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第20話 5-4 「黒尽くし」

20141202公開

4.『黒尽くし』 西暦2005年10月23日(日) 午後9時30分



「矢が来るぞ! 防げ! 次、突撃来る! 3人!」


 豪邸の塀の内側に立てられた脚立を足場にして外の様子を見ている陸上自衛隊員が叫んだ。

 直後に門の前に造られた急造の銃座を7本の矢が襲った。

 岸部警部補たち機動隊員が持っていたポリカーボネート製の透明な盾に矢が弾かれる乾いた音が連続で響いた。矢を凌いだ陸自の隊員がすぐさま射撃を再開した。


「撃ち方止め! 敵は後退する様だ」


 塀の上から外の状況を視認した隊員が感情を交えた声を上げた。


「後退を確認! 引き上げて行くぞ!」


 先ほどの声に更に安堵感を加えた声が響く。


「全員、警戒を緩めるな! 配置を変えるまでそのまま待機」


 すかさず陸自の小隊長が良く通る声で命令を出した。隊員の気が緩むのを嫌ったのだろう。

 しばらくすると、玄関の方から物音がした。岸部が視線を向けると、この家の住人の少女が長机を持ち出していた。

 思わず岸部が声を掛けた。


「まだ危ないですから、家の中に戻って下さい」

「いえ、もう大丈夫ですよ。こっちの防犯カメラで確認した限り、完全に引き上げましたから。それに・・・」


 岸部に答えた少女は、視線を先ほどまで巨人が居た辺りに向けてから、言葉を続けた。


「突撃の役割をする人が全滅したんですから、巨人も貴重な弓兵の損耗を避けるでしょう」


 視線を岸部に戻した守春香は、そこで微笑みを浮かべた。

 その笑みは再会した時に浮かべていた笑みと同じだった。

 その間にも、持ち出した長机の上に少女の姉が、アルミホイールで下半分を覆ったおにぎりとヤカンを置きながら言った。


「どうせ、昼食も摂っていないんでしょ? 今の内にお腹の中に入れておいた方がいいですよ」

「昔の偉人さんが言っていますよ? 『腹が減っては戦は出来ぬ』ってね」


 守春香の言葉を聞いた岸部は困った表情を浮かべて、自衛隊側の指揮官の方を向いた。

 その視線に気付いた秋山二尉が苦笑を浮かべた。


「あ、念の為に言っておきますが、精神的負担も考えれば、妊婦さんはもうしばらくしてから動かす方が良いと祖母が言っていましたよ」


 この家の長女が岸部と秋山に声を掛けた。


「外堀も埋められたという訳ですか・・・ 外国では『 An army marches on its stomach』と言うらしいですよ。あと3分したら交代で頂きましょう」

「話の分かる隊長さんで良かった」


 そう答えた守春香の笑顔は心底嬉しそうだった。


「そりゃあ、『Harukaの部屋』のお嬢さんに勧められた昼飯を断ったら、後で部下に仕返しされますからね」


 春香の笑顔が更に深まった。


「もしかして、隊長さんも覗いてくれてるんですか?」

「まあ、たまにですが・・・」

「おおっと、これはこれは。ありがとうございます。兄に叱られた甲斐が有ったというものです」

「おい、春香、それでは俺だけが悪役みたいじゃないか?」

「えー・・・ 人助けしたのに、貴ニィに叱られた私の身になってよ」

「普通は、あの状況で門を開ける奴は居ない。結果的に巨人を撃退したからいいものの、一歩間違えれば悲惨な結果になる危険な事に家族を巻き込んだんだ。反省はしておいてもらう」

「ケチ」


 岸部は呆れていた。

 機動隊員である彼でさえ、未だにアドレナリンが分泌されている状況で、この兄妹たちは日常の様に振る舞っていた。自衛隊の警護部隊が撃ちまくったせいで、硝煙の匂いが辺りに充満しているにもかかわらずにだ。

 最終的に、彼ら救出部隊は30分ほどしてから、守邸を離れた。



 岸部警部補の大阪府警第三機動隊第二中隊第一小隊と秋山二尉の陸上自衛隊第37普通科連隊第一中隊第一小銃小隊は、その後、更に2回の救出作戦を成功させた。   


  



