第9話 3-1 「破砕」
20141018公開
第三章
1.『破砕』
ジェ槍士は近寄ってくる敵兵を凝視していた。彼の姿勢は片膝を付いた恰好だ。鉄隊の最後方に陣取っている弓兵木隊の邪魔にならないようにする為だ。20人の弓兵でどれだけの効果が有るか分からないが、少しでも敵の勢いと人数を減らす事は必要だった。
敵に弓兵が居ない事と可能な限り一気に叩く為に、ぎりぎりにまで引きつけてから叩く方針だった。今では20ドグ(約50m)まで接近している視界内の敵兵は剣士鉄隊規模の2倍を軽く超えていた。
『そろそろ、放たないと』
と思った時に、後方から弓を一斉に放つ音が鋭く響いた。
弓矢は先頭を走っていた敵兵が持っている透明石盾に弾かれた。奴らの装備はこちらの予想を上回っている。もう一度、弓を放てる時間は有りそうだが、効果は心もとない。1息時長(約6秒)後に再度弓が放たれる。今度は数人が倒れた。その周りの敵兵に動揺が走る。
『兵のくせに、敵の前で動揺してどうする?』
ジェ槍士の感想は皆が感じた様だ。ギュ剣士がすかさず命令を下した。
「第2、第3木隊、敵を蹴散らせ! 行け!」
ほんの6ドグ(約15m)前の敵兵の集団に向けて、ジェ槍士とリュ槍士の木隊が飛び出した。奴らは透明石の盾を前面に押し立てて、壁を作った。全員が同じ動作をしている。一瞬だけ罠かと思ったが、奴らの表情を見て確信する。
『攻撃は来ない』
後ろに弓兵が隠れている様子も無い。残り3ドグ(約7.5m)の時点では疑問だらけだった。
『何故だ? そんな事をしても止められないのに? 槍も剣も無くてどうする気だ?』
最後の1ドグ(約2.5m)を一気に駆け抜ける瞬間は『どうすれば奴らを混乱に陥れられるか?』だけを考えていた。
そして、十分に速度が乗った状態で敵兵の壁に飛び込んだ。いくら戦壷や透明石盾を装備していても、体格差はどうしようも無い。瞬く間に敵兵の統率が乱れた。
その乱れを更に突く。
四方で破裂音が聞こえるが、最後の槍兵木隊、第7334槍兵木隊が突っ込んで来た。敵兵の混乱が信じられない程に拡大した。
60人の槍兵は敵の混乱を更に拡大する事に集中した。
ジェ槍士は敢えて左半隊を分離して、手薄な左方向に向かわせた。
「ビョ槍兵、左半隊を率いて敵の横腹を破れ! 一旦抜けた後で、敵の後ろに回りこめ!」
ビョの返事を待たずに、ジェ槍士はリュ槍士に叫んだ。
「リュ、そっちも半分回せるか?」
「ああ、大丈夫だ! 俺が行く。右半隊、続け!」
「ヂュ、お前は真中を突いてくれ。側面は第2と第3が固める!」
第7334槍兵木隊隊長のヂュ槍士は槍士になったばかりだ。若い彼は守りに入ると弱い。
だが、突進する時は3槍兵木隊の中で一番上手く木隊の力を引き出せる。経験を積めば、かなり使える様になるだろう。
それに、ヂュ槍士は一番年長で歴戦のジェ槍士を尊敬していた。ここは、彼に手柄を譲っても損にはなるまい。
「分かりました! よし、聞いたな! 我々に手柄を譲ってくれるぞ! 期待に応えろ!」
3個槍兵木隊は破裂音が響く中、更に戦果を上げるべく、突進と部隊の再編成を繰り返した。
敵もなんとかして、苦境を脱しようとしたのか、白い煙を出す玉の様な物を自分達の足元に撃ち出した。
その瞬間を目撃したジェ槍士はやっと、敵兵が使用している武器がどのような物か、おぼろげに理解した。破裂音はきっと、何かの作用で鏃を撃ち出す際に出る音だ。どの様な仕組みかは分からないが、これだけは言える。威力が無さ過ぎる。
1中時長(約9分)ほど過ぎると、少し離れた場所の敵鉄隊がなんとか混乱から脱しようとしていた。
潮時だろう。これ以上はこちらの損耗も大きくなる。
今も敵鉄隊内で意味不明な号令が飛び交い、再度陣形を組み上げつつあった。あの混乱状態から再起出来たのだから、少なくとも練度は高い。
だが、明らかに戦いには不向きな軍だった。
「リュ、ヂュ、一旦下がるぞ。第4から先に下がれ! 第2、第3が援護する」
「分かりました! よし、第4、俺の周りに集まれ!」
「第2! 左半隊、第4の前に入れ! 右半隊は敵を牽制しろ!」
「第3木隊! 第2の援護だ、急げ!」
「ジェ槍士、第4下がります!」
