第116話 新狭山市編3-04 「祝日『始まりの日』」
20160104公開
14-04 「祝日『始まりの日』」 新星暦元年10月27日(日)昼
「アル君、プリちゃん、何か食べたい物は有る? 焼きソバはもう食べた?」
2人の同行者に訊ねた守春香の顔は笑顔だった。
彼女は雑踏を見回した。
「うーん、よくぞここまで来たもんだ。頑張った甲斐が有ったってもんだ」
彼女の顔に一瞬だけ感慨深そうな表情が浮かんだが、すぐに笑顔に戻った。
砦の広場は、ラミス王国の砦で行われた駐屯地祭以上の雑踏となっていた。
あの時は市民だけだったが、今日はラミス王国の兵士も多数来ていたからだった。
現代人とラミス人は簡単な意思疎通用の紙を使って言葉の壁をなんとかしていた。
ラミス王国新狭山市砦駐屯部隊隊長であり、ラミス王国の第5王子でもあり、更には春香の婚約者でもあるアラフィス・ラキビィス・ラミシィスは年上の彼女が見せる年齢通りの表情を見て、素直に可愛いと思ってしまった。
彼女との出会いは警戒から始まり、すぐに敵対関係になって、少しすれば敬意の対象になるという忙しいものだった。
「春香様のお力の賜物でしょう?」
「うーん、さすがに全部は否定しないけど、みんなも頑張ったからね」
アラフィスは新狭山市の市長の金澤達也から、『新現部族』にとっての今日がどの様な意味を持つのかを伝えられていた。
絶望の淵から救い出された日・・・
希望からまた絶望へ叩き落された日・・・
そして、新たな住処を得た日・・・
金澤は守春香の活躍については口を濁していたが、それでもアラフィスの目をしっかりと見据えて言った言葉は印象深かった。
「彼女には全市民、自衛隊を始めとする救出部隊、その全ての者が助けられました。その際に恐怖を抱いた人間も居ますが、それでも、絶対に忘れてはいけない恩を我々全員が彼女から受けました」
通訳してくれたムビラ教伝師もその時は別の場所に居た為に、春香の活躍を見た訳では無かった。
ただ、後で2人きりになった時にポツリと漏らした言葉が印象的だった。
『主神は祝いの雷を10回響かせた後に、我らに第二の誕生をお与えになった』
その後に言葉が続かなかったので、アラフィスはムビラ教伝師に訊ねた。
『原・再誕期の書の冒頭の言葉だね?』
ムビラたち『使徒』が伝えて来た『再誕期の書』はラミス王国に伝わっていた物とは少し違った為に、『原・再誕期の書』と呼ばれていた。
『あの日、私は確かに主神の祝いの雷を聞きました。数もピッタリと10』
『君はその雷を呼び込んだのがハルカ様だと確信しているんだね?』
『あの方なら・・・ いえ、あの方にしか不可能な事ではないでしょうか?』
『確かに・・・』
そう答えたアラフィスの脳裏には『タグィリラル砦の奇跡』の時の情景が蘇った。
あれは只の人間によって起こせるものでは無い。
今思い出しても、妹神の化身としか思えない神々しさだった。
「やっぱり一番人気は焼きソバかな? タコ焼き用のプレートが有れば良かったんだけどな。 あ、タコが無いか・・・ うーん、手に入らないだろうなぁ。 砂糖は貴重だから綿飴も難しいし、リンゴ飴も原種のままで品種改良されていないから酸っぱくて美味しく無いしなぁ・・・」
春香が何やら呟いているが、アラフィスにはほとんど意味が分からなかった。
「ハルカ様、宜しければ、ハルカ様のお奨めを選んで貰っていいですか?」
自分の世界に半ば埋もれていた春香を現実世界に引き戻したのは妹のプリ・ラキビィスだった。
「ん? あ、ごめんね、プリちゃん。やっぱり、焼きソバかな。それも我が研究棟チームだけの特製マヨ掛け焼きソバは絶品だよ」
そう言った春香の屈託の無い笑顔は天使の様だったと、アラフィスは部下たちに後日、惚気ている。
春香の案内で、研究棟チームが受け持っていた屋台に着いた時には、好評過ぎて売り切れていた。
誰も並んでいない屋台の前で、前のめりに崩れる春香を見て、彼女の仲間が笑い転げていた。
切っ掛けは彼女の親友の一言だった。
「ハル、ort乙!」
如何でしたでしょうか?
68,505 16,140