彼の祖父の船上シチュー @ 饕餮
かれこれ二十数年前の事。
「じいちゃんがあのシチューのレシピ教えてくれるってさ」
彼にそう言われて彼の家に行ったのは、プロポーズされた数日後の事。
彼の祖父はその昔、外洋航路や豪華客船の料理人をしていた人で、とても料理上手な人だった。
飛行機で世界を移動、なんて時代ではなく、船で世界を移動していた時代。船内での楽しみと言えば、トランプ等のカードゲームや、チェス等のボードゲーム、そして料理くらいしかなかったのでは、と思う時代の料理人だった人。
その人は無口な人だったけれど、『教えて下さい』と言った料理はだいたい教えてくれた。けれど、唯一、彼の家で出されるシチューだけは中々教えて貰えなかった。
なのに、今回それを『彼と結婚するから』と言う事で教えてくれると言うのだ。
そのシチューは、シンプルだけど素材の味が生かされている、とても優しい味のシチューだった。そしてその味が、私は大好きだった。
彼の祖父が料理人をしていた頃は、現在のようにベシャメルソース(ホワイトソース)の缶詰やレトルトなんてものがなく、ルウを最初から作る時代。
だから、ルウを作るのにも手間隙がかかる。
それでも。
教えて貰える事はとても嬉しくて、彼の家の味をまた一つ覚えられる事が楽しかった。ルウを少し失敗してしまったけれど、それでも彼の祖父は「初めて作ったにしては上出来だ」と誉めてくれたし、味も「これなら」と合格を貰えた。
――この一年後に彼は白血病になって亡くなった。結婚間際だったし、シチューも数回しか彼に食べさせてあげられなかったのが残念だけれど。
それでも、私にとっては、今は亡き彼との数少ない大切な思い出のひとこまであり、思い出の料理の一つであり、我が家の味になった料理の一つ。
市販のルウもいいけれど、たまにはルウから作るシチューは如何でしょう?
野菜とお肉の味が感じられる、何処か懐かしい味のシチューです。
レシピ
目分量なので、まあ、だいたいこんな感じかな、と言う分量を載せておきます。ご家族の人数によっては増減して下さい。
*材料*(だいたい、6~8皿分)
・小麦粉 50g
・バター 50g
・鶏モモ肉 1枚
・鶏骨付きモモ肉 300g
・人参 1本
・じゃがいも 2~3個
・玉ねぎ 2~3個
・牛乳 コップ1~2杯
・塩 適量
・胡椒 適量
・お好みで、ベーコン、スイートコーン(ホールタイプのもの)、ブロッコリー等を入れてもOK。鶏肉の代わりにシーフードを入れても美味しいです。
・骨付きモモ肉がなければ、手羽元でも構いません。
*作り方*
1 鶏モモ肉を一口大に切る。じゃがいも、人参も一口大に切る。
2 鶏肉を鍋に入れて多めの水を入れて火にかけ、あくをとりながら鶏肉に火が通るまで煮る。同時に、別の鍋にじゃがいもと人参を入れて多めの水を入れて火にかけ、あくをとりながら煮る。煮汁は使うので、捨てずにとっておく事。
3 別の鍋に小麦粉とバターを入れて弱火にかけ、焦げないように木ベラで混ぜる
4 3に、2の煮汁を少しずつ入れながらのばして行く。入れすぎるとダマになったり分離したりと失敗するので、お玉一杯弱くらいずつ入れ、滑らかになるまでのばす。
・分量的には最初の5倍以上位にはなってます。ここまでのばして下さい。
5 のばしたら、2の残った煮汁ごと4に入れ、玉ねぎと不足分の水を入れてホワイトソースが全体に行き渡るように混ぜる。
煮汁の残り具合によっては、水はいらないかも知れません。
6 玉ねぎがしんなりしてきたら牛乳を入れ、塩、胡椒で味を整える。
7 煮たったら火を弱め、時々かき混ぜながら15~30分程煮る。煮すぎるとジャガイモが崩れるので注意。
・小麦粉とバターですが、一応グラム数を載せてはいるものの、基本的には1:1で使います。
・もしダマが出来てしまっても、煮ている途中で溶けるので、あまり気にする必要はないです。
・もしシチューが余ったら、簡単バターライス(ご飯にバターを入れて混ぜるだけ)を作って上にかけ、溶けるチーズを乗せて焼けばドリアになるし、同じようにマカロニを茹でて混ぜ、チーズを乗せて焼けばグラタンにもなります。
ドリアにもグラタンにも出来ない量であれば、茹でたジャガイモを潰し入れて混ぜ合わせ、コロッケにする事も出来ます。
・骨付き肉を入れるのは、ダシを取る為。なので、他のシチューのようにブーケガルニを入れたり、固形ブイヨンを入れたり、と言う事はしません。味付けも、野菜やお肉から出た旨味と、塩胡椒のみ。
市販のと比べたら味の濃さに不満があるかも知れませんが、市販のと違って味が固定されている訳ではないので、自分好みの味に出来ます。
・お肉も一度煮ているのでとても柔らかくなっているので、食べやすいです。