最後の調理実習 @ 子猫 夏
我が校において、家庭科という授業は高校一年の間のみである。
そして、一年最後の調理実習は、すなわち高校最後の調理実習であった。最後だから、と家庭科の先生は寛容な言葉を放たれた。
「好きな物を好きなだけ作っていいよ(ただし時間内に作れよ)」
……括弧内が一番心がこもっていたのは、きっと気のせいであろう。
クラスで分けられたグループ五つ。それぞれ、作りたい物を自由に作る。
とても素敵で、なおかつ難しい事であった。調理に慣れない生徒たちが、時間内に作らねばならぬ。レシピを必死に調べ(クック〇ッド大活躍)、生徒たちは中華和食洋食はてまて巨大ケーキまで、様々なものを作った。
私のグループは、何故か男子らが「ホットケーキ食いたい」と申したので、ホットケーキである。
しかし、ホットケーキである。粉と卵と牛乳と……量って混ぜて、焼けば終了。つまらぬ、非常につまらぬ。
しかも、私が、
「じゃあ、粉と砂糖と――、買う人を決めないとね」
と言うと、グループの皆が、
「じゃあホットケーキミックス買う人ー」
などと申し始めやがった。
ホットケーキミックス。なんとその中には、小麦粉・砂糖・卵と、お菓子を作るのに必要なものがほぼ入ってしまっている、作り手を堕落させるシロモノである。
最近では、ホットケーキミックスでお菓子を作ろう!とかいうレシピ本が大量に置かれているのだが、なぜかそこに載っている材料が、
〇蒸しパン
HM
牛乳←
卵←
……などとあり、一体何のためにホットケーキミックスを使うのか分からぬ。小麦粉でいいではないか。
そんなことを考えるのは、普段からホットケーキミックスを使わない私だけであるようで、
「え? ホットケーキミックス、使っていいよ」
軽く、家庭科の先生に承諾されてしまった。あなや。
粉を混ぜるのがいいんじゃないか。
卵と粉を必死に混ぜるのが楽しいのに、ホットケーキミックスじゃつまらん!
……そんなことも、皆は考えないようで。私が異端であった……嗚呼。
さてはて、とはいえここであきらめる私ではない。
ホットケーキだけ作る……そんなことに、してたまるか。何故かって、ホットケーキだけだと、「混ぜる」「焼く」という二役しかできないからだ!
グループは五人。暇な人を作るのは、なんとなく嫌だ。
というわけで。
「――では! 我が班はホットケーキとあんドーナツを作る事にいたす!」
「応!」
ちなみに、あんドーナツはホットケーキミックス製だ。
* * *
最近のホットケーキミックスというのは、牛乳と卵を入れねばならぬらしい。何と言う事だ。それを知らなかったので、牛乳しか当日持ってこなかった……。
グループの男子が、不思議そうにホットケーキミックスの袋を指差し、
「なあなあ、ホットケーキミックスに卵いれなきゃいけないらしいけど」
「牛乳入れてね」
「卵は?」
「牛乳入れてね」
「……たま……」
「牛乳入れてね」
卵が無い分、牛乳の量を少し増やし――ほとんど誰も経験がないというのに、目分量――、ホットケーキの生地っぽい液体ができた。
よし、こちらは良い。問題はあんドーナツだ。
我がグループ、男子が三人、女子が私を入れて二人だったのだが、女子二人であんドーナツ生地を必死に作る(目分量)。
少しずつ牛乳を足し、ギリギリ手で丸まるくらいの生地にする。全ては私のかすかな記憶と、もう一人の女子のカンである。
レシピ通りにヘラで混ぜても、さっぱり固まらない。やがて私ともう一人の女子――仮にA子としよう――は、暴挙に出た。
手で捏ねる。絶賛ノロ流行中だったが、問答無用で手で捏ねる。すると、簡単に生地が纏まった。
「ふっ……完全勝利だッ!」
「やったね!」
私とA子は、生地でベタベタになった手でハイタッチ。お菓子作りにロマンとか理想を求めてはいけない。
大概、女子は泥だらけになりながら、必死に作っているのだ……!
