・・」


 河内唯も思わず言葉を出したが、途中で自分が何を言おうとしたのかを気付いて踏み止まった。


「何にしろ、ここは孤立し過ぎている。あそこに自衛隊が居るから、あの下に逃げよう」


 上代賢太郎が提案した場所を見ると、確かに壁の上から発砲を繰り返している自衛隊員の姿が在った。

 高校生コンビと庇護下にある母娘の8人は一目散に走りだした。

 この時には気付かなかったが、それまで精神的ショックから現実から逃避していた鈴木珠子の意識が現実世界に戻っていた。




『あーあ、もう、元に戻れないなぁ』


 守春香は意識の何処か一部でそう溜息を吐く・・・・・


 現在、彼女は脳内温度が危険領域に達する寸前まで『前頭葉の暴走』を許している・・・・・


 彼女の接近に気付いた市民たちが恐怖に歪んだ顔で後ろを振り返る・・・・・


 自分でも今の姿はどうかと思う・・・・・

 全身巨人の返り血で真っ赤だし・・・・・


 彼女を視界に収めた瞬間に意識を手放す市民が次々と増える・・・・・

 どっちにしろ、彼女が今の様に強引に「ご先祖の脳波」を異常に発生させている状況では、「ご先祖の脳波」の影響圏に“一般人”が無防備に入ると彼女に抗えなくなるのは分かっていた・・・・・

 下手をすれば、彼女にトラウマを植え付けられる危険性も分かっていた・・・・・・


 だが、こうでもしないと、暴徒と化した拉致被害者が大人しくならない事は明白だった・・・・・・


 やがて、拉致被害者が作っていた壁が途絶えた・・・・・・

 彼女が通った後には、呆然とした人々が居た・・・・・・




「春香君、さすがに我々もきついぞ」


 そう言って、脂汗を流しながらも気丈にも苦笑いを浮かべたのは、顔馴染となった陸自特戦群の関根二尉から紹介された事のある特戦群の小隊長だった。

 その部下たちもつらそうな表情だった。 


「凄いですね。今の私の影響を跳ね除けるなんて」

「いや、だからきついって」

「あ、ごめんなさい」


 春香はギアを落として、通常レベルの「ご先祖の脳波」に戻した。

 どっちにしろ、そろそろ脳内温度が限界だったのだが。

  

「取敢えず、これで作戦は振り出しに戻れたと思いますが?」

「ああ、お蔭さんでな。 おい、門を開けるぞ!」


 小隊長の命令に我に返った部下たちが慌てて門を固定していた閂を外し始めた。

 内門を解放すると共に、外門の閂を外しに半分の隊員が駆け出した。


「どうする? 俺たちは被害者が残っていないか確認しに行くが?」


 その頃には、外で待機していた機動隊員と自衛隊員がなだれ込んいた。

 顔見知りのみんなに手を振って愛想を振り撒いていた春香だったが、ふと思い出した様に小隊長にクラスメートの事を頼んだ。


「8人ほどのグループが中に残っています。保護をお願いしていいですか?」

「お安い御用だ」




 こうして、作戦は次の段階に進んだ・・・・・・・

お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m



P.S. さらっと流した部分の補足をしときます。


【小隊! 盾、構え! 全力走用意!】

 機動隊のポリカーボネート製の透明な盾は2002年の日韓ワールドカップで配備され始めました。

 自衛隊でも使用されていますが、今作品では配備されていない部隊が送られている為に自衛隊側は装備していません。


【「鬼」と呼ばれる警視庁の第四機動隊】

 その他の部隊には「近衛」「旗本」「かっぱ」「ほこり」「学」「精強」「潮」「若鹿」「若獅子」「忍び」「蜂」「疾風」「若鷲」「技術」「支援」 というニックネームが付いているそうですよ(^^)


【“バズーカ(正確には「84㎜無反動砲」)”から発射された照明弾】

 約30秒程の燃焼時間で、4~500㍍の範囲を照らす様です。

 巨人にしたら、初めて見る発光体なので、ビビりますよね(^^;)


【戦車か155㍉クラスの火砲並みの音がする】

 駐屯地祭での演習を見た方なら、どれだけの音がするかを体験されているでしょう。

 思わず子供なら泣き出すレベルの音がします(^^)


【救出作戦は成功する方がむしろ少ない】

 何故ならば、作戦目的は1つですが作業は2重になるからです。

 ある拠点に籠っている敵を掃討するだけでもしんどいのに、その一方で人質を救出する訳ですから・・・

 

【弾倉内の銃弾を撃ち尽くした時に上げる『リロード』という声が響く】

 特戦群ではどの様にしているかは知りませんが、取敢えず類する行為をしているという前提で設定しました。



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