『チャオプラヤー川の夕日』……特別予告編!
大方の予想に反して、日増しに赤シャツデモ隊と軍隊の衝突は激しくなっていった。戦闘地域では、もはや市街戦と言えるほど過激な撃ち合いを繰り返している。
午後二時頃、私は自宅から二百メートルほどの場所にある、セブンイレブンに向かった。そのセブンイレブンは、ラングナーム通りに面した角にあり、危険を感じたのか、入り口だけ開けて窓は全部シャッターを降ろしていた。
そういえば、真っ昼間だというのに、通りにあるほとんどの店がシャッターを閉めている。そのせいか、街全体が異様な雰囲気に包まれていた。
店に入ると、棚がスカスカになっていた。ほとんどの商品が売り切れている。しかし、なんとか当座の食料を確保することができた。
効きすぎるぐらい冷房の効いたコンビニから出ると、あまりの暑さにクラッとした。そして、歩道に足を下ろそうとした時、陽炎立つアスファルトの通りに走り込んで来る兵士の一団を、蜃気楼のように私は見た。
M16を水平に構えて、近づいてくる。軍の一個小隊が、何でこんなところに……そう思った瞬間だった!
兵士とは反対の方角から、パンパンパンパーンと銃声が聞こえた!
いや、聞こえたなんてもんじゃない! ビューンというアスファルトに当たった弾が跳ね返る音が轟き、耳がキーンとなった。銃弾が、私の目と鼻の先をかすめたのだ!
間髪を入れず、兵士も応戦した。
ヤバイ! 私は反射的に物陰に身を寄せ、片膝と両手を地面についた。しゃがみ込んで、あたりの様子をうかがう。オレンジ色のタイル張りの床が、焼けるように熱い。
兵士が背を低くして、ダーッと走ってきた。
周りにいた人たちもびっくりして、慌てて物陰に隠れた。私もますます背を低くして、最後は地面に伏せるような姿勢をとった。
恐怖の中、私はバカバカしいほど冷静に、自分を客観視していた。
こんなところで、俺はいったい何をしてるんだろう? タイくんだりまで、なんのために来たんだろう?
日本にいれば、今頃家族に囲まれて、平和な日常生活を送っていたはず。心配事といえば、いつリストラされるかとか、健診でガンが見つかるんじゃないかとか、そんな他愛もない悩みで、銃で撃たれるかもしれないという死の恐怖は、映画やゲームの中の出来事でしか有り得ない。
『日本は、平和だったな~』
ゴキブリのように這いつくばりながら、今の状況がまるで他人事であるかのように、私は日本をなつかしんでいた。
微笑みの国、タイ。
癒しの街、バンコク。
それが一転、銃撃と惨劇の街に!
常夏の楽園が、いったいなぜこんなことになってしまったのだろう?
最初は誰もが楽観視していた。
日本人カメラマンが銃撃された、あの日までは……。