第33話 6-13 「断絶」
20150204公開
6-13.『断絶』 西暦2005年10月26日(水) 午前6時16分
「以上が現在判明している状況です。何か質問が有りますか?」
テント内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「聞いても無駄だと思いますが、復旧の目処は?」
ロバート・J・ウィルソンアメリカ海兵隊第31海兵遠征部隊選抜チーム隊長が一番に質問した。
「全く分かりません。原因も不明なのですから」
自衛隊派遣部隊で情報担当を務める特殊作戦群本部の第2科長が淡々と答えた。
「物資はどれほどもちますか?」
更にウィルソン大尉が重ねて質問をした。
答えたのは兵站担当の第4科長だった。
「弾薬に関してはこれまでに消費した以上を持って来ています。糧食はかなりの戦闘糧食Ⅱ型を運搬済みですが、ざっと13,000食なので我々だけの消費としても通常なら1週間で底を尽きます。あとは各隊員が2から3食分を持っている程度でしょう。飲料水もほぼ同じくらいで底を尽きます」
自衛隊が異星での橋頭堡を築いた当時は第3師団後方支援連隊の補給隊が、狭山池の底に設置した拠点から“特異点”を経由して食事を供給していた。
だが、輸送するラインが“特異点”のみという事で効率が悪い為に結局は戦闘糧食Ⅱ型をひたすら送ることになった経緯があった。
「ですから、これから救助する数によっては、かなり厳しい選択を迫られる可能性が有ります」
一口に13,000食と言っても、その重量は9㌧を超える。飲料水もほぼ同じくらいの量は搬入済みだったが、1人で2㍑弱は1日に消費するので、どっちにしろ1週間ほどしかもたない計算だった。
それだけの食料が有っても、すぐに消費される理由は人員の数だった。
取り残された人員は以下の通りだった。
自衛官 491名
派遣部隊司令部:32名
特殊作戦群隊員:72名
各連隊普通科隊員:347名
偵察小隊 :8名
支援部隊 :9名
軍医+衛生分隊 :11名
化学教導隊 :12名
機動隊員 49名
民間人 10名
学者 :5名
技術者 :2名
その他 :3名
アメリカ海兵隊 :62名
アメリカ調査隊 :12名
総数が624名にまで膨らんだ理由としては、アメリカとの密約が成立した後で、日本政府が派遣部隊の増派を決めたからだった。
第4科長は先を続けた。
「食糧に関しては、周辺の環境を考えると、自給はある程度は可能だと考えられます。ただし、あくまでも“ある程度”です」
「発言していいかな?」
そう言って、挙手をしたのは学者たちのリーダー格の西山勉教授だった。
「もちろんです」
「すまんな。我々の見解では、この一帯の植生からして縄文時代に当たる大体10,000年前の日本に近い環境と推測している。その事から推測される食糧事情に関して守君から説明させよう」
西山教授が貴志の方を向いてうなずいた。
本来は貴志では無く、古人類学者の佐々俊彦が発表する内容だったが、彼はもうこの地には居なかった。
助教授が地球に残って、俊彦との連絡役と外部との渉外を務める筈だったのだが、悲しいかな彼はネゴ能力に問題が有った。
自分では解決し切れない問題に直面した彼はあっさりと白旗を掲げたのだ。その後始末の為に、俊彦は地球に戻らざるを得なくなった。
彼の家庭を考えると、せめて父親だけでも帰還出来た事は多少の慰めにはなった事は事実だろうが、ゼミの学生でも無い貴志が代わりを務める破目になっていた。
「それでは、佐々教授の代理としてですが説明します。縄文時代最大の村の人口は500人規模でした。主な食料はドングリ、栗などの植物、貝や魚などの海産物、狩猟によって得られる野兎やムササビの小型の動物の他に鹿や猪などの大型動物の肉類と見られています。この土地でも植生などからその規模ならば辛うじて生存が可能となると考えられます。もっとも、これは現代文明を捨てた代償として生き残れるというレベルであり、あの巨人に攻められれば、対抗出来ずに滅びるしかない選択となります」
この会議に出ている全員が息を飲んだ。
このまま“ゲート”が復旧しなければ、最終的に待っているのは全滅という事実が突き付けられたからだ。
「生き残る為にはどうするのか? は、難しい問題ですが、ある決断をすれば可能性が一気に高くなります。清水司令、春香が撮影した映像の公開を許可頂けますか?」
貴志の説明を腕を組みながら聞いていた清水一佐は数秒間考えた後で決断を下した。
「分かった。映像を公開しよう」
その言葉に反応したのは、派遣部隊司令部の第2科長だった。
「いいのですか、司令?」
「構わんよ。ここまで来たら、腹を括るしかない」
「分かりました」
その様子を興味深げに見ていたウィルソン大尉だったが、ふと視線を感じて、その方向を見た。
視線の持ち主は先ほど発言した若者だった。
視線が合うと、彼はうなずいた後で、視線を大尉の横に座る人物に向けた。
陸路で狭山池に来たステーツが送り込んだ学者たちの代表だった。
『ふむ、こちら側が送り込んだ人物の正体を掴んでいるから、行動を抑えろって意味だろうな。彼はカレッジの学生だった筈だが、学生らしからぬ思考をする様だ。面白い』
用意が出来た様だった。
プロジェクターに映し出されたのは上空から撮影された動画だった。
高度は4000フィートほどと言った所か?
きっと、自衛隊が隠していた偵察ドローンだろうと推測したが(名称は「HALUKA」か「HARUKA」といったところか?)、音声が入った事で考え違いだった事が分かった。
『現在高度は1,200㍍といったところです。そろそろ虐殺現場が視界に入って来る筈です。自衛隊の皆さんが穴を掘っている様です。多分、埋葬の為でしょう』
映像はそのまま現場を通り過ぎ、周りの風景を撮影していた。
『壁はどうやら5角形で構成されている様です、ざっと1辺が500から600㎞という所でしょう。その壁の向こうはうっそうとした森の様です」
牛に似た大型動物を写したりていたが、しばらくすると前方に川が見えた。
『写っているか分かりませんが、前方に大きな池とその近くに造られた砦が見えます。ちょっと進路をずらして横から撮影した後で戻る時に真上からの撮影をします』
映像が終わる頃には、この地の地理がかなり理解出来た。
そして、大学生の提案の内容が想像出来た。
彼は再度立ち上がって、全員の目を見るようにゆっくりと睥睨した後で爆弾発言をした。
「我々が生き残る為には、あの砦を奪うしかありません」
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