こんな夢を観た「岩戸のお宿」
深い森を貫くようにして伸びる一本道、わたしは祖母に手を引かれている。
「むぅにぃや、夜道が怖くはないかい?」祖母は時々振り返ると、優しく声をかけてきた。
「ううん、ぜんぜん。だって、おばあちゃんといっしょだから」祖母の温かな手を、わたしはしっかりと握り返す。
「そうかい、そうかい。もうじき着くからね」
森の出口には、天まで届くような2本のスギの木が構えていた。わたしたちはその間を通って、岩山へと出る。
「この岩戸はちいっとばかり狭くてな」祖母は、岩山にぽっかりと空いた暗い穴の前にしゃがみ込んだ。「ここからは手をつないだままではよう歩けないから、後からついてくるんだよ。途中、枝道がいくつもあるけど、ばあちゃんとはぐれないようにな。慌てず、ゆっくり行けば心配ないから」
「迷子になったら、ちゃんと待っててくれる?」少しだけ不安になって、そう聞く。
「ああ、きっと待ってるから。だから、安心して歩いておいで」
わたしは、ようやく祖母の手を離した。
祖母が岩の裂け目に潜った後も、しばらくの間、立ち止まって覗き込んでいた。真っ暗で、差し出した自分の手さえも見えない。
奥から、「むぅにぃや、さ、入っておいで」とくぐもった声が聞こえる。わたしは、身を低くしてにじり入っていった。
ぞくっとするほどの冷気が体中に染みてくる。触れる周囲の岩肌は、まるで絹のように滑らかだ。つるつるとして、慎重に足を運ばなければ、たちまち転んでしまいそう。
「おばあちゃん、どこ?」わたしは呼んでみた。
「ここにいるよ」ほとんどすぐ前から返ってくる。
「足が滑りそう……」わたしが言うと、
「なあに。転ぶまいぞ、そう心に念ずれば、決して滑ったりしないもんだよ」
わたしは心のなかで、「転ばない、転ばない」と強く祈った。
不思議なことに、おぼつかなかった足元がしゃんとする。
先を行く祖母のかすかな足音を頼りに、奥へ奥へと進んでいく。
「ここは三叉になってるから、気をつけるんだぞ」祖母が注意を促す。「真っ直ぐな、真っ直ぐ。曲がったりしないように」
「うん……」わたしは、左右の岩をなでながら歩いた。祖母の言う通り、洞窟は3方向に口を開けている。
わたしは真ん中の道を手で探り、進んだ。
「こっちでいいんだよね?」
「そうそう。そのまま、ついておいで」祖母の声に、わたしはほっと息をつく。
ほのかに光が差してきた。目を凝らせば、前を行く祖母の姿が闇夜のカラスほどに感じられる。
「もうすぐ、出口だからね」祖母が言った。
だんだんと明るくなり、わたし達は窮屈な岩の通路を抜ける。苔むした石畳の広場だった。
空は薄桃色に輝き、辺りを照らしている。朝でもない、昼でもない。さりとて、夕暮れとも違う、調和の取れた明るさだ。
木の温もりも柔らかな門が立ち、格子戸がはめ込まれている。
祖母はからからっと戸を引いた。ずっと奥まで、板敷きの廊下が続いている。
わたし達は、上がりかまちに腰掛けて靴を脱ぎ、並んで廊下を歩いていった。
廊下には部屋が等間隔で並んでいて、それぞれ戸の上には部屋の名を書いた木札が掛かっている。
「ばあちゃんの思い出の間」という部屋の前で、祖母は足を止めた。
「はあ、やっと着いた。ここが、今日からばあちゃんの部屋だよ」祖母は安らかな笑顔を浮かべてそう言う。
「一緒に住んでもいい?」わたしが聞くと祖母は首を横に振った。
「むぅにぃや。ここには、ばあちゃんしか入れないんだよ。お前はこのままお帰り」
わたしはびっくりしてしまい、今にも泣きだしたい気分なった。
「だって、せっかくここまで一緒に来たのに。何で?」
祖母はわたしの頬を両手で包み込む。皺だらけでかさついていたけれど、とても暖かった。
「この場所を、お前に知っておいて欲しくってね」祖母は言う。「ばあちゃんは、この部屋からいつまでもお前のことを想い続けているよ。だからね、むぅにぃや。お前も、ほんのたまにでいい、ばあちゃんのことを思い出しとくれな」
わたしは黙ったまま頷いた。声に出すと、涙がこぼれてきそうだったから。




