第26話 6-6 「関根二尉」
20150120公開
6-6.『関根二尉』 西暦2005年10月25日(火) 午後1時38分
関根昌幸陸上自衛隊特殊作戦群第一中隊第三小隊小隊長は、緑色が基調となっている視界の中で斥候の桜井敦二曹が自然な形で動きを止めた瞬間に左手を拳を握った状態で体の側面に上げた。
後続の部下たちが音も立てずに姿勢を固定した。
万が一、敵が彼らに気付いていたとしても、ここまで見事に動きを止められてはこの暗さでは裸眼で見付ける事は難しいだろう。
自然界には直線のモノは少ない。何らかの形で曲線が入っているし、規則性も少ない。
対して、人間が作るものは直線が多くなってしまうし、規則性も知らずに取り入れてしまう。
その僅かな差が、人工物を自然界に溶け込ませる事を阻害する。
今、動きを完全に止めている彼らは、その事を十分に理解している外見をしていた。
戦闘服のあちらこちらに草や小枝を固定して、人間としてのラインを崩している。光を反射させるような装備品は元々身に付けていないし、どうしても必要な金属部品には全て反射防止の為の対策を施していた。
更には、生きている以上必ず放射してしまう赤外線を低減する効果が高い生地を使った戦闘服もそうだが、反射率が思ったよりも高い顔の肌をペインティングで塗りつぶす事で(そうしないと、暗闇で顔の形が浮き出てしまう)徹底的に自分たちの存在を遮蔽しようとしていた
桜井二曹がゆっくりと腰を落として行く。関根二尉も上げたまま止めていた左手を意思を伝える様にゆっくりと下に降ろしながら、腰を落として行く。
腰を降ろしきった頃には、停止してから1分以上が過ぎていた。
2分ほどして、桜井二曹が今度はハンドサインで新たな情報を送って来た。
方向を示した後、“10”を現すサインを2回示す。
接触する巨人は20人。
しばらくして、更にサインを送って来た。
親指と人差し指を並行に伸ばしたサインだった。
敵部隊の兵種は剣を装備している。
桜井二曹の様子をじっと見つめた後で、関根二尉は動く事にした。
左手をもう一度上げて部下に“動くな”と指示を出してから、彼は音を立てない様にゆっくりとした動作で桜井二曹の横まで移動した。
途中に生えている木々越しに見える敵部隊は40㍍ほど先で、自衛隊側と同じ様にその場にしゃがみこんでいた。関根二尉たちの様に擬装をしていない為に、人間のシルエットがそのまま浮き出ている。
雰囲気としては待機中という印象だった。
警戒レベルは・・・ さほど高く無い。
考えられる可能性としては、他の部隊とタイミングを合わせた攻撃を仕掛けようとしている、だろう(彼は知らなかったが、巨人たちの事前プランでは反対方向からの弓による牽制後に背後から突入して混乱を拡大するという作戦だった)。
敵が気付いていない状況なので先制攻撃は可能だ。
だが、仕掛けるタイミングと場所が問題だった。
すぐにでも動き出すかも知れない。
そして、関根二尉から見て右手の方向、巨人たちからは後方へ20㍍ほどずれたところにある開けた地なら射界は大きく取れそうだったが、今の角度なら木々が遮蔽物になってしまう。
迷いは一瞬だった。不十分とはいえ、先制攻撃を奇襲と言う形で側面から衝ける点、味方に敵の存在を知らせる点、後退する場合、これまでに辿って来た道中で幾つか待ち伏せが可能なポイントが在った点、を考えると即時の攻撃が一番効果が高い。
彼は最初に2つのハンドサインを部下に送った。
『10』
『右手の方向』
次に、一瞬の間を置いて、更に2つのハンドサインを送る。
『来い』
『並列フォーメーション』
伏兵として10人を右手に送り、残りの15人で先制攻撃を掛けるプランを選んだ。
だが、彼の目論見は20秒後に瓦解した。
“それ”はいきなり始まった。
巨人たちの部隊の先頭付近で急激な動きが始まる。
一瞬気付かれたかと思ったが、その直後にその方向から高い金属音が鳴り響いた。
関根二尉も含めて、全員がその場で一瞬にしてひざ射ちの姿勢を取る。
後は、指揮官の関根二尉が射撃開始の命令を下すだけだったが、彼は第六感とでも言うべき違和感を感じて、敢えて命令を下さなかった。
いつでも射撃を開始出来る様に構えて待つ事30秒程、巨人たちが何かの圧力に押される様に後ずさる動きが始まった。
その動きが敗走に移るのに10秒も掛からなかった。
「各個射10秒、射撃開始!」
最善のタイミングで下された命令は、敵部隊を完全に絡め取った。
10秒間に放たれた弾丸は全員の発砲数を合計するとちょうど200発だった。
これはminimi装備の軽機関銃組を含む25人の1個小銃小隊全員で10秒間に発砲した弾数としては異常に少ない。
M4装備の小銃班の各自が目標に確実に叩き込む為に単発での射撃を選択した結果だった。
もっとも、数秒で巨人たちが全滅した事も理由の一つであったが・・・
念の為に更に10秒間周囲を警戒しながら待機したが、巨人たちに動きが無い。
関根二尉はフクロウの鳴き声を真似た合図を出して、全員の注意を引いた。
桜井二曹を先頭に、巨人たちの方に向かう命令をハンドサインで出したところで、声が聞こえた。
「えーと、どこの部隊ですか? 特殊部隊っぽいので、特戦群かな?」
一斉に向けられた銃口に怯んだ様子も無く、血だらけの少女が、そこに居た・・・・・・
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