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第3話 1-3 「春香」

20141001公開

   挿絵(By みてみん)


3.『春香』 西暦2005年10月23日(日) 午前9時5分

 

 3軒隣に住む幼馴染の宮野留美が、守邸を評して『旧家だからって、無駄に大き過ぎるのも考えもんね。庭に土蔵なんて、普通無いわよ。ま、ハルっちが動物を飼うにはいいけど』と言っていた事もあながち間違いでは無いほどの豪邸は大阪狭山市池之原三丁目にあった。


 その自宅の居間で、守春香はブーたれていた。

 むくれてはいたが、その顔は正統派のアイドル路線を歩めそうなほど可愛い。すらりとした鼻、きついと思われる寸前でバランスが取れた目、柔らかそうな唇、剃らなくても整った眉、それらが一体となった時の顔の造詣は、代われるものなら代わりたいと思う女子高生が行列を作るほどのものだった。

 とはいえ、違和感を覚える部分も二ヶ所あった。

 特に気になる点として、瞳の色が不自然に黒い。日本人のほとんどを占めるブラウンでは無く、虹彩も黒かった。

 もう一点は、極端な短髪だった。

 下手をすれば、男の子と間違えられそうなくらいに短くしている。おかげで中性的な怪しい魅力も醸し出していた。


 彼女がむくれている理由は、本当なら八尾空港で行なわれる自衛隊駐屯地祭に行っている筈だったからだ。四つ年上の兄で、大学生の貴志に絶対に駄目だと言われて、渋々断念していた。

 幼い頃にした約束に従ったとはいえ、行きたいものは行きたい! と顔に書いていた。

 もっとも、家族全員に今日は禁足令が出ていた。それは父親で、何社もの社長を務める守徹朗も同じだった。

 家族に禁足令を出した張本人の兄の貴志は、無線LANで繋がったノートパソコンを見たり、ケータイでメールを打っていたりしていた。

 彼は父親譲りのハンサムだった。

 だが、イケ面とは微妙にずれている印象の顔立ちだった。理系寄りの頭脳の持ち主で、大学の学部も会社が関係する分野の技術開発を睨んだ視点で選んでいた。

 ただ、ややこしい事に『太古のロマン』にも憧れているせいで、同じ大学の教授をしている親戚の発掘費用のスポンサードの増額を父親に頼んでいた。2回ほど発掘現場まで同行した事がある。

 もし、将来の事が無ければ、その方面に進んでいたかもしれなかった。


 ブーたれながらも春香は居間で祖母の妙と一緒にテレビを見ていた。『お婆ちゃん子』の春香の機嫌を直すには妙の近くに居させた方が良いからだった。

 妙を一言で言い表すとすれば、『素敵なおばあちゃま』といったところだろう。控えめで孫をニコニコと見守る姿が似合いそうな女性だったが、守家を守る為に波乱の人生を送った事など微塵も感じさせない芯の強さを持っていた。


 テレビ画面では上空のヘリコプターから空撮している狭山池が映っていた。池の水はほとんど干上がっている。所々に泥に埋もれた自転車やバイクらしき物体が見えた。それを見付けた妙が春香に困ったもんだという口調で話し掛けた。


「誰があんなのを捨てるのかねぇ? ばちが当たるよ」

「ねー。でも海だったら、もっとすごいのが沈んでるから、まだましかも」

「もっとすごいのって?」

「ほら、よくドラマとかで『ドラム缶にコンクリと一緒に流し込んで、海に沈めたろか?』って言ってるでしょ?絶対に大阪湾には沢山沈んでると思うの」

「やだねぇ。春香はそんな事をしたら駄目だよ」

「いや、おばあちゃん、私、そんな事しないから。それ以前に被害者じゃなくて、何故加害者なの?」

「ほほほ、だって、春香は悪い人に捕まるへまをしないでしょ?」

「だから、なんで春香が悪い人に捕まえられる様な事態が前提なのかを突っ込みたい、うん、突っ込みたい」


 地元以外では意外と知られていないが、大阪狭山市の名前の由来となった狭山池は『古事記』や『日本書紀』にも出てくる、現存する日本最古のため池だった。

 市自体が小さいとはいえ、市の3%を占める36ヘクタールもの面積を持っていた。その容量は280万立方メートルという、想像も出来ない数値となっている。俗に言う『東京ドームなん杯分』という表記でいけば、約2.3杯分に相当する。一部の特殊な趣味の方には、戦艦大和43隻分もの重量の水を溜めていると言った方が分かり易いかもしれない。

 改修工事も何度か行なわれて、ダム化する目的も含めて西暦1986年から16年もかけて実施した『平成の改修』で見つかった遺物などから、飛鳥時代の西暦616年ごろに築造されたとされている。

