第35話 6-15 「三井二曹と巽士長」
20150213公開
6-15.『三井二曹と巽士長』 西暦2005年10月26日(水) 午前10時32分
「春香ちゃんも一緒に来るって噂が流れていますけど、二曹は何か聞いていますか?」
89式小銃のメンテナンス場所に指定されているテントに向かう途中で、三井一郎二等陸曹に声を掛けて来たのは、同じ小銃小隊で一番仲の良い巽了一士長だった。
彼らは5歳年齢が離れているが、同じ高校を出ていた為に共通の話題が多く、自然と仲が良くなっていた。
「いや、特に聞いていない。むしろ初耳だが?」
「自分もさっき第3小隊の川田二曹から聞いたばかりなんですけど。まあ、噂の出所は分からないらしいんですが。でも、本当だったらいいと思いませんか?」
「おいおい、ただの女子高生を危険に晒してもいいのか?」
「いやいや、二曹も見たでしょ? ただの女子高生が“あの”巨人に剣1本で立ち向かいませんって」
そう言った巽士長は視線を逸らして、遠い目をした。
「ましてや、あのタフな巨人を一撃で斬り伏せるなんて、大人でも無理ですって」
そう言った巽士長の表情は非現実的な光景を思い出したのか、微妙なものに変った。
だが、一瞬後には表情を笑みに変えた。
「自分ら2回も助けてもらってるんすよ。いや、噂通りなら3回ですね。今度会ったら、絶対にお礼を言いたいんですよ」
現在、この地に派遣されている自衛隊員の間に、ある噂が流れていた。
『昨夜の巨人の夜襲で苦戦に陥っていた自衛隊を助けた3人の女性たち』についてだった。
特に、守春香という名の少女はかなりの目撃情報が流れていた。
なんせ、本部のテント前に血だらけのままで巨大な剣を携えて現れたのだから。
テントの中には、折り畳み式の長机と折り畳み式のパイプ椅子が用意されていた。
その中の端の椅子に座って、89式小銃を長机の上に置きながら巽士長は更に話を続けた。
「ただでさえ『春香の部屋』のファンだったのに、命まで助けてもらったんですよ? もう、これは崇めるしか無いと思いませんか?」
そう言いながら、彼は何カ所か巻いてあるビニールテープを剥がしてから槓桿を引いた。素早く薬室内の異物と異常が無いかを確認して槓桿を戻す。
切り替えレバーを3点射の位置に切り替えて、負い紐を外しながら話を続けた。
「カワイイ上に、自分ら自衛官に優しくて、しかも度胸も実力も有る!」
巽士長の手が、89式小銃の復座ばね軸部爪を押しながら尾筒後端を押し上げると復座ばね軸部が解放される。グッと力を込めて飛んで行かない様にしてから抜き出した。
「まだ会った事は無いですが、もう一人の女の子も美人らしいですよ」
槓桿を抜いてスライド遊底部を外した。
次に引金室止め軸を復座ばねの先端を使って押し出した。
同様に被筒止めも外して、被筒部も外す。
「夜間でも上空から偵察出来る“秘密の偵察ドローン”を技研本部が持ち込んだという噂も流れているの知ってます?」
「いや、偵察機の噂は知っているが、技研本部の人間らしいのは見てないぞ」
巽士長は実弾を使ってグリップ後部のボタンを押してフタを開けて、中から洗浄道具を取り出してから答えた。
「その“秘密の偵察ドローン”の話には続きが有って、春香ちゃんともう一人の子がそうじゃないかと噂されているんですよ」
「いや、それは無いだろ? マンガじゃあるまいし」
「そうなんですけど、春香ちゃんを見たら、あながち冗談に思えないんですよね」
巽士長は分解した89式小銃の各部品を丁寧に清掃しながら言葉を続けた。
「なんせ、あの巨人の巨剣を苦も無く振り回すんですよ? 空を飛んだって、自分は信じますね」
巽士長が言い終わった頃に二人に声を掛けて来た人物が居た。
「すみません、ちょっといいですか?」
二人が視線を上げると、そこにはツナギの作業着を着た2人の民間人が居た。
作業着には89式小銃を自衛隊に納めている会社のロゴマークが縫い付けられていた。
年上の方の人物が言葉を続けた。
「私たちは見ての通り、その小銃を作っている会社の者なのですが、2、3お聞きしたい事がありまして・・・ あ、その前にロット番号だけ確認させてもらってもいいですか?」
「ええ、構いませんが?」
若い技術者が読み取ったロット番号をバインダーに挟みこんでいるファイルに記入している間に年上の方が訊いて来た。
「何件かジャムったという報告を受けているのですが、お二人はその様な事は無かったですか?」
三井二曹と巽士長はお互いに顔を見合わせてから三井二曹が答えた。
「いえ、無いですね。我々の小隊では誰もジャムって無いですね」
「やはりそうですか。調べた限り、最初の頃に納入したロットだけの現象の様で、特定の部隊だけから報告が上がっているのですよ。念の為に、納入前の完成品や部品を持ち込んでいるので、何か気付いたら申し出て下さい」
