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第一章 おばあさんとニシキヘビ(十月十四日、金曜日発)

      緊急報告!『タイ、大洪水』

                         続真明・川瀬白帆(共著)


 私の名は、 続真明(ツヅキ・マサアキ)

 ♂独身。1997年からバンコクで暮らしています。

 年齢は……まぁ、そろそろ白髪が気になりだした頃とだけ記しておきます。


 日本企業が被害を受けたこともあって、タイの大洪水が日本でもニュースになっていると聞き、それならば私がバンコクから実情を緊急報告しようと思い立ち、ペンを取りました。

 今後は大洪水に限らず、タイ在住でなければ書けない話題を取り上げて書いていこうと思っているので、ぜひお付き合いください。



  第一章 おばあさんとニシキヘビ    (十月十四日、金曜日発)


 昨日はすごい雨が降り、今日もさっきまで降っていた。

 日本人には想像もつかないような、滝のような雨……いや、近頃は地球規模の異常気象の影響か、日本でもスコールもどきの雨が降るようですが、ともかく、ノアの方舟を彷彿とさせる大雨が、例年なら雨季が終わり、とっくに乾季を迎えたはずの今月になっても降り続いています。


 どこのダムも限界を越え、水を放出し、田んぼも畑も水浸し。バンコクは水没の危機に瀕しています。正確に言えば、市内もチャオプラヤー川と細い運河の周辺では、すでに浸水が始まっている。


 私は、マンションの九階で暮らしているから、自宅が水没する心配はない。しかし、一階部分が水に浸かれば、電気がやられ、エレベーターが止まり、水道も出なくなる。ガスはプロパンだから大丈夫かもしれないけれど、トイレが使えなければ生活できない。

 そうなったら、カンボジアのカジノへ遠征して羽をのばしてこようかと、ギャンブル仲間と相談したところです。最近ずっと働きづめだったから、いい休暇になるだろう。


 バンコクが浸水するかどうかは、大潮と重なるこれから週末にかけてが山場だという。でも、私は月曜日に通訳の仕事があるから動きがとれません。警察がらみのややこしい仕事なので、キャンセルできないのです。


 タイの洪水は、日本の洪水ほど激しくない。水がどっと押し寄せるのではなく、気が付いたら水がひたひたと足元まできていたという感じ。深刻さで津波とは比較にならないから、恐怖感は薄く、呑気なもの。

 スワンナプーム空港までは、高架橋の高速道路が通じているから、洪水でもなんとか行けるだろう。でも今日の午後から、欠航が出始めたようだ。

 うちの近所のデパートの横から、国境を越えてカンボジアへ行くバスが出ているから、それに乗ってもいい。

 BTSモノレールは、水がきても大丈夫。

 地下鉄は、入り口を地盤から二メートル上げて作ってある。いったん階段を上がってから降りる構造になっているから、一時的に止まることはあっても大丈夫だろう。


 よく調べると、バンコクの洪水は二十年に一回ぐらい起こっている。二十五年ぐらい前にこの辺が冠水して、舟で避難している様子を撮った写真を見たことがあります。

 自然災害とはいえ、これは政府の怠慢だ。土嚢を積んだり、ポンプで水を川に流したり、その場しのぎの対策はとっても、根本的な対策がとれない。

 スーパーやコンビニから、水とカップラーメンが完全に消えた。なにしろ政府が買いだめを奨励しているのだ。ニュースでも、アナウンサーどうしが「カップラーメンをもう買いましたか?」などと、挨拶がわりに話している。

 生鮮食料品も不足して、レストランは営業しているけれど、付け合わせの野菜の量が極端に減り、便乗値上げをしている店もある。


 こういう時、タイ人はまず自分のことを第一に考える。他人のことは考えない。だから、不足した品物を個数制限して販売するという発想はないし、金持ちはごっそり買い込んでいく。

 私も、米(日本米)はじゅうぶんにあるけれど、ミネラルウォーターは1.5Lのペットボトル七本しかストックがない。それしか買えなかったのです。ジュース類はいつも通り売っているから、水分が補給できなくなる心配はないけれど、水とカップラーメンの棚だけ空になったコンビニの風景は異様です。

 保存食は色々あるのに、なぜカップラーメンなのか、私にもよくわかりません。安藤百福さんがこの光景を見たらどう思うか、聞いてみたい気もする。


 今年の雨季は、降雨量が例年より格段に多かった。一か月ぐらい前から、川と運河の水位が徐々に上がりだしました。

 特に特徴的だったのは、各地で土砂崩れが多発した。それは森林の伐採、自然破壊が進んだからだと問題視された。

 雨はさらに降り続き、乾季に入ったはずの今月になってモンスーンが発生し、東南アジア一帯が大打撃を受けた。フィリピン、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、インドネシア……タイより被害が深刻な国もある。


 対策をとらなければと、あわててインラック首相が被災地の視察をしたけれど、政策的なことは何もできませんでした。インラックには、掛け声をかけても皆が従うほどの存在感がなく、そのままズルズルと現在まできてしまいました。

 ただし彼女は、被災者たちに救援物資の入った袋をくばるパフォーマンスだけは抜け目なくやっています。重要な政策会議をキャンセルしてまで、頻繁に被災地に出向き、その様子を毎回バッチリ報道させています。

 本来なら、そういった活動は王族の勤めであり(実際政府とは別に、王族は慈善活動を行っている)、一国の首相には、もっと重要な役どころがあるはずと私は思いましたが……。