 その時に発見された遺構や遺物を納めて展示する目的から、西暦2001年には『大阪府立狭山池博物館』(世界的建築家が設計したので、その方面には有名)が池の北側に建設されていた。


 築造から1400年近く経った今も、狭山池は市のシンボルだった。



 その狭山池に異変が起きたのは2日前だった。

 ありえない事に水位がどんどんと下がっていったのだ。もし地下に空洞が有るとすれば、平成の改修時にボーリング調査もしていたから発見できる筈だし、浚渫工事も行なったので、その時に穴が空いてもおかしくはなかった。

 最終的に土曜日午前中には池の底が見える状態になった為に、昼前に市役所と博物館が合同で調査を行なった。その仮調査で直径1mを超える穴が池の中心からやや東より20m、一番近い東岸からは150mの地点に開いている事が分かった。依頼していた業者がほぼ半日掛けて幅1mの鉄板製の仮通路を設置したところで日没を迎えた為に、本格的な調査は今日の朝からになっていた。

 間が悪いというか、その仮通路を掛けた狭山池東岸のすぐ近くにある『さやか公園』では、9時から総合防災訓練が始まっていた。今日の大阪狭山市市役所はいつもの日曜日と違って、大忙しだった。


 狭山池の調査は準備が整った様だった。数名の職員が仮通路を渡っていた。縄製やアルミ製の梯子を抱えている。鉄板に縄梯子を括りつけて穴に垂らした後、一人の職員が白いヘルメットに白のツナギのいでたちで穴の中に入っていった。

 そこで、中継はスタジオに戻った。スタジオでは評論家を交えて、何やらディスカッションをしているが、音声を絞っているので、内容は分からなかった。


 母親の幸恵と六つ年上の姉の真理がキッチンでコーヒーを淹れているのか、カップとスプーンの触れ合う音が聞こえてくる。父親の徹朗は仕事が溜まっているからと、書斎に引っ込んでいた。

 唐突に、貴志がノートパソコンの画面を見ながら春香に訊いてきた。


「なあ春香、自衛隊の駐屯地祭っておもしろいか?」


 春香が「んっ」と振り返ると貴志がもう一度訊いた。


「春香ってオタク?」

「違うよ。兵器の事、余り知らないもん。オタクは雅司の方。健気なところがかわいいの」


 春香は狭山池のほとりに建つマンションに住む従弟の名前を出して、オタク疑惑を否定した。

 そのマンションには叔母の家族、佐々一家が住んでいた。夫の佐々俊彦は最近売出し中の古人類学者だった。守家傘下の企業からのスポンサードもあり、海外での発掘も多く手掛けていて、去年も半分以上はシリアに出掛けていた。今年の夏に、その研究成果を発表したところだった。

 子供は2人で、姉の優梨子は春香と同じ高校の3年生だった。控えめで優しく、超真面目な彼女は、ある意味春香の対極と言えた。会話に出て来た弟の雅司も同じ高校の1年生で、剣道部に入っていた。中学時代から注目されていたほどの逸材だった。女の子にももてるが、問題があった。軍事オタクだったのだ。


「判らんな。世間のみんなが判るように説明出来るような趣味か?」

「私が雅司に去年連れていかれたのを覚えてる? その時に何か、一生懸命って感じがしたんだ。例えるなら、一生懸命尻尾を振って御主人の気を引こうという豆芝って感じかな? 判る?」


 幸恵と真理が5人分のコーヒーを持って来てくれた。

 母親の幸恵は社会人の子供が居るとは思えないほど若々しく見える。おっとりとした性格で、料理研究が趣味の人だった。趣味が高じて、自分でお味噌や醤油、果てはウスターソースまで手作りしたほどだ。ソースは今でも改良を続けながら作り続けていた。

 春香はそのお手伝いをした事もあり、高校生になってからは本格的に料理を習っていた。昨晩も母親とアイデアを出し合いながら、『車海老の天ぷら』『ふろふき大根』『出汁巻き卵』を一緒に作った。かなり凝ったせいもあり、家族にも大好評で、リクエストを貰ったくらいだ。

 姉の真理は髪の毛を染めずに後ろを短くしたボブカットにしているせいか、少し大人びて見える。春香の親友の宮野留美が憧れていて、勝手に『お姉さまタイプの横綱』と名付けていた。そう言えば、『お姉さまタイプの大関』もよく似た名前だが、決定的に違う点は人を引き付けるカリスマ性の強さだった。