そうして、あんドーナツを揚げる準備だ。すでに隣のコンロでは、ホットケーキが焦げていた。……失敗は成功の母。二枚目は成功するだろう。
油を鍋にドバッと注ぎ、温める。時間がかかりそうなので、その間にあんドーナツを成形する。これがなかなか難しい。
広げすぎると真中が破れてしまうし、かといってしっかり端を伸ばさねば、あんが入らぬ。
必死に生地を伸ばす手に、再びくっつくベタベタ生地。私とA子は、黙ってホットケーキミックスの粉を手に振った。
あんドーナツ、さて揚げよう。という頃には、ホットケーキは大体焼き上がっていた。あのことわざの通り、二枚目からは上手に焼けていた様だ。
口にホットケーキを挟みつつ、私とA子はあんドーナツを鍋に放る。始めは沈んでいたドーナツは、しばらく経つと浮き上がってきた。女子二人で顔を見合わせて笑いあう。何とかなりそうだ。
入るギリギリまでドーナツを放りこんだため、一気に膨らむドーナツが押し合いへし合いしていたが、それもまた、ドーナツにとっていい思い出だろう……。
揚げ終わったドーナツは、人の拳大にまで大きくなっていた。私とA子は幸せそうな顔だった……さながら、息子の成長を喜ぶ気持ちである。
一回では五個しか揚げられない。十二個作ったので、後二回は揚げ作業だな……と思っていたら、
「入るんじゃね?」
「……もう少し火が強くても」
という、適当理論で生きている男子二名が、無理にドーナツを押しこみ、火力を上げた。やめてください(切実)。
幸いにも、焦げないで全て揚げられた。
しかし。
我がグループ、五人でホットケーキ十枚、あんドーナツ十二個作ったわけで。
甘いものばかりな上、あんドーナツの大きさは凄まじい。腹にも溜まる。
机の真中に居座ったあんドーナツ様を、五人で神妙な顔をして睨む。
「……どうしようか」
「誰かもらってくれるかなあ」
「……こんなでかいのを? お腹いっぱいな状態で?」
問題は、他の人々も調理実習で腹いっぱい、というところにあった。薦めても「いや、お腹いっぱいだから」という断りの返事ばかり。
少々落胆しつつも、私は仲の良い女子一人に、あんドーナツを捧げに行った。物凄く幸せそうな顔であらせられた。
「おいしい、おいしい」と食われれば、作った私も幸せというものだ。
その後、私は決死の覚悟で家庭科の先生にあんドーナツを捧げに行った。
「きっと断られるけど、逝ってくるよ」
「が、頑張れ!」
「生きて帰ってね!」
ノリのいいグループである。確実に死亡フラグが立ったなあ、と感慨深くなりつつ、恐る恐る先生に、
「あの、先生――。これ、良ければ召し上がってくださいませんか」
絶対断られる、と思った。何と言っても、先生は授業中にぽつりと言ったのだ――。
「ダイエット、中なの」
これで、先生の性別も分かったというもの。そう、先生は――
男の先生である!
