第12話 3-4 「治安出動命令」
20141027公開
4.『治安出動命令』 西暦2005年10月23日(日) 午後0時50分
陸上自衛隊中部方面隊第三師団司令部(兵庫県千僧駐屯地)では、師団長以下、幕僚は情報収集に追われながらも出動の準備を進めていた。
「奴等の兵力は現在何人だ?」
「400は越えています。」
「くそ、装甲車があればもっと確実に計画を立てれるんだが」
「手持ちの戦力でやるしか仕方があるまい。信太山の状況は?」
「37普連の出撃準備は終了しています。現在は偵察小隊が先行して、現場に向かっています」
「36普連、7普連の状況はどうか?」
「36普連は1330に現地に到着予定、7普連は1500に到着予定です」
「明野の第5対戦車ヘリ部隊はどうか?」
「訓練の名目で稼動機は全て八尾に入りました。現在、ローテーション編成中ですが、常に3機は上空に貼り付け可能です。駐屯地祭の為に派遣されていたOH-1(観測ヘリ)はもう現場上空で哨戒に入っています」
「他の増援部隊はどうなっている?」
「総監部からは第10師団の35普連、33普連も派遣準備を進めているが、もうしばらくかかるとの事です。市ヶ谷からは特殊作戦群が防衛庁長官の指示で、八尾空港で訓練名目で出撃準備は終えているとの事です。GOサインさえ出れば、狭山高校に前進予定です」
「了解した。総監部に念のため第104野外病院隊と第304救急車隊の準備も要請しておいてくれ」
「はい了解しました」
「さて、我々に派遣要請が出るのも時間の問題だが、準備等で何か見落としは無いか?」
「作戦担当として一言宜しいですか?」
「よし三宅君、役に立つなら何でもいいぞ」
「はい、それでは。2足もしくは4足歩行の生物の弱点として足首並びにセンサー、我々で言えば目・鼻・耳です、それらが挙げられますが、今回の巨人は観測ヘリ及び一部民放が流した映像から基本的構造が我々と同じと考えられます。従って、機動隊のSAT並びに銃器対策班が使用したMP5の効果の確認調査を至急致しますが、特殊作戦群の狙撃手には第一番目に足首、第二番目に顔面の狙撃を要請すべき事と、我々第3師団の普通科にもその件の通知を図る事が必要と思われます」
「確かに映像を見ている限り10体以上は確実に殺っているから、不死身では無いと云う事だな。三宅君、引き続き敵の弱点の洗い出しと今の件の通達、具申を私の名前で行ってくれ。他に無いか? よし、相手は未だ正体不明だが、我々が食い止めなければ被害は拡大する一方になる。国民の期待になんとしても応えよう。では各自持ち場に戻ってくれ」
そして午後1時ちょうど、第三師団には、東海・北陸・近畿・中国・四国地区2府19県(全国面積の約30%)の防衛・警備・災害派遣等を担任している中部方面隊総監部より「自衛隊法第81条、大阪府知事要請による治安出動」命令が下命された。
事件は新たな段階に突入した。
第37普通科連隊第一中隊第一小銃小隊小隊長の秋山昭二二等陸尉は、信太山駐屯地内のグランドに整列している車列の間をやや早足で歩いていた。後ろには通信士の小林実一士が続いていた。向かう先には彼の部下たちが待っている。
大阪狭山市の事件が発生してからの駐屯地は、凄まじい勢いで動いていた。前線に赴く3個中隊は勿論、本部管理中隊も出動に向けて膨大な量の準備作業を進めた。その甲斐も有り、出動が計画された各部隊はなんとか出動に間に合った。
だが、実際のところは、現場の状況が流動的過ぎて、効果的な計画を立てる事は難しかった。中でも、機動隊の壊滅は致命的な事態だった。すぐに現場に出せる戦力は37普連と特戦群だけ。圧倒的に戦力が足りない事は明白だった。自衛隊は訓練名目で各部隊を動かしていたが、すぐに増援部隊が到着する訳ではない。
それに、自衛隊も機動隊と同じ足枷が付けられていた。それはたった今、伝えられた部隊行動基準(ROE/交戦規則)の内容で明らかだった。自分の小隊が待機している場所まで来ると、秋山二尉は3人の小銃班長と小隊本部の2人の陸曹を集合させた。事前に考えられる注意点は待機中に徹底してある。後は、追加になった事だけを通達すれば良いだけだった。
彼は中隊本部で配布された資料を配ってから、説明を始めた。
「さて、現在の状況を説明する。治安出動命令が出た。我々が機動隊に替わって事態の収拾に当たる。前進基地は堺東高校だ。連隊の現地本部をそこに設営する。配った地図で確認してくれ」
小銃班長達はさっと目を走らせた。市販の地図を版元の許可を得てコピーしただけだが、自衛隊で使っている地図と違って、町名や番地、建物名が入っているので、こういう時には分かり易い。
「よし、敵は機動隊を壊滅させた後、本格的な侵攻に切り替える可能性が高いと思われる。現在、400を越える人数が活動中だ。未だ、家の中までの侵入は確認されていない。我々第一中隊は堺東高に寄らず、34号線を直進後、亀の甲交差点まで進出して、侵攻している連中の掃討を行う。基本は亀の甲交差点までは車上戦闘、進出後は降車戦闘になる。第二中隊が我々が確保した亀の甲交差点を中心とした橋頭堡を築く。我々はその周辺の制圧を図る。残った第三中隊は予備戦力として連隊現地本部で待機。各中隊の迫撃砲小隊と対戦車小隊はここで待機。狭山高校には噂の特戦群が進出する。ここまでで、何か質問はないか? では部隊行動基準(ROE交戦規則)を読み上げる」
