第83話 自由の矛編4-06 「二の矢」
第83話を公開します。
20150811公開
*特に読み返す必要は有りませんが、第82話の一部で加筆しました。
あらすじ
巨人から奪った砦での生活が始まって24日目。
取り残された現代人は、異世界での生き残りの為にラミス王国への外交団を派遣する。
王族との会見に臨んだ外交団は、主導権を握る為に攻勢に出ていた。
11-06 『二の矢』 西暦2005年11月19日(土)昼
民間の外科医から自衛隊の医官に転身した佐藤静子三等陸佐は、独断と偏見もあるが医療における3大薬品発明は、『抗生物質』、『ワクチン』、『麻酔薬』だと考えていた。
そのうちの抗生物質は、守春香の協力も有り原始的ながらペニシリンGの精製に成功していた。
ワクチンに関してはラミス王国での伝染病が不明な為に保留状態だが、ラミス王国の文明の進み具合から考えられる機材生産基盤と我々の知識を組み合わせると何とかなりそうな予感がしていた。
もっとも、地球の最初のワクチンの様に、害の少ない「牛痘」と脅威だった「天然痘」の関係にある病気をこの地で確定する必要が有るので時間は掛かるだろう。無理ならば、長い時間を掛けて病原菌を弱毒化する為の継代培養をする地道な作業が必要となる。
貴志君の考えでは、ワクチンに関しては知識の提供と必要な技術的指導を行って主導権を得るだけに留める方が良さそうと言っていた。
問題は麻酔薬だった。
現代の主力麻酔薬のチオペンタールやプロポフォールを精製出来れば良いのだが、精製方法が全く分からなかった。
正直なところ、地球で初めて全身麻酔薬として用いられた華岡青洲の『通仙散』さえも奇跡が起こらないと作れないと半ば諦めていた。とはいえ、主成分だった筈のチョウセンアサガオは原産地が南アジアなので、ラミス王国内で手に入る可能が僅かとはいえ残されている。崖の上は1万年前の日本の植生と言う事も有り、その他の成分のトリカブトや当帰、白芷は日本でも自生していたからチョウセンアサガオの発見と同じくらいには可能性が残されていた。そちらは貴志君の根回しによって植物生理生態学の大前聡史教授に食材探しのついでに探して貰う約束をしていた。
もっとも、その他の素材の川芎と白芍は中国原産なので無理だろう。入手出来る素材でどれだけの効果を得られるかは、嫌になるほどの臨床実験を繰り返すしか無かった。
だが、『通仙散』もどきは本命の麻酔薬の開発に失敗した際の保険としての材料集めに着手しているだけだった。
この地で作る本命の麻酔薬は最初からジエチルエーテルだった。
吸入麻酔薬に笑気ガス(亜酸化窒素)を使い、維持麻酔薬にジエチルエーテルを使うのが一番無難だろう。
『抗生物質』、『ワクチン』、『麻酔薬』には少し劣るが、『モルヒネ』も重要だった。
守春香こと、ハルちゃんが最初に訪れた砦で集めた情報によれば、中毒性がかなり強い鎮痛剤がラミス王国にも有るそうだが、特徴から考えると多分『アヘン』か『ヘロイン』だろう。
モルヒネの精製は、地球で初めてモルヒネを精製したフリードリヒ・ゼルチュルナーの伝記を読んだ事が切っ掛けで、それなりに調べた事も有るので、触媒さえ手に入れば可能と思う。
そして、ペニシリンGと麻酔薬、更にはモルヒネを安定して精製出来る様になれば、戦時下のラミス王国に対しては、かなりのアドバンテージになる筈だった。
「なるほど。其の方の言う通りならば、その技術の価値は認めざるを得んな。ネキフィス、最近行われた戦闘で発生した戦死した者と負傷した者はどれほどだ?」
「先の前穫期に行われた遭遇戦で戦死10、負傷者29です。その内、現在までに前線に復帰した者は10を超えていません」
「まあ、そんな所だろうな。確かに魅力的な提案だ」
ここで貴志君が口を挟んだ。
「ただし、問題が有ります」
「申してみよ」
「我々が持っている技術をそのまま提供する事はお断りします。もちろん、我々が使用する分を回す事によってごく短期間ならば可能ですが、こちらもグザリガ族との戦いが有り得ますので、自分達が使用する分を減らす事は容認出来ません」
「では、どうするのだ?」
「この地で新たに作ります。また、作るまでの時間を使って、貴国の医療に係わる人間をこちらに派遣して貰えば、教育を施す事もお約束致しましょう」
「お主、何を企んでおる? 初手からこれ程、手の内をさらけ出した上に譲歩をするからには何か魂胆が有る筈だ」
「まずは貴国の製鉄及び金属加工技術の提供を受ける為です、王よ。その他にも食材の導入、更には移民の提供と言ったところでしょうか?」
「大きく出たな。確かに負傷した兵の治療による戦力の増強は魅力的だが、今言った要求には釣り合わん」
「こちらの手札はまだ全て出しておりませんからね。次の提供はこの地の情報です」
「ほう、この地の情報とはまた異な事を。むしろ其の方が必要では無いのか?」
「王よ、この図をご覧下さい」
私はバインダーから1枚のA4普通紙をテーブルに滑らした。
それは崖の上から平野を撮影した写真だった。
反応は絶大だった。
「これは、まさかタグィリラル砦か?」
「ええ、その通りです、王よ」
貴志君は平然と答えたが、再度のオーバーテクノロジー攻勢を受けたラミス王国側は動揺を隠しきれなかった。
最初に出された負傷兵の10枚の写真に関しては軍事的価値が無かったので、何とか動揺は抑えられた様だったが、この写真は違う。
高さ500㍍の崖の上から見渡せる距離は80㌔を超える。
崖からタグィリラル砦までは14㌔程しか距離は無い。
当然ながら、その写真にはバッチリとタグィリラル砦がやや右側に写っていた。
そして、写真の中央には巨人の砦が写っていた。
「この1枚の図だけでも、貴国が欲しがっている情報が詰まっていると思いますが、如何でしょうか?」
敵国の前線に隠されれている後方の情報が一目で分かる写真だった。
食い入るように見詰めているラミス王国側の反応は当然だった・・・・・・
如何でしたでしょうか?
mrtkは医学に関しては専門外ですので、もしかしなくてもその方面の専門家から見ればツッコミ満載な回かも知れません(^^;)
専門にしておられる方の意見を聞きたい様な聞きたくない様な複雑な心境になる今日この頃です(^^;)
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