すみません嘘です、女の先生です。
しかし、彼女はあんドーナツを受け取ってこう言った。
「ありがとう! 実は私、あんドーナツ好きなのよ!」
なんと、受け取ってくれたのだ。ダイエット中なのに。
揚げ物なのに。
申し訳ないが、先生のダイエットは失敗だろう、と勝手に思った。
そうして、二人の受取先を見つけた私たち。残るあんドーナツは、二つである。
五人で悩んでいると、後ろの机で調理をしていたグループが、
「何何? あんドーナツ? 美味そう」
と身を乗り出してきた。
すかさず我がグループの男子が薦める。
「食っていいよ、むしろ食ってください」
そして、私があんドーナツを紙ナプキンで包んでそのグループに運ぶ。すると――
「わーい」
「やったね」
「いただきます」
手を出した人が、三人。
彼らは一瞬にらみ合い、そのままにこにことこちらに手を出してきた。
なんとまあ、皆欲しいと言ってくれている。手をひっこめたり出してきたりと忙しいので、私は大声を出した。
「欲しい人!」
本当に、嬉しかった。
そのグループ全員が、手を上げてくれたのだ。
とはいえ、余ったあんドーナツは二つなので、一つを五等分してくれ、と差し出した。
残る一つも簡単に売れた。また他のグループがくれくれ攻撃をしてきたのだ。
それにしても、さっきまで「お腹いっぱいだから食べられない」と言っていた者たちが、何故急に食べたいと言い出したのだろうか。甘いものは別腹、というのは男子にも当てはまるらしい。
* * *
調理実習が、片付けまで終わって。
教室に戻るときに、色んな人が声をかけてくれた。
「あんドーナツ、美味しかった! 超美味かった!」
そんな風に。
たとえ、ホットケーキミックスを使ったお菓子でも。
牛乳の微調整を目分量でやっていても。
できあがったお菓子を、「美味しい」と笑顔で頬張ってくれるのは、嬉しい。特に、今の我がクラスは――みんな、幸せそうに食べてくれるから。
だから、普段は面倒だと言って、作ろうともしないお菓子を、バレンタインで作っていったのだなあ、とも思う。
お菓子をくれた人には、笑顔でこう言ってみよう。
美味しかった! ごちそうさま!
と。
* * *
ホットケーキの作り方……は、たぶんホットケーキミックスの袋に載っていたりするし、個人の好きな配分もあるので割愛します。
一つだけ――ホットプレートで作ると、作りやすいよ!
あんドーナツ。
これもまた、個人の好きな――すみません、ただ面倒なだけです(おい)。
一応、載せましょうか。ホットケーキミックスを使った時の、あんドーナツ。
ホットケーキミックス、200g。
牛乳、150+αg。(少しずつ足して、手で固まればOK)
※g、はml、もしくはccです。
なんて適当……ごほん、簡単なのでしょうか。
ホットケーキミックスを、ボウルにどばっ。余裕があるボウルだと嬉しいですね。ちなみに、ホットケーキミックスの場合はふるいにかけなくても大丈夫です。小麦粉から作るなら、何でもふるいにかけましょう。その場合、砂糖も一緒にふるいにかけると◎。
牛乳を――一応、どばっ!ではなく、少しずつ入れましょう。たぶんヘラで混ぜてても纏まらないです(卵を入れた場合は固まるはず)。ここでは、エッセイに載せた無理くりあんドーナツについて載せます。
手で捏ねます。捏ねます。諦めずに捏ねます。かなり固いですが、それでOKです。牛乳入れすぎると、ホットケーキになりますよ。
丸めた時に、ひび割れがばきばき、という状態でなければ、大体OK。
あんドーナツを成形。
これについては、私が偉そうに説明できるものではありません。特大ドーナツ作ってしまったし。
生地をうすく広げて、あんを包む――としか、レシピには載っておりませんし、ねえ。
これは、どうやら慣れ、経験が必要な様です。
次、油。
鍋にたっぷりの油を入れて、火にかけます。温度は、レシピだと170℃と載っておりますが、ぶっちゃけ温度の測り方なんて知りません。お箸を入れて、ジュッ!となれば良い、と書いてありますが……。
ウソです(と経験から)。
普通の揚げ物と同じ感覚でやると、焦げます。なぜならホットケーキミックスは砂糖が多いから。
生地をすっごく小さく千切って、油の中に入れましょう。いったん底まで降りて、ふわぁっと油面に上がってきたら頃合いです。さあ、あんドーナツを投入だ。
勢い良く入れると、油が飛び散って火傷するので気を付けましょう。
十分くらい揚げます。キツネ色になって美味しそうですよ~。写真あれば良かったな……調理実習中、カメラを回す余裕はありませんでした。
揚げ終わったあんドーナツは、クッキングペーパー、紙とか新聞紙とか――油を吸い取るものの上に乗せましょう。油を落とします。
後は、火傷しない温度に覚めてから食べるのみです。猫舌の人は気を付けましょう。