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第19話 5-3 「異世界への誘い」

20141127公開

2.『異世界への誘い』 西暦2005年10月25日(火) 午前9時12分


 その日、守家は予想外の来客を迎えていた。

 そして、2日前には全員が揃っていた守家だったが、現在では1名欠けていた。


「すみません、こんな状況なのに、お邪魔して」

「いえ、どうせ貴志が無理を通したのでしょう」


 守家の応接室で守家当主の対面に座っている岸部健警部補の言葉に、守徹郎は苦笑いを浮かべながら答えた。

 両者の間にあるテーブルの上には、お茶碗が置いてあったが、その中にお茶は注がれていなかった。


「それで、あちらの状況は如何ですか? 調査は順調に進んでいるのでしょうか?」

「聞いている限り、マスコミにリークしている以上の成果は得ているそうです。守秘義務が有るので具体的な内容をお伝えする事は出来かねますが」


 大阪狭山市で発生した事件は、意外な展開を見せ始めていた。

 事件の犯人たちの出身国や身柄の特定は不可能となっていた。

 何故なら、地球上では絶滅した人類の末裔だったのだから・・・・・


 『ホモ・サヤマエンシス』と海外で呼ばれつつある彼らは、ネアンデルタール人やフローレス人と同じ系統に属する人類であった。

 ただし、その身長からも分かる通り、地球上とは全く異なる進化を遂げていた。

 また、その遺留品から文明レベルはホモ・サピエンスでいうところのヨーロッパ古代レベルの文明を築いている事が分かって来た。

 より詳しい巨人の調査と、何とか確保した狭山池底の穴の先に広がる別世界の調査の為、民間人で構成された調査隊が送り込まれていた(日本だからこそ民間人を送ったとも言える。他国ではこの様な場合、軍人だけか、軍の息が掛かった人間が選ばれる筈だからだ)。

 岸部警部補はその調査隊の警護の為に“あちらの世界”に送り込まれていた。

 彼が選ばれた理由は、今回の事件における警察の関与というものもあるが、もう一つ簡単な事実があった。

 彼が与えられた任務を連続で成功させたからであった。

 最初の日に行われた救助作戦は、大阪狭山市全体では59件に上った。岸部警部補も係わった妊婦救助が切っ掛けとなり、通信網が復活する度に救助要請が殺到したのだ。

 彼は命令された4件の作戦を全て成功させた。勿論、彼の指揮も成功の要因ではあるが、彼自身は4回とも一緒に組んだ陸上自衛隊の小隊のおかげだと考えていた。

 もっとも、4回目の救助作戦は実際には1回目と同様、全滅していてもおかしく無いほど追い詰められたのだが・・・

 そういう事情も有り、彼は相変わらず危険な任務を与えられ続けていた。

 


「それで、今日来られたご用件は?」

「その話をする前に、先にこちらの手紙をお読み頂いた方が早い気がします」


 岸部警部補は密封していたナイロン製の透明な袋から、黒いアタッシュケースを自分の太ももに乗せて、その中から3通の手紙を取り出した。


「ご家族の方宛てに1通、真理さん宛てに1通、春香さん宛てに1通の計3通を預かって来ました」


 確かに、それぞれの封筒には、宛名が書かれていた。

 それぞれが自分達宛ての手紙を開封し、中に入っている手紙を読もうとしたが、岸部は釘を刺した。


「念の為に言っておきますが、内容は外に漏らさないで下さい。また、本人の承諾の元、内容はこちらで写しを取っております。それほど、今回の件はデリケートな案件だと思って頂いて結構です」


 それまで、挨拶以外に言葉を発していなかった守家の次女がポツリと呟いた。


「呼吸可能な惑星1つ分の資源がいきなり目の前に転がって来たのだから」


 岸部の視線が春香に向いた。


「政府の対応も守りに入るのでしょう。今頃、各国からの水面下の接触と外交攻勢に晒されているってところかな? おかげで現場は明確な方針が降りて来ないので苦労をしていると」


 岸部の返答は苦笑い混じりだった。


「最前線の機動隊員風情にはお答えしかねます」


 実際の所は、日本にとって戦後最大の外交的な危機と呼んでも差支えが無かった。

 未知の惑星の領土と資源を、日本に独占させる訳には行かない各国の攻勢は凄まじいものが有った。

 挙句の果てには、「絶滅したと思われていた人類を大量に殺した事はヒトラーによる『ユダヤ人大虐殺ホロコースト』に匹敵する蛮行」だと、思考回路を疑いたくなるような非難さえもされていた。

