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第32話 6-12 「高高度偵察」

20150203公開

6-12.『高高度偵察』 西暦2005年10月26日(水) 午前2時47分


「春香、準備はいいか?」


 兄の守貴志の問い掛けに、守春香は無言でうなずいた。


「いいか、念の為にもう一度言うぞ。くれぐれも自分勝手な行動をするな! お前の気持ちも分からんでもないが、確実な救出をする為には自衛隊や海兵隊を巻き込む必要が有るのは分かっているよな? その為には、彼らに敵の情報を可能な限り提供する。それ無くしては、どこかに綻びが出る。結果として、留美ちゃんがもっとひどい目に遭うかも知れない。だから、もう一度言う。くれぐれも自分勝手な行動をするな!」


 兄の目を睨むように見て、春香は再度うなずいて答えた。


「分かった・・・」


 日本時間の昨日の午後6時過ぎに戻って来た時から、守春香の言葉数は極端に少なくなっていた。

 原因は親友の宮野留美の生存を確認したからだった。

 ただし、その事が逆に春香の怒りに油を注いでいた。

 傍目には浮かれているかの様に見えていたであろう妹の言動全てが、心の中で燃え盛る怒りと心配を隠す為のカモフラージュだという事くらいは、彼女を身近で見て育って来た3人には言葉に出さずとも分かっていた。

 だが、そのカモフラージュも昨日の夜間偵察から還って来た時から無くなっていた。

 帰還した直後に発した言葉が全てを物語っていた。


「奴らを全員殺すよ、貴ニィ。止めないでね」


 撮影して来た画像データでは詳しくは分からなかったが、補強された彼女の視覚は親友が、いや、親友とその他大勢が、砦の中の広場で野ざらしで拘束されている状況を明確に捉えていた。

 しかも、留美は春香に気付いて、夜空を飛ぶ彼女を見付けた上で笑顔を浮かべた。

 すぐに、親友の元に降り立って、助け出したい激情に駆られた春香だったが、兄と姉の承諾無しで勝手な行動が出来ない精神束縛を受けている彼女は、怒りのみを募らせて帰還した。


「留美をあんな目に遭わせた連中は絶対に許さない」


 そう呟やきながら、身に付けていた装備を外して春香は仮眠を取る為に新たに割り当てられた自衛隊のテントに向かった。日が昇った後で再度高高度からの偵察をする為だった。

 もちろん、アメリカの海兵隊には彼女の存在は秘密にする必要が有る。

 その為に、体内時計で深夜という時間に出発し、夜明け前の時間に帰還というスケジュールが組まれていた。


 2時間後、帰還した彼女を待ち受けていたのは、いつになく深刻な表情をしている親族の他には自衛隊の特殊作戦群の7人と5人の学者たちだった。

 どうやら、春香の帰還をずっと待っていた様だった。

 この出迎えは、学者のリーダー格の系外惑星研究で世界的に有名な西山努が音頭を取っていた。


「春香君、良かったら、一緒に記念撮影をしてくれないか? まあ、あくまでも良かったら、だが・・・」


 春香が貴志の方を見た。兄はうなずいた。


「分かりました。でも、1枚だけです。この後、自衛隊の本部に出向く予定が有りますので」

「もちろん分かっているよ。君が自衛隊にもたらすであろう情報の価値も含めてね」


 こうして、地球上で現存する、異星で撮影された最後の写真が撮られた。

 写真に写った人物のその後は、誰も知らない。

 そして、写真に写った人物たちは少女が笑える心境に無いという事も知らなかった。

 虐殺の事実と砦内部の情報は箝口令が敷かれていたからだった。

 西山教授が撮影直前に発した冗談に、思わず笑い声を上げたみんなだったが、主役の春香の笑顔はぎこちないものだった。


「春香、母さんが倒れた。姉さんが一時地球に戻る事になった。お前も帰るか?」


 自衛隊の本部に向かいながら、貴志が春香に問い掛けた。

 深刻な表情をしていた理由は、母親の事が原因だった。


「無理。今は帰れない。帰る時は留美と一緒よ」

「それなら、せめて手紙を書け。母さんはお前の事を一番心配しているのは分かっているだろ? お前が元気にしている事を知らせてやるのも親孝行だし、何よりも一番の薬になる」

「分かった。だったら、貴ニィ、私が自衛隊の方を相手にしている間に、今撮ったばかりの写真を手紙と一緒に送れる様に交渉しといて」

「ああ、それ位はしてやる」


 一緒に歩いていた姉の守真理が春香に声を掛けた。


「私が責任を持って渡すからね、春香。少しでもお母さんの心配が減る様にも努力するわ」

「うん、真理ネェならきっと上手くやってくれると思う。ごめんなさい我儘な妹で」

「貴女が我儘な妹なら、世の中の全ての妹という存在が我儘と言う事になるわ」

「ごめん・・・・・」


 1時間ほどして、自衛隊への説明を終えた春香は自分たちに割り当てられたテントで手紙を書いた。

 

 可愛らしい字で書かれたその手紙は、母親の守幸恵にとっては愛娘最後の音信であり、一緒に送られて来たA4サイズの写真は愛娘に関する最後の記憶となった。





 日本時間の西暦2005年10月26日水曜日、午前5時12分、自衛隊呼称「狭山池特異点」は消滅した・・・







『平成17年10月26日(水)晴れ

 帰れなくなってしまった。おばあちゃんやお母さんやお父さんの事を考えると、胸が詰まる。でもお母さんに撮ったばかりの写真と手紙を出せたのは良かった。真理ネエありがとう。

 でも、留美を助けないと後悔するから構わない。絶対に助ける。とりあえず今日は朝から砦上空偵察。大前教授達と記念写真。西山教授があんなにお茶目とは思わなかった。高高度偵察。明らかに私達はモルモットだ。連れて来た者? 物? は見えず。砦偵察。許せない。あんな扱いをした事を後悔させてやる。』


 守春香が密かに書いていた日記のその日の記述である。

 

お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m

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