「ええ、その時は遠慮なく言います」
三井二曹が答えた後で、巽士長が発言した。
「こっちには、自衛隊の要請で来たんですか?」
「いえ、自分らが無理を言って、許可を貰って来たんですよ」
「無茶をしますね・・・」
「なんせ、我が社の製品が実戦を経験している訳ですから、少しでも不調が出たら即時対応をしたいもので。初期のM16みたいな破目になりたくないというか・・・」
「なるほど。自分、本当は機関銃手なんですが、今回の出動では62式機関銃から89式小銃に替えてるんですよ」
「命令で、ですか?」
「ええ。まあ、元々調子が悪かったのも有りますがね。で、89式、いい感じですよ。改めて撃ってみて気付いたんですが、反動は少ないし、弾は収束するし、軽いし。まあ、相手が相手なんで、力不足は感じますが」
「やはりそうですか・・・ 一部の部隊が敢えて64式小銃を持って来ているのですが、力不足に関しては感じていない様です」
「思い切るなぁ。さすがに64式を使わされるのは勘弁して欲しい」
三井二曹が思わず会話に加わった。
「まあ、程度の良いのを選んで持って来たらしいので、意外と・・・ 失礼、忘れて下さい」
技術者は苦笑いを浮かべた。
「ええ、自分らは聞いていませんから心配しないで下さい」
「ありがとうございます。もし何か有ったら、気軽に言って下さい。お手を止めてすみませんでした」
そう言って2人はお辞儀をした後に、新たにテントに入って来た自衛隊員の方に向かった。
「凄いなあ。志願して来るなんて、よほど度胸が無いと出来ませんよ」
「ああ。それと多分、自分達が納入した89式のロット番号でどの部隊に回ったのかを丸暗記しているんだろうな。仕事熱心というか、なんというか・・・」
「おかげで、部品に関しての心配が減りましたから、有り難いですけどね」
そう言って、巽士長はズボンのポケットから黒いビニールテープを取り出した。
「あ、しまった、忘れて来た・・・ 悪い、士長、後で貸してもらってもいいか?」
「いいですよ。いつもの癖で、予備も持って来ていますし」
「さすが、62式機関銃で鍛えられているだけあるな」
「まあ、仕方ないですよ、機関銃手は62式の子守りが本当の任務なんですから」
そう言った後で、巽士長は手早く89式小銃を組み立てて行く。
組み立て終わると、今度は89式小銃のあちらこちらに貼ってあるビニールテープが剥がれそうな箇所が無いか念入りに点検して、何カ所かを貼り換えた。
拉致被害者救出作戦に向けて、橋頭堡を出発するまで残り1時間ほどの光景であった。
後年、この作戦に参加した自衛隊員と機動隊員が同じ様な主旨の発言をしている。
『日本に還れないと分かった時には絶望したが、すぐに市民奪還作戦、まあ、ぶっちゃけ“旧市内”奪取作戦に駆り出されたので、意外と立ち直りが早かったと思う。
もしかしたら、当時の司令はその辺りを考えて作戦を急いだのかもしれないなあ・・・・・』
事実であった・・・・・・・
お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m
なんだか、軍オタ全開な話しだった気が・・・・・・・
まあ、mrtkが自衛隊の描写で心掛けている点が有りまして・・・
出来るだけ、英雄譚にせず、格好良くしない
出来るだけ、貶めない
出来るだけ、現実味というかリアリティを持たせたい
自衛官出身者じゃないので、どこまで描写出来ているのかは自信が有りませんけど(^^;)
【201502132130追記】
cat_on_the_book様が書いて頂いた視聴感想で、小銃の手入れにビニールテープが何故使われるのか?が分からない、と有りましたので、ちょっと補足しておきます(^^)
作中に出て来た小銃の手入れに使ったビニールテープの用途ですが、ずばり『部品脱落防止の為』です(^^;)
例えば、小銃の後端部分に有る「銃床(肩に当てて照準を固定する部分)」は「床尾」という部品が最後端なのですが、これを固定しているのが「床尾板ねじ」です。
訓練などでは、当然ながら小銃を壊さない為に無意識の内に無茶な衝撃を与えない様にしている筈ですが、それでも実際は衝撃の連続です(走っている最中に飛び込むように伏せたりした時などはどう考えても衝撃に晒されます)。
その結果、ネジや小さな部品が緩んでしまったりして、気が付けば無くなっている事が有るらしいです。
無くなれば、当然、固定が解けてバラバラに・・・・・(^^;)
更には、大目玉をくらって広い演習場を部品探しの旅に出る訳です(そのまま自分探しの旅に出たくなりますね^^;)。
そうならない様に生まれた『主婦の知恵』が、外れ易いネジや部品を前もってビニールテープで保護するという“技”です。
ですから、演習場で見かける全ての小銃などにはビニールテープが巻かれている筈です、多分・・・・ (^^;)
追記終わり】