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第28話 6-8 「女神降臨」

20150124公開

6-8.『女神降臨』 西暦2005年10月25日(火) 午後2時11分


「照明装置の復旧を優先しろ。追加の手配は終わっているな? あと、自家発電機と燃料の追加も要請した方が良さそうだから、その手配も頼む」


 周囲を囲んでいる部下たちに指示を出しながら中年の自衛官が守真理の方に歩いて来た。


「お待たせしました。自分は陸上自衛隊の派遣部隊の指揮を執らせてもらっている清水です」


 真理に声を掛けて来たのは年齢に似合わない雰囲気を纏った中背の自衛官だった。

 “年齢に似合わない”という印象を抱いたのは、彼が“今も前線で活動する現役の兵士”という雰囲気を纏っているからだ。戦闘行為に耐えられる肉体を維持するだけでも大変だろうに、迷彩服の上からでも鍛え抜かれた筋肉が下手なプロレスラーよりも多い事が分かる。

 目じりや口元の皺が無ければ、30歳台前半と言われても信じるだろう。


「初めまして、守真理と申します。普通は名刺を全員にお渡しするのですが、あいにくそれほど持って来ていませんのでご勘弁下さいませ」


 真理は営業スマイルを浮かべながら、清水一佐にだけ自社の名刺を渡して、軽くお辞儀をした。


「と言う事で、通過儀式も終わりましたので、早速ですが上空から撮影したデータをお渡ししたいのですが、あと数分待って頂いても構わないですか?」

「ええ、こちらとしては、頂いた情報を基にした迎撃が終わったので構わないですが、何か問題でも?」


 途端に、守真理から圧迫感が押し寄せた。

 思わず、後ずさりそうになりながらも踏み止まった清水一佐だったが、同行していた幕僚たちの何人かは後退していた。


「上空に上がっている従妹の子が上空の風に流されちゃうので、遠回りのルートを選んだんです。そうですね、今はあちらの方に居ます」


 そう言って、右手の人差し指を林の上空に向けた彼女の視線の先をその場に居た全員が辿ったが、何も見えない様だった。


「優梨子ちゃん、どう? なんとか降りれそう?」

『はい、こっちの気流の方が安定しているんで、大丈夫です』

「失速だけは気を付けてね」

『ありがとう、真理ねえさん』


 トランシーバーで佐々優梨子から現状を報告してもらった真理は、清水一佐の方を向いて、再度営業スマイルを浮かべた。

 もっとも、先ほど浮かべた営業スマイルと同じなのに、印象は全く変わっていた。


『おいおい、人間の形をした猛獣の笑顔ってこんな感じなんだろうなって、柄にもなく思ってしまうな』


 清水一佐が苦笑いを浮かべた。

 真理が笑みの質を営業スマイルから本心からの笑みに変えながら、清水一佐に話しかけた。


「さすがですね。並みの人なら強張ってしまう筈なのに。秋山隊長と言い、自衛隊の方って、豪胆な方が多いんですね」

「豪胆と言うよりも、本物の有事を経験したからでしょう。今回の件以前なら、多分、顔が強張るどころか、逃げ出したくなったでしょうね」

「ご謙遜を」


 真理の笑顔が柔らかさを増した。彼女は視線を林の上空に戻した後で言葉を追加した。


「お待たせしました。彼女がアプローチに入りましたので、そろそろ肉眼でも見える筈です」

 

 その場に居る全員が真理の視線の先を凝視した。


「あ、本当に人間が浮いている・・・」

「マジだ・・・」

「どんなカラクリだ?」


 誰が最初に言葉を発したのかは分からなかったが、周囲がざわめき出した。


「昔、ロサンゼルスオリンピックの開会式で飛んだロケットマンって知ってるか?」

「YouTub■で見た事は有るが、背中に何も背負っていないぞ?」 

「本当だ・・・」


 全員の視線を一身に受けながら、優梨子は集団の手前10㍍ほどにフワリと着陸した。

 途端に膝を突いた。そのまま彼女は崩れる様に仰向けに転がった。


「もう、無理してたなら言ってくれればいいのに・・・」


 誰よりも早く反応した真理は自分が持って来たボストンバッグからペットボトルとタオルを取り出して、素早く駆け出した。同時に自衛隊の集団に声を掛けた。

 

「すみませんが、誰でもいいんで、水を持って来て下さい」


 真理は優梨子の所まで来ると、上半身を抱え起こしながら意識的に大きな声で呼び掛けた。


「優梨子ちゃん、意識は有る? 有ったら、今から口に水を注ぐので、ゆっくりと飲んで」


 優梨子は微かに頷くと、口を少しだけ開けた。

 その口元にペットボトルの口を付けて、少しだけ注いであげる。


「誰か、このタオルを水に浸してから首筋に巻いて下さい。あと、何か扇ぐものを用意して下さい。思ったよりも体温が上昇しています。多分、熱中症のⅡ度手前まで行っています」


 真理の要請を受けた何人かの自衛官が扇ぐものを探しに本部のテントに駆け出して行った。


「いい、今から水を頭から掛けるからね?」


 優梨子の返事は首を横に振る事だった。

 彼女は右手をほんの少し持ち上げた。


「そうね、デジカメを濡らす訳にはいかないわね・・・」


 真理は自分が思ったよりも冷静さを失っている事と、こんな時にも責任感の強い真面目な性格の優梨子に感心しながらデジカメを受け取った。


「すみませんが、このデジカメの中のSDカードを印刷して下さい」


 

 露光が足りないながらも、パソコン上で補正を掛ければ地形や植生が大まかに分かる写真の提供は、こうして行われた。

 その情報は、派遣されている自衛隊にとって大きな意味を持つ。


 だが、その場に居た全員にとっては、倒れるほどの負担を負いながらも情報をもたらしてくれた佐々優梨子という少女こそが、真の贈り物となっていた。

 何故ならば、自衛官にとっての「勝利の女神」が降臨したからだった。




 後日、守春香の事を「アテナ」、佐々優梨子の事を「ニケ」というギリシャ神話上の女神になぞらえる自衛隊出身者が多い理由の一端となった出来事だった。 

 



 

お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m

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