第27話 6-7 「少女と剣」
20150123公開
6-7.『少女と剣』 西暦2005年10月25日(火) 午後1時53分
関根昌幸二尉は、ダットサイト越しにその少女を見詰めた。 距離は5㍍ほどだろうか。
手を後ろで組んでいる彼女は、どことなく馴染の有る様なデザインをした長袖のゆったりとした上下を着ていた。
ダットサイトが示す赤い輝点が少女の心臓の辺りで揺れている。
スッとM4カービンを地面に向けながら、彼は部下に『待て』と『警戒』のハンドサインを送った。
部下たちなら、その指示で周囲の警戒をしてくれるだろう。
立ち上がりながら関根二尉は質問をした。
「自分は陸上自衛隊の関根二尉だ。 君は何故、ここに居る? さらわれた被害者に見えないのだが?」
その少女は一瞬考えた後に答えた。
「あ、そうか・・・ 私は守春香と言います。民間人の調査団に居る兄と自衛隊さんの協議の結果、索敵の為に呼ばれたんですけど、聞いていないのですね?」
「初耳だが・・・ 玉城三曹、本部に状況の報告と確認を」
「あ、確認するなら、ついでに『プリンセス3』と接触した、と伝えておいて下さい。多分、それで相手に伝わる筈です。それと、良かったら、誰か要らないタオルを貸してくれませんか? 返り血で気持ち悪いんですよ」
「玉城三曹、コードネーム持ちらしいので、それも確認してくれ」
そう指示を出した後で、関根二尉は春香に答えた。タオルなど、ほとんどの装備品を収納した背嚢は戦闘行為の邪魔になる為に部隊のベースキャンプに置いて来ていたので、貸して上げたくとも貸せない。
「悪いが、今は持っていない。 返り血?」
関根二尉は何気なく紛れ込んでいた言葉に遅れて反応した。
目の前の暗視装置を上に上げる。
暗視装置越しでは分からなかったが、肉眼で見ると彼女は赤い液体でかなり濡れていた。
「まさか、さっき、巨人たちが敗走したのは君の仕業か?」
「そうですよ。こう見えても剣道三段の腕前ですから」
二人の会話に玉城三曹が割り込んだ。
「隊長、確認が取れました。索敵を行いつつ彼女を連れて本部まで戻って来る様にとの事です」
「了解した、と伝えてくれ。どうやら、君の言う通りらしい。とは言え、君の歳くらいで剣道三段は確かに才能は有るのだろうが、実戦は別物なのだが?」
「そうですよねー。普通はそう思いますよねー。 でも、得物がこの剣だったら、有り得なく無くなりませんか?」
そう言って、少女は後ろを向いて、背後に隠すように地面に突き刺していた巨人が使っている剣を右手1本で掴むと、くるりと回転させながら自分の前に突き立てた。
関根二尉が感じたものは違和感なんてものでは無かった。
全長が85㌢で重さが3㌔ちょっとのM4カービンなら、慣れれば手足の延長の様に扱える。
だが、1㍍50㌢は有ろうかと言う重くて巨大な剣を片手で今の様に振り回すには、かなりの筋力が要る。重いという事は単純に動かす為の運動エネルギーが多く必要だし、それに動かした後は慣性の制御にも多くのエネルギーを必要とする。
ましや、長いと言う事はバランスを取り難い上に持ち手からの距離が長い為に取扱いに難しさが有る筈だった。
それを、この少女はまるで竹刀の様に取り回していた・・・
「悪いが、その剣を持たしてもらってもいいか?」
気が付けば、関根二尉はそう口にしていた。
「いいですよ。 ちょっと重いから気を付けて下さいね」
関根二尉は部下たちに周囲警戒を任せて、少女が立っている場所まで歩いたが、2㍍くらいのところで圧迫感を感じて、思わず右手がM4カービンのグリップを握った。
「あ、ごめんなさい。今、解きます」
少女の言葉と共に、圧迫感が消滅した。
『なんだ、この少女は? 今のは殺気とも違うが、とんでもない密度の“気”だったぞ?』
「今のは?」
「えーと、マンガなどで言う『気』というものかな?」
彼女は照れ笑いを浮かべながら答えた。
関根二尉は地面に突き刺さっている剣の柄を念の為に両手で掴んで引き上げた。
普通に重かった。少なくとも89式小銃よりも重い。
ここまで1分余りのやり取りだったが、この少女が普通じゃ無い事だけは理解した。
「ありがとう。では、出発しようか?」
本部に向かう道中で、やはり少女が普通では無い事を実感した。
彼女は自分の身長程の剣をむき身のままに持ち歩く為に、剣身の中ほどをつまんで運んだからだ。
その姿をチラチラと見る部下の顔は、ペイント越しでも見物であった・・・・・・
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