秋山二尉は中隊本部で配られた命令書に目を落とした。
「一、武力は・・・・・・。一、武器使用に当たっては・・・・・。一、直接射撃は・・・・・。以上」
読み上げられた内容は乱暴に要約すれば、警察比例の原則を守り、部隊又は隊員への直接攻撃か民間人の生命への脅威には武器の使用は最小限許可されたが、あくまで降伏を勧告し、威嚇発砲し、逮捕しろ、と云うものであった。
「以上の内容を徹底して欲しい。CQB(近接戦闘)の訓練は未だ完璧ではないが、各班でお互いをカバーする事は応用できるはずだ。どうも敵はMP5、判るな? 拳銃弾を喰らっても平気で向かって来る。大きさが大きさだから一般市民と間違える事は無い筈だ。また、師団からは敵の足首を狙えという通達も来ているが、多分難しいと思う。足を止める為にも、太ももを狙う方が現実的だ。それでも駄目な時は、身体か頭を狙え。中隊長も黙認している。可能な限り白兵戦は避けろ。奴らの方が力は上だ。アウトレンジに徹する。部下にもその事は伝えておく様に。そろそろ、警察の先導車が到着する筈だ。それまでは各小銃班で待機。車列の順番は第一、小隊本部、第二、第三だ。三木二曹、先頭を頼む。装填は班で説明が終了した時点で行う事。安全確保は言うまでも無いな? 質問は?」
「上空から支援は受けられるのでしょうか?」
「現地上空は八尾と明野の動かせるヘリ全機のローテーションで偵察をしているが、残念ながら情報が降りてくるまではタイムラグが発生する筈だ。だから出会い頭の戦闘もありうるとして対処する」
「民間人の救助も我々が行うのでしょうか?」
「機動隊が1個大隊を予備として残しているので、そちらが行う。上の方で話がついているのか判らん。いざとなったら救援に行く可能性は有る。他に質問は? よし、解散」
秋山二尉は自分が搭乗する73式小型トラックに向かった。
はっきりと言って、自分達がこれから戦場に向かう実感は持ちにくい。部下達もそうだろう。確かにここ数年、ゲリラ・コマンドに対処すべく、市街地戦闘の訓練を取り入れつつあった。だが、まだまだ途に付いたところだ。現に、個人装備品は未だに市街地戦闘に対応していない。
これから相対する相手も微妙な敵だった。火器を使用していない為に防衛出動では無く、治安出動になっていた。機動隊が阻止出来なかった相手に、また同じ足枷を付けたままで自衛隊を出す危うさを認識しているのかという疑問を抱かざるを得ない。
秋山二尉は、73式小型トラックのステップに足を掛けた瞬間に覚悟を決めた。
責任を追及される苦しみより、部下を守る方が重要だ。指揮官が迷っていては部下を無駄に死なせるだけだ。いざとなれば、自分の判断で対処する覚悟を固めた。
数分後に、やっとパトカーのサイレンが聞こえて来た。
直線距離で1kmも無い和泉署も、朝からの応援やら機動隊の壊滅などで混乱しているのだろう、いつも見る日産クルー系ではなく、かわいらしいトヨタのプラッツ系のパトカーが3台であった。
その3台を先頭に、第37普通科連隊が駐屯地を出発する横で、私服姿の男性が営門で荷物検査を受けていた。近所に住んでいる即応予備自衛官だろう。留守部隊を立ち上げる為に第四中隊の招集が始まったのだ。下手したらそのまま実戦に投入される可能性もあるが、そんな事になったら彼らは勿論、連隊も無意味な苦労をする。
練度維持の訓練を、年に30日間は行っているので戦闘行動に問題が無くても、あくまで予備部隊である為に小銃の種類も弾丸も第一~第三中隊と違うのだ。秋元二尉は『戦場で弾丸の融通が利かない部隊が交じると混乱の元なんだがな』と思い『まぁそんな事にならんだろう』と結論したが、甘い考えであった。
時折無線での報告を行なう程度で、道中での車中はほぼ無言だった。
ただ、上空を舞うヘリコプターの爆音がうるさかった。マスコミのヘリコプターだった。大阪狭山市上空に立ち入り禁止命令が出た為に、めぼしい映像を常に求めるマスコミの矛先は自衛隊の車列を狙っていた。本来であれば敵に戦力を知らせない為に規制すべきであったが、当のマスコミは勿論、政府さえもその認識は無く、味方のはずの防衛庁には取材を止める政治力がなかった。
彼の小隊が巨人と接触したのは、駐屯地を出てから15分後だった。先導のパトカーと別れ、亀の甲交差点まであと少しという地点で、10人の集団に遭遇した。
状況を少しでも掴む為に、73式小型トラックの助手席に立ち上がっていた彼の視界に動く人影が過った。
秋山二尉が最初に持った印象は、『大きい』の一言だった。
距離としては50㍍ほど離れていたが、相手は秋山二尉たちの車列に向かって突進を掛けて来た。
秋山二尉は、『自分でも意外だが冷静だな』と思いながら、部隊行動基準(ROE交戦規則)の手順を踏み始めた。
「動くな! 君たちには・・・・、 ・・・威嚇射撃始め! ・・・効力射始め!」
秋山二尉は、敢えて、秒単位で、段階を踏んだ。
悠長な事をしていられる相手ではないと、視た瞬間に悟ったからだ。
自衛隊が、“人間”に向けて初めて発砲した瞬間だった。
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