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第25話 6-5 「high」

20150119公開 

 5.『high』 西暦2005年10月25日(火) 午後1時32分


 佐々優梨子はUK(ある意味、Oパーツの様な物質)で造成した4枚の翼を忙しなく調整しながら、異星の上空で大きな螺旋を描く様に高度を稼ごうとしていた。

 だが、なかなか上手く行かずに苦労していた。

 人工物の壁の影響で風向きがかなり不安定だったせいだ。

 今もいきなり追い風になったせいで結構な量の揚力が翼から剥がれてしまった。


「うわっと! もう! 折角、いい感じになってたのに!」


 そう叫ぶようにぼやくと、一旦、降下に移った。

 普段の彼女を知っている者が今の優梨子の言葉を聞いたら驚くだろう。

 彼女がぼやく姿が想像出来ない程、彼女は優等生なのだから。

 優梨子が元々持っている性格がいくら大人しかろうと、今の状態になっている時は普段の彼女からは想像も出来ない程に粗暴になってしまう。

 勿論、彼女の責任では無い。

 現在、この異星に来ている血筋全員に共通する現象なのだから。


「あーん、ハルちゃんくらい強い推進力だったら、もっと楽なのに!」


 従妹の守春香は優梨子から見ても異常な程に「ご先祖の脳波」を発生させる事が出来た。

 しかも、UKを使った新技術の開発を行える程に器用と言うか一種の天才でもあった。

 その技術の中でも、有数の難しさの「飛行術」を覚えるのに優梨子は半年掛かったが、春香は1か月で開発していた。


「まあ、ぼやいても仕方無いか・・・」


 失った高度を取り返すべく、優梨子は翼が発生させる揚力が十分になるまで加速した段階で再度上昇に移った。

 揚力の安定的な保持に成功した彼女は、強化した視覚情報を使って、上空から見た地上の状況を従妹の守真理に伝える作業を開始した。


 その後、彼女が写真撮影に予定していた高度に到達するのに要した時間は20分だった。




「うわぁ、ユリちゃん、翻弄されているわね」


 周囲を囲んでいる自衛隊と機動隊の集団の真ん中を歩きながら、上空を見上げて、守真理は心配そうに呟いた。

 現在、彼女たちは派遣されている陸上自衛隊が設置した仮の本部施設に向かっている最中だった。


「見えるのですか?」


 自衛隊側の警護部隊を率いている秋山二尉が尋ねて来た。

 その声は純粋な興味を抱いている事を示していた。


「ええ。 まあ、肉眼だけだと難しいでしょうけど」

「というと?」

「私たち4人はちょっと特殊な方法で視覚を補う技術を持っています。まあ、強いて言えば、電子顕微鏡みたいな方法なのですが」

「電子顕微鏡?」

「普通は網膜に到達した外部の光を大脳皮質で処理しますが、今の私たちはそれに加えて、瞳孔表面で反射される光を情報処理する事で遥かに多い視覚情報を得ています。弟の貴志が貴方たち自衛隊に提案した『暗闇での情報提供』の元ですね」

「確かに我々普通科の夜間交戦能力は低いので助かりますが・・・・・」


 秋山は少し考えた後で、もう一度口を開いた。


「そんな秘密を漏らしていいのですか? そんな技術が知られたら、いろんな方面から狙われますよ?」

「そのリスクを負ってでも、自衛隊には撤退して欲しくないというのが貴志の判断です。私も同意見です」

「何故?」

「まあ、その辺は追々説明しますが、今は・・・」


 2人の会話を断ち切る様に、真理が持っていたトランシーバーがノイズを発した。

 続いて聞えて来たのは、風切音混じりの優梨子の声だった。


『・・・えていますか・・・      真理姉さん、聞こえていますか?』

「ええ、聞こえているわ。手短に訊くけど、一番危ない所はどこ?」

『やっぱり、ハルちゃんが向かった所が一番多いみたい。それと、近くに自衛隊の人達が居るのは分かったけど、思ったより涙が多く出てしまって、今一不鮮明なの』

「分かったわ。写真を撮ったら、すぐに帰ってきて」

『了解。この調子ならあと30分でそっちに行けると思う』

「待っているわ。それと平衡感覚は大丈夫?」

『うーん、今のところは問題無いみたい。まあ、もともと練習で飛んだのが夜ばっかりだったのが幸いしたみたい。 あ、貴志兄さんの所は終わったみたい。後続も下がっているし・・・ えーと、その他の情報としては、テントが何個か有る場所の近くの林の戦いももうすぐ終わりそう。それと、出て来た穴と真理姉さんが今居る線上の500㍍先に10人前後の巨人がゆっくりと近付いているみたい。武器は・・・・ 弓を持っているわ。後は・・・・ あ、巨人の主力を見付けたわ。 どうも、遠ざかっているみたい。穴と貴志兄さんを結んだ線上に2㌔くらい先で、200から205人の集団』

「どんな様子?」

『敗残兵って感じ。多分、今、攻撃しているのは時間稼ぎかも』

「なるほど・・・ 分かった。気を付けてね」

『また、何か見付けるか、動きが有ったら連絡するね』

「ええ、お願い」


 真理は秋山二尉の方を見た。

 秋山はたった今聞いた情報を頭の中で、それまでに自衛隊が作成していた簡易な地図と照らし合わせていた。

 

「どうですか、役に立ちましたか?」

「かなり。本部に急ぎましょう」


 