 ただし、その様な状況は新聞の外交面にしか載らない。

 何故ならば、人々の関心は、殺されたり拉致されたりした被害者たちや封鎖された大阪狭山市の現状に向けられていたからだ。


 しばらくは、無言の時間が過ぎた。

 両親と祖母が順番に手紙を読み終わる頃に、再び春香が発言した。

 その声は、家族でさえも初めて聞く声音だった。


「私は行くよ」


 直後に発言したのは、長女の真理だった。


「春香一人だと心配だから、私も行くわ」

「お前たち・・・」


 父親の徹郎が娘たちを説得しようとしたが、祖母の妙が遮った。


「貴志が来いと書いて来たのなら、行かせるしか無いよ。あの子も馬鹿じゃない。余程の理由が有るんだろうさ」

「でも、お義母様、子供たち全員を知らない危険なところに喜んで送る親は居ません。貴志を行かせた事も後悔しているくらいです」

「幸恵さん、貴女も分かっているでしょう? 自分が産んで育てた子供たちが実は頑固だって。行かせないと、一生恨まれるよ」

「恨まれても、この子たちを危険な目に遭わせるよりはましです」

「お母さん、実は隠していた事が有るの。ごめんね」


 春香が神妙な表情を浮かべて、いきなり幸恵に謝った。


「私、もう、あの巨人を5人ほど斬り殺しているの」

「な・・・ 何を言ってるの、春香?」

「あの最初の日の夜の事を覚えてる?」

「玄関の所で貴志と揉めていた事?」

「うん。家の外に出ようとして貴ニィに水を掛けられて止められたって事になってるけど、実はあれは返り血を洗い流す為のお芝居だったの」


 幸恵は絶句していた。 

 いや、全員が・・・だった。


「うん、私は彼らよりも強いよ。まあ、彼らの剣さえ有れば、ね」


 春香は敢えてパチンコ玉を使う、もう一つの凶器を伏せた。 


「あ、一応言っておくけど、ちゃんと『正当防衛』になる様に振る舞ったから、ばれても捕まらないよ」


 最初に反応したのは、意外な事に岸部警部補だった。


「もしかして、あの『黒尽くし』の正体は君だったのか?」

「やっぱり、ばれてなかったのね。まあ、フルフェイスのヘルメットを被っておいて正解だったわ」

「今の話は聞かなかったことにする。 まあ、警官としてはどうかと思うが、確かにアレは『正当防衛』になる。いや、ワザとしたんだから計画的殺人なんだが、自分も秋山二尉も上には報告していないから、そもそも事件としては『起こっていない』という事になるし・・・」


 岸部警部補の次に言葉を発したのは徹郎だった。 


「おまえって子は・・・ ますます行かせる訳にはいかん。慢心した人間は危険に対して鈍感になる」

「だから、私も一緒に行くのよ、お父さん」


 次に発言したのは真理だった。


「貴志だけでも手綱は足りるでしょうけど、あの子、念には念を入れて私も来いと書いていたわ。まあ、私は春香と違って、血の気も薄いから、春香をコントロールするにはちょうどいいでしょうし」

「いや、私、猛獣じゃないから」

「なに言ってんの、放っておいたら、今夜あたり一人であの穴に入り込む積りでしょ? 支度してる事は知っているのよ」


 春香の反応はマンガの様なものであった。

 口笛を吹きながら、あらぬ方向に身体を向けた彼女に真理は追い打ちを掛けた。


「留美ちゃんを助けたいと思っているんでしょうけど、家族に心配掛けるような形では行かせられないわ。だから、私の言う事を聞きなさい。ちゃんと、私がコントロールして上げるから」

「うん、分かった。今まで通り、真理ネェの言う事は守る」


 真理は両親と祖母の方を向いて、最後の了解を要望した。


「そういう訳だから、私も行くわ」


 返事は20秒間に及ぶ沈黙の後に行われた。


「分かった。だが、無理はするな」


 うつむいていた幸恵が我が娘たちの所まで歩いて来た。


「必ず、無事に帰って来るのよ・・・ もし、帰って来ないなら、お母さんが連れ戻しに行くからね」

「うーん、お母さんが行くのは無理だと思うけど・・・ うん、お母さんが無茶しない様にする為に、私も無茶しない事を約束する」


 姉兄妹きょうだいしか知らない事だったが、守家では『絶対的約束』は、春香の姉兄に対するものだけであった。

 それでも、敢えて春香は『約束』した。


「うん、約束よ。真理も約束よ」

「ええ、約束するわ」


 ほんの少しだけ、例え、それが1㌘ほどの重さしか無い安心かも知れないが、心の拠り所を得た幸恵は自分を鼓舞するかのように笑顔を浮かべた。


「岸部さん、それで、出発は何時ですか?」

「2時間後に迎えに来ます」

「分かりました。それまでに準備を済ませておきます」


 岸部警部補は立ち上がって、家族それぞれに15度のお辞儀をした。

 彼の室内敬礼を受けた後、徹郎がふと尋ねた。


「防護服を着ながらの移動も大変でしょう?」

「まあ、命令ですので」


 岸部警部補は苦笑を浮かべながら答えた。

 大阪狭山市はまさしく封鎖されていた。

 未知の世界から来た人類という事は、未知の病原菌やウィルスを持ち込まれた可能性が有るからだった。

 その為に、市民たちは未だに自宅内での生活を余儀なくされていた。


「貴志が予測していたので、私たちは納得していますが、他の市民のストレスは大変でしょうね」

「聞いたところでは、この状況でも臨床心理士のボランティアが殺到しているそうですよ。我が国も捨てたもんじゃないですね」

「まあ、今回の事件も一種の災害ですからね。ひょっとしたら世界一災害に強いのが日本人なのですから」

「そうですね。なるほど・・・ そう言われたら、その通りですね」


 岸部警部補は玄関まで見送りに来てくれた守家全員に、今度は敬礼をした。




 それは、防護服を着込んだ姿であっても、見事な敬礼であった・・・・・・



お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m


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