 将来は弟の貴志と一緒に父親の跡を継ぐ気らしく、大学卒業後に父親の会社に入社していた。どの会社を担当するかも決めているので、姉弟は自分の適性と将来の事を考えて大学と学部を選んでいた。彼女は本当ならば、今日は父親と接待ゴルフに招待されていたが、貴志の命令によりキャンセルしていた。


 サンキュと礼を言いながらカップを受け取った貴志が首を捻りながら春香に向けて喋った。


「いや、判らん。むしろ余計判らん。少なくとも豆芝ほど可愛くも無いし、本人たちが聞いたら、きっと怒るぞ。いや、絶対怒る」

「私も初めて行くまで、そんなに興味が無かったし、雅司がどうしてもって言うから行ったんだけど、親切に教えてくれるのが可愛いの。今年5月に行った信太山駐屯地の時も、親切にしてもらったよ。そうそう、その時に私のブログを教えて上げたら、結構見に来てくれてるの。貴ニィも知ってると思うけど、ハンドルネームが、G37ハイフォン、番号って人達が沢山書き込んでいるでしょ? あれって、信太山駐屯地の人だよ。だから、自衛隊の人たちも怒ってないわよ」


「春香みたいに可愛い娘が目をきらきらさせて、これなーに?って聞いたら、大概の男は親切になるわよ」


 と母親ゆえの親バカか、幸恵が口を挟む。


「いや、それは恥ずかしいから、家の外では言わないで欲しいな。それに春香も図に乗るし」


 呆れ顔で貴志が言ったが、返ってきた母親の答えは更なる追い打ちだった。


「春香は可愛いの。お兄ちゃんだったら、少しは自慢に思いなさい」


 助けを求める様に姉の真理を見たが、彼女も図に乗って、胸を張って言い放った。


「私も自慢の妹が居て、嬉しいわ。それに、貴志はいじわるだから」


 貴志は降参の合図の代わりに、残っていたコーヒーを一口で飲み干した。

 

 他愛の無い会話から5分ほどした頃に、テレビを見ていた春香が貴志に話し掛けた。画面は空撮に戻っていた。


「貴ニィ、どうやら調査の為にもう一人、穴に入って行くみたいだよ」

「知ってる。こっちの方が詳しく映っている」

「なに、それ?」

「雅司のとこのベランダから写している画面さ。ホームページを立ち上げて、中継させている。かなり慌てているな。こりゃ、本当にやばいかも」

「何がやばいって?」


 父親の徹朗が居間に入ってきたところだった。今年50歳の彼は熟成された渋みのある中年だった。若白髪だったせいで、見事なロマンスグレーになっていた。愛妻家で有名な彼は社内での女子社員からの人気も高く、もし彼に頭を撫でられてもセクハラ騒動にはならない事は確実だった。

 もっとも、会社では知られない様にしていたが、子供に甘いところも有った。特に末娘の春香を溺愛していて、彼女にお願いされると断る事が出来ないほどだった。


「昨日、言った通り。例の我が一族の先祖の話だよ」

「本当なのか? 蔵に有った古文書が本物って」

「本物も本物。でなきゃ、あの錆びた鉄剣から例の物質も発見出来なかったし、春香のおかげで特許も取れなかった筈だよ」

「確かに春香とおまえの能力は認めざるを得んが、守家の先祖がエイリアンと言うのは無理がないか?」

「どうだろう。育朗大おじさんの解読は正しいと思うよ。ただ、問題が有るとしたら、本物のエイリアンなら絶対に子孫を残せなかった筈なんだよな」

「ねえ、留美達に逃げる様に言ったら駄目? 万が一の時は、賢太郎に一目散にここか、雅司の所に逃げる様に言ってあるけど」


 珍しく、春香が甘えるような声で貴志におねだりをした。


「そうだな、洒落じゃなくなりそうだから上手く言って、こっちに来て貰え。ここなら多分、近所で一番安全だ」

「ありがと」


 春香がポケットからケータイを取り出す寸前だった。テレビとパソコンの画面に異変が映し出されたのは。

 見るからに屈強そうな巨大な男が穴から上半身を現していた。頭髪は赤毛で、肌の色は日本人より少し濃い。掘りが深い顔から、どこの地域の外国人かを推測しようにも、当てはまりそうな人種は思い出せなかった。

 彼は下に向かって何かを話すと、一気に全身を引き上げた。真理がぽかんとした表情で呟いた。


「大きいにも程があるでしょうに」


 表情を険しくした春香がその後を引き継いだ。右手はケータイを操作している。


「パパ、古文書は本物よ。昨日説明した巨人か、ご先祖の子孫以外の何者でも無いわ」


 だが、留美に掛けた電話はなかなか繋がらなかった。


お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m

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