第109話 新狭山市編2-02 「運命の8日間」
20151204公開
13-2 『「運命の8日間』 新星暦元年4月8日(土)朝
「大変有意義な時間を過ごせた。王に報告するのが楽しみだ」
ルクフィス・ラキビィス・ラミシィス第1王子はそう言って新狭山市側の出席者に笑顔を見せた。
ラミス王国の第一方面軍司令でもある彼は1週間以上も新狭山市に滞在をしていた。
通常であれば要職に在る彼がこれ程の期間を外地で過ごす事は有り得ない。実際の所、滞在予定は4泊3日だった。
ダグリガと新狭山市の接触が滞在期間中に起こると言う緊急事態が滞在延長の第1の原因だった。
更には近い将来は国を背負う事になる彼にとって、初めて訪れた新狭山市はいろんな面で勉強になる“異国”という事が第2の原因だった。
新狭山市との交流を決断したのは父親である王だったが、その決定は決して間違っていないと実感していた。
「そう言って頂けると、我々も嬉しいですね」
金澤達也市長も笑顔を浮かべながら答えた。
ルクフィス王子と1週間に亘って、数多くのやり取りをしたおかげで個人的な繋がりもかなり深まった。
意外にこういう繋がりは外交に大きく影響する。ルクフィス王子が滞在予定を伸ばしてまで交渉した内容は多岐に亘ったが、概ね満足出来るものになった。
その成果を齎した理由の1つとして、それまで出来るだけ伏せていた自衛隊の実力を実際に見せた事も大きい。
演習を公開した事で、現代人の兵力に対する不安も解消された様だった。王都での最初の交渉時に外交団がそれとなく伝えていたが、目にした演習はラミス王国側の想像を超えていた様だった。弾薬の節約とダグリガへの警戒の為に実際に参加した部隊は2個小隊だけだったが、巨人の木製の鎧が見る間に穴だらけになった実射演習は思わずラミス王国側の本音が漏れた。
ルクフィス王子が知らずにポツリと零したのだ。
『欲しい・・・』 と。
ルクフィス王子は傍らに立っている弟に顔を向けた。
「後は頼んだぞ、アラフィス隊長」
「はい。任せておいて下さい」
第1次移民団の護衛と言う名目で先月半ばに派遣されたアラフィス・ラキビィス・ラミシィス第5王子は、同盟国の新狭山市に駐屯する新設された部隊の初代隊長に任命されていた。
ただし、任期は彼自身が結婚する18歳の誕生日までと区切られていた。
さすがに許嫁の守春香に婿入りした後は国籍の関係で指揮が執れないからだ。
部隊の規模は200人と小規模だったが、それまで率いていた直衛部隊の4倍に膨れ上がっていた。
志願した者だけで増員された兵の質は高い。
なにせ、生きている伝説のラミシィナが居るのだ。
しかも、その内の1人が見せた実力は見た事も想像した事も無いものだ。武を重く見る彼らにとって、新設された部隊は志願するに値した。
「カナザワ殿、もし、何か有ればすぐに応援の兵を送るので、遠慮なく言って欲しい」
「有り難う御座います、殿下」
彼らの会話は社交辞令では無かった。
1週間前のダグリガとの接触が両国の同盟関係を更に強固にしていた。
「ふあああ、疲れたぁ」
2時間後、そう言いながら自分に与えられた実験棟で大きく背伸びしたのは守春香だった。
「お疲れ様。で、どうだったの?」
「うーん、詳しくは言えないけど、かなり突っ込んだ話も出来たよ」
元クラスメートで現助手の河内唯に答えながら、春香は鈴木珠子が淹れてくれた代用茶を受け取って椅子に座った。
「1週間もここに来れなかったって事は、かなり活躍したんでしょ? なんかご褒美でも有ればいいのにね」
「ま、人使いの荒い兄を持った妹の悲しい定めって奴だからね」
実際の所は、命のやり取りも有ったのだが、もはや日本人の常識から外れている彼女にとっては日常の出来事に近かった。
「春香さんはもう少し報われても良いと思うわ」
そう言って、鈴木珠子がお茶請けのクッキーを春香に差し出した。
「そうかな? でも、結構優遇されていると思いますよ、珠子さん。自分用の実験棟に専属の助手まで居るんだもん。原材料も優先的に回してもらっているし」
「そうかなぁ・・・」
そう言って、納得がいかない表情で珠子は実験棟の中を見た。
初めて来た時から在った棚は建物の奥まで延長されて、3段の棚にはズラリとペットボトルが並べられていた。
その中にはここでしか製造していない各種のしょうゆや味噌が詰まっていた。
巨人が残した大きな椅子に腰かけながら、守春香は再び背伸びをした。
「ああ、疲れたぁ」
数分後には可愛らしい寝息を立てて寝入ってしまった春香だが、珠子が毛布をそっと掛けた。
新狭山市の建国からの慌ただしい8日間はこうして幕を閉じた。
後世の歴史家はこの8日間を『運命の8日間』と呼ぶ事になる。
何故ならば、この8日間の出来事がその後の歴史を形作ったとも言えるからだった。
お読み頂き誠に有難う御座います。
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