「ヂュ、下がりながら、敵の装備を何個か回収しろ。上が欲しがるだろう」
「は、そうします」
5小時長(約5分)後には、敵兵で立っている者は残っていなかった。敵兵で動ける者は仲間の助けも借りて、後退していた。身動きも取れず、その場に残された敵兵は200を超えていた。3個槍兵木隊で上げた戦果としては、かなり上出来だ。
ジェ槍士は敢えて追撃をしなかった。敵の攻撃も途中から激しくなっていたし、白い煙が目にしみる上に視界が極端に悪くなったので、突出してもろくな事が無い。
それにギュ剣士の命令も無く、追撃をしては、後々厄介になるだけだ。ジェ槍士は、『少しは大人にならないとな』、と自分に言い聞かせていた。
彼の昇進が遅い理由は色々と有るが、独断専行も理由の一つだった。ついついやり過ぎて、剣士や剣佐に目を付けられてしまう。折角、話の分かる剣士に恵まれたのだ。自分からこの環境を壊すつもりは無かった。
負傷した部下に手を貸して、突撃開始地点まで戻ったら、ギュ剣士が出迎えてくれた。本隊にも多少の敵が襲って来た様で、陣地の手前に十数体の死体が残っていた。ギュ剣士の鉄鎧にも返り血が付いていた。
「よくやった、ジェ槍士。引き際も見事だ。ところで、何人やられた?」
「ありがとうございます。二人やられました。奴らの武器は鏃を飛ばす仕組みの様です。我々でも多くを喰らえば、もちません」
「そうか、分かった。そう言う槍士も左手から血が出てるぞ」
「今、言われて初めて痛くなってきました」
そう言えば、戦いの後半で、左上腕部に痛みが走ったのは覚えている。
だが、痛みが耐えられる範囲以内だったので、無視していた。
「鋼隊長が連れてきた治兵木隊が後方で展開している。まずは鏃が残っていないか診てもらえ。今ここで、槍士に抜けられると、俺が困る」
「ありがとうございます」
「そうそう、これを持って行け」
そう言うと、ギュ剣士は自分の水袋をよこした。
「治士に俺からだと言って、渡しておいてくれ。もしかすれば、少しは丁寧に縫ってくれるかもしれんからな。先に送った負傷兵の扱いもましになれば、安いもんだ」
「皆の分もお礼を申し上げます」
「構わん。父親が持たしてくれたが、どうせ持っていても俺は飲めんからな。それに、もう一袋残っている。無事に帰れたら、木隊隊長全員で飲もう」
ギュ剣士に改めて礼を言いながら、ジェ槍士は心の底から思った。
『ああ、俺の運も、やっといい方向に向かっている。これだけ話の分かる、有能な剣士は滅多にいないぞ』
鏃は腕を抜けていた。昇水の力で、ほんの少しだけ丁寧に左上腕部を縫ってもらったジェ槍士は、出会った顔見知りの槍士全員と情報を交換してから、第7332槍兵木隊の陣地に向かった。
やはり、弱人の姿は誰も見ていない。『消えた弱人部族』の話は間違っていると考えても良さそうだ。
鋼隊は押し寄せた敵を全て撥ね返していた。第733剣士鉄隊ほどの戦果を上げた鉄隊は無かったが、最低でも敵の半分近くは潰していた。残った敵がもう一度やって来ても、兵力としては最初の攻撃の4分の1でしか無い。今回以上の兵力を集める必要が有るので、次に仕掛けてくるまでには、しばらく時間が掛かるだろう。
捕まっていた矮人どもがおとなしく、泥地に連れられて行く横を通った。全員の目が充血している。あの幼児が居た。母親と一緒だが、母親は幼児が自分にしがみ付いている事にさえ気付いていない様だった。その親子を身体で支えて歩いている集団が居た。よく分からないが、全員が同じ位の年齢の集団で、雄と雌が3人ずつだ。
『自分だけ助かりたいと思う奴隷よりは好みだが・・・』
そう考えた時に、視線を感じたのか、雄と雌がそれぞれ一人ずつこっちを見た。目が死んでいない。
『ほう、まだ心力が残っている。この地の矮人にもましな奴が居るんだな』
木隊に戻ると、治療中の間だけ木隊の指揮を任していたビョ槍兵がほっとした顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさい、ジェ槍士」