「くそ! 全員、盾を構えろ!」


 今日行われる最後の救出作戦となる筈の4回目の出動は、状況が悪化の一途を辿っていた。

 今までにない程、巨人の弓兵が多い・・・

 今も、経験をした事が無い程の矢が飛来して来た。


「どうする? 撤退するなら早目に決断してくれ! このままここで釘付けにされれば、突撃を受けるか回り込まれてしまうぞ!」


 路上に放置された軽ワゴン車とワンボックスカーの陰にひしめく様に身を寄せた自衛隊部隊の指揮官の秋山二尉が岸部警部補に決断を迫って来た。


「止むを得ん。次の斉射を凌いだら、撤退する!」

「分かった! みんな、聞いたな? 岸部警部補の合図で引くぞ!」


 5秒後、再度、矢が放たれた。

 盾に当たって弾かれた矢の衝撃をやり過ごした岸部が撤退の号令を掛けようと視線を巨人たちが陣取る方向に向けた時だった。

 10㍍先の交差点に人影がやって来たのは・・・・・

 その人影の動きは普通まともでは無かった。

 「歩行」でも、「走行」でも無かった。

 “空中”を“水平に移動”して来たと思ったら、身を捻って速度を落としつつ、“着地”した・・・

 呆然としてしまって、号令を出せない岸部警部補に視線を送った秋山二尉が、視線を巨人たちの方に戻した時には、その人影は真っ直ぐに立っていた。


「何やってんだ? 逃げろ・・・・・」


 岸部警部補が思わず呟いていた声が聞こえた。

 その人影に向かって巨人たちの剣装備の小部隊が肉薄している光景が現実味を帯びずに、秋山二尉の視界に入って来ていた。

 その人影は平然と立ったまま巨人たちの接近を見ていた。


「前方の巨人部隊へ照準合わせろ! 命令後3秒間の連続射撃!」


 秋山二尉の命令は人影が斬り殺された後に備えたものだった。

 この射角では、どう撃っても人影に当たってしまう可能性が高い。

 ならば、事態(悲劇)が収まった後に向けて対処すべきと判断したのだ。

 だが、事態(現実)は予想を超えた・・・・・

 先頭を走っていた巨人の斬撃が人影を切り伏せたと思った瞬間には、巨人が勢いを付けたまま転んだ・・・

 人影は、屈んで何かを拾う仕草をしている。

 それが、巨人たちが使う1㍍50㌢にも及ぶ巨大な剣だと気付いた時には、その巨剣が左斜め上に跳ね上がっていた。その軌跡には2番目を走っていた巨人の腹部が入っていた。

 人影は巨剣に引っ張られるように身体が浮いたが、上がり切った巨剣が真下に振り下ろされる動きに合わせてしゃがみこんだ。その上にのしかかる様に勢いよく倒れた巨人の身体を身体中のバネを使って後ろに逸らせた人影は更に迫る後続の巨人の斬撃を“受け止めて弾き返して”しまった。

 再び人影が操る巨剣の軌跡が変わり、無防備となった巨人の腹部を横に払った。

 もう、この頃には、秋山二尉が受ける衝撃も落ち着いたのか、その人影が使う技が剣道に似た剣技か何かだと言う事を理解した。

 その後、人影はついでの様に最初に転んだ巨人を含めて3人の巨人を斬り伏せた後、何事も無かった様に“歩いて”、やって来た小道に戻って行った。 

 呆然としていた救出合同部隊で最初に声を発したのは岸部警部補だった。


「なんだ、今のは? 有り得んだろ? あんな巨大な剣をブン回すなんて、無理だろ?」


 答えたのは秋山二尉だった。


「もう、何が起こっても驚かんな・・・ こんなの報告出来んが・・・」


 

 巨人たちの弓兵が撤退したのは、人影が見えなくなった直後だった。


 当然の判断だった。

 あんな化け物の様な剣士に接近を許してしまったら、弓では対抗のしようが無いからだ。

 


 岸部警部補が、人影が小さくて、黒のフルフェイスヘルメットを被っていた事を思い出したのは、本人から告白を受けてからだった・・・・・


 


お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m

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