「くそ、きつかったなぁ・・・・・」


 守貴志は、約20分に及ぶ剣戟の応酬で疲れ切った身体を支えきれず、視線を周囲に向けながらも思わず腰を落とした。

 彼の5㍍先には、彼が殺した巨人の死体があった。

 握り切れないほど太い柄から右手を放す為に握りを開けようとして、言う事を聞いてくれない右手に苦笑を漏らす。


「うーん、これは初めて人を殺した影響か、それとも疲労のあまりに神経が麻痺しているのか、どっちだろう?」 


 苦笑を引っ込めて、自分の身体の反応を再確認する為にもう一度右手の感覚を探っている時に、遠くから声が聞こえた。


「貴志君、大丈夫か? 怪我をしたのか?」


 声の主は貴志の叔父の佐々俊彦だった。

 貴志は出来るだけギリギリに届く声量に抑えた返事をした。


「大丈夫ですよ、おじさん。さすがに疲れただけです。 まあ、周囲に巨人の気配も無いんで、ちょっと気が抜けたんでしょう」

「なら、そっちに行ってもいいか? せめて水だけでも飲んだ方が良いと思うが?」


 貴志は「どっこいしょ」と声を出しながら、立ち上がった。

 今度は念入りに瞳孔反射の視覚補強を使って調べた。

 彼の視界には生きている巨人の姿は無かった。

 だが、彼には死んだ者が9人も視えていた。

 巨人が3人、自衛隊員が6人・・・


 

 佐々俊彦は、そんな甥っ子の貴志の姿を食い入るように見詰めていた。

 万が一を考えて、穴の近くにテントを立てていた学者たちの居住スペースが襲われたのは偶然だったのかも知れなかった。

 巨人たちの夜襲が激しさを増した為に、前線を支える目的で小銃班2個を残して小銃小隊本隊が離れた後で、迷子になった様子の巨人たちが学者たちを見付けたのも、偶然だったのかも知れなかった。

 警戒していた自衛隊員が巨人たちに気が付いた時には手遅れだった。20㍍先の林から現れた巨人たちを止めるには時間も空間も足りなかった。

 巨人の内の2人と刺し違える様に全滅した護衛隊を失った後、生き残ったたった1人の巨人に蹂躙される未来しか有り得ないと覚悟した時の絶望感は多分、一生脳裏から消えないだろう。


 もっとも、その後の光景も脳裏から離れないだろう。


 ゼミの助教授や学生でなく、甥の守貴志を連れて来たのは、彼がネアンデルタール人の発掘調査で多額の資金援助をしてくれているからと言うよりも、純粋に“頼りになるから”だった。

 学生離れしているネゴ能力と、現実的な判断力、更には近くに居てくれるだけで安心感を与える雰囲気。

 こんな人材を連れて行かない方が有り得なかった。

 義理の兄にあたる貴志の父の守徹郎に相談しに、機動隊と共に訪れた守邸での会話が蘇った。


「父さん、僕の勝ちだね。約束通り、行かせてもらうよ」

「ああ。その代り、無理はするなよ?」

「勿論。僕は春香と違って、常識人だからね」


 “頼りになる”と言っても、それは社会的な意味であり、決して文字通りの“戦力”としてでは無かった。

 だが、甥っ子は、立派な戦力でも有る事を見せ付けた。

 最後の自衛隊員を斬り伏せた巨人が自分たちの方を見た瞬間、何を考えたのか、貴志は巨人の方に駆け出したのだ。

 呆然と見詰める中、彼は巨人の初撃をあっさりと躱した。

 そして、射殺された巨人が持っていた巨大な剣を拾い上げると一旦距離を取った。

 一瞬だけ、視線を剣に向けた後、剣をなぞる様に手を添わせた後で構えた姿は堂に入っていた。

 

「まさか、彼は1人で巨人をどうにかしようとしているのか?」

「佐々教授、止めさせた方が・・・」


 彼と同じ様に派遣されて来た学者仲間の言葉に対して、俊彦の口から出た言葉は無意識のモノだったのだろう。

 言葉を出し切った後で、自分が言った内容を理解したのだから。


「あの子なら、なんとかしそうな気がするんだが・・・」


 守家の子供たち全員が親戚の剣道教室に通っている事は知っていたが、それでも巨人と対峙している甥の姿はさまになり過ぎていた。

 そして、永遠とも思える戦いの結果は、只の大学生の勝利だった。

 

 

 

 貴志は、民間人の学者たちを守る為に犠牲になった自衛官に心の中で素早く黙とうをした後で、叔父に返事をした。


「周りに巨人は居ません。ここを離れて、自衛隊の本部の方に行きましょう。幸い、僕は夜目が利きますし」


 貴志は「ご先祖の脳波」発生時特有の高揚感を理性で押さえつけると、自分が犯してしまった判断ミスを頭の片隅にファイルした。

 最初から隠さずに能力を使っていれば、こんな事にならなかったのだ。

 もし、彼が巨人の夜襲を知ってすぐに視覚補強をしていれば、奇襲に近い形での襲撃など受ける筈も無かった。


 彼に向かって恐る恐るやって来る学者たちを待つ間に、殉職した6人の自衛隊員のまぶたをなんとか閉じさせた彼の表情は、普通の大学生が浮かべるモノでは無かった。



 他人も含めた人の命を左右する覚悟を固めた人間だけが浮かべる事の出来る、鋭い表情だった。

 

お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m

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