ジェ槍士が以前から思っていたことだが、やはり木隊が最小単位というのは不便だ。もう何世代も前から、木隊を右と左の二つに分けて運用する事はしているのに、未だに上層部は認めていない。おかげで、木隊の剣士、槍士、弓士が戦いの最中に死亡すると、その木隊の戦力は落ち込んでしまう。予備の木隊隊長の階級が必要だ。その予備隊長を左半隊の隊長にすれば、問題の解決になる筈だが、彼の様な下級指揮官の意見など、誰も耳を貸さない。今度、ギュ剣士に意見を言ってみよう。
「何か有ったか?」
「はい。ギュ剣士が、戻ったら話が有るとかで、来て欲しいと言っていました」
「分かった。他には?」
「特に有りませんが、リュ槍士とヂュ槍士が何回も来ていました」
「分かった。ギュ剣士に会った帰りで寄るとしよう。では、行って来るので、引き続き任せたぞ」
「はい」
あいにく、ギュ剣士は鋼隊長に呼ばれて剣佐鋼隊に出掛けていた。
仕方が無いので、第3と第4槍兵木隊に寄る事にした。第3槍兵木隊に第4槍兵木隊隊長のヂュ槍士が来ていた。
「おう、傷が浅くて良かったな」
「先ほどはありがとうございました。おかげで、我が木隊は全員無事に戻れました」
「良かったな、ヂュ槍士。何事も経験だ。リュ、心配を掛けたな。多少は痛いが、耐えられない程じゃ無い。それより、聞いたか? 敵の主力を破ったから、領土を広げる計画が出ていると噂を」
「ああ、聞いた。確かに勝ったが、領土を広げるには鋼隊だけでは足りないと思うがな。兵の数が500足らずでは無理だ」
「鋼隊長も反対しているそうだ。第74と第75剣佐鋼隊が増援に来るという話も出ているそうだが、相変わらず、上は現場を分かってない」
あからさまな上層部批判を聞いて、ヂュ槍士が驚いた顔をした。リュ槍士が笑って、彼の肩を叩きながら言った。
「ヂュ槍士、こんな奴だから、昇進しないんだ。戦歴だけでも、十分に剣士になっていてもおかしくないのにな。たいがいの剣士様が、問題を起こされるのが嫌で、すぐにジェを放り出すのも分かるだろ?」
「ええ、私が剣士でも放り出すかも知れません」
「おいおい、正直だな。だが、木隊の指揮を任せれば、こいつほど凄い奴は居ない。さっきの戦いで分かったと思うが、鉄隊の指揮だってこなせる筈だ。上手く使えば、こんなに使いでの有る木隊隊長は居ないぞ」
「褒めても、何もやらんぞ」
4年前から同じ鉄隊になる事が多かったリュ槍士とは気心が知れた仲だった。何度も一緒に死線をくぐった二人の間に遠慮という小難しいものは無かった。
「ところで、ギュ剣士が鋼隊長に呼ばれた理由は知っているか?」
「多分、今後の方針を決める為だろうな。聞いた話では、この鋼隊は将来、ギュ剣士が昇進した時に与えられる事を前提で編成されたらしい」
「それは初耳だ。誰からの情報だ?」
「悪い、勘弁してくれ」
「分かった。教えてくれただけでも助かった」
「まあ、そういう訳で、鋼隊長もギュ剣士の意見は無視できないのだろう」
そう考えると、タギラ砦でギュ剣士が言葉に含みを持たせた理由が納得できる。ある程度の情報は得ていたのだろう。
「それで、ギュ剣士はどっちの意見だ? 拡大派か? それとも現状維持派か?」
「分からんな。だが、少なくとも拡大派では無いと思う」
「何故だ?」
「最初に、鋼隊だけでは足りないと言ったのは、ギュ剣士の言葉を言っただけさ。本当の事を言えば、集将玉隊でも足りないと言っていたがな」
合佐鋼隊4個と合佐玉隊1個で編成される集将玉隊は2500人規模の兵力だった。言われて見れば、一つの砦は1個集将玉隊が受け持つ。未だにこの地の大きさを掴んでいない現状では、いくつの集将玉隊が必要かは誰にも分からない。
「ギュ剣士には昇進してもらった方が良さそうだな」
「ああ、その通りだ。ついでに俺らも昇進させてもらおうぜ」
ギュ剣士が戻って来たのは、2中時長(約18分)後だった。残念ながら、領土を拡げる命令が下ったそうだった。
その理由は皮肉な事に、彼らが勝ち過ぎた為だった。2個剣佐鋼隊がもうすぐ増援として到着するという情報ももたらされた。3個剣士鉄隊だけで敵主力を破ったならば、3個剣佐鋼隊もあればもっと戦果が期待できると考えたのだろう。
嫌な予感が再び、しかも前以上に大きく膨らんできた。
もちろん、それは正しかった・・・・・・・・・
お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m