 気が付いた時には、アユタヤのあたりで、もうあと五十センチで水が堤防を越えますと報道される事態になっていた。

 タイは、海から百キロ以上内陸のアユタヤでさえ、海抜が一メートルとか二メートルとかしかない。大潮の時には、海水がアユタヤのあたりまでチャオプラヤー川を遡るという。

 急いで一メートルぐらい土嚢を積み、いったんは水が止まったように見えた。ところが翌日の新聞を見たら、アユタヤの有名な遺跡群がどっぷり水に浸かっていた。ひどいところは家の二階部分まで、三メートルぐらい冠水している。重要な文化財が保管されているお寺がどうなったか、心配です。

 死者は今までのところ、二百五十八人。その多くは土砂崩れによるものでしょう。


 アユタヤには、日本の工場が多数進出している工業団地がある。そこの惨状は、日本でも報道されている通り。ホンダなどは、年間の収支を下方修正しなければならないほどの事態となりました。

 政府の対策として、工業団地の周りに二メートルの壁を作ることになったけれど、もちろんそれには何年もかかります。


 当初はなんとかしのげる、浸水には至らないという噂もあったが、結局工場の従業員も家族も避難した。洪水が多いとわかり切っている国で、なぜこんな事態となったのか? 

 おそらく工場を作る際に、またいつもの調子でタイ人が、全く根拠のない自信を持って、絶対大丈夫と言い張ったのでしょう。

 経済はいたって順調だけど、自然災害と政情不安においてリスクのある国。日本の企業が進出する際には、それを覚悟する必要があります。

 アユタヤを水没させた洪水が、下流にあるバンコクに向かって今現在押し寄せつつある。この先どうなるのか、私にもわかりません。


 タイのテレビを見ていると、こんな惨状の中でも、楽天的で、お気楽極楽なタイ人を象徴するようなニュースが流れています。今回は、そんな日本では考えられない、洪水に関連したユニークなエピソードをいくつか紹介しましょう。


 アユタヤのある小学校での話。ニュースで、今日から水泳教室が始まりましたとやっていた。

 洪水で校舎が水没し、授業ができなくなった。先生方は開き直ってしまったのか、突然水泳教室をやると言いだしたのです。

 といっても、もともとタイの学校にプールはない。なんと洪水の中で、教師が子供たちに水泳を教えていました!

 レポーターが子供たちにマイクを向け、「どうですか?」と聞いたら、みんな「楽しい!」と答えました。こういうやり方もあるのかと、関心するやらあきれるやら……。


 洪水の水は汚い。汚水や動物の死骸、ここは熱帯だし、水が引いてからも感染症が心配される。わけのわからない寄生虫もいる。そんな水の中で、子供たちを泳がせていいのだろうか?

 そういえば、洪水の影響でヒル大発生のニュースも流れています。

 タイではみんな、半ズボンにサンダル履きです。移動するために、洪水の中を歩いて岸に上がると、脚に無数のヒルが張り付いていることがある。中には十センチぐらいの巨大なヒルもいて、映像を見ただけで気分が悪くなりました。


 また、冠水した街の中を二、三人のファラン(西洋人)が流されていく映像がありました。

 彼らはそれぞれ海水浴用のエアマットに寝そべり、片手にビールを持ち、カメラに向かってビールを掲げ、乾杯のポーズをとり、ニコニコしながら、そのままプカプカと通りを流されて行きました。


 そして、極めつけの話がこれです。このニュースは、タイではずいぶん話題になりました。

 深夜、洪水で水没した村をパトロールしている警察の舟に同行したテレビクルーが、偶然水面に人影を発見して、ライトを当てたら、大きな荷物を浮き袋のようにしょっている、おばあさんの顔が闇に浮かびあがった。


驚いたクルーが、「なにやってるんですかー?」と声をかけると、おばあさんは「親戚の家に行くところです」と答えました。

「舟に乗ってください」と言って手をさし伸べると、「このまま自分の脚で歩いていくからいい」となぜかおばあさんは助けを拒否して、水中を泳ぐように歩きながら去って行こうとした。

 ほっておいたら危険だと判断したクルーは、慌てて追いかけておばあさんを舟に乗せ、事情を尋ねました。


 実はそのおばあさん、足腰を痛めて、長いこと寝たきりの生活をおくっていたというのです。

 独り暮らしで、どこにも出かけることができず、家にこもりっぱなしだったそうです。ところが、洪水の水が家に入ってきたら浮力で体が浮き、自由に動けるようになりました。


 久しぶりに歩くことができたおばあさんは、すっかり嬉しくなって、ちょっと離れた村にある親戚の家を訪ねることにしました。寝たきりになって以来、久しく会えずにいたのです。

 おみやげや生活道具などをまとめ、背中にしょったらちょうど浮き輪がわりになりました。水かさも肩ぐらいだったので、水中をスイスイ歩きながらここまで来たということでした。

 おばあさん、久しぶりに歩けたことがよほど嬉しかったのでしょう。元気そうで、終始にこやかにインタビューに答えていました。クルーはそのままおばあさんを舟に乗せ、目的地の親戚宅へ送り届けてあげました。


 これだけでも仰天ストーリーですが、この話にはちゃんとオチまでついていました。

 親戚の家に着いたおばあさんが、しょってきた荷物をひも解くと、大きなカバンの中から、なんと巨大なニシキヘビが這い出てきたのです。おばあさんが水中を歩いている間に、入り込んだらしい。

 現場は大パニック! この一部始終が、テレビカメラに収められていました。


 今回の水害では、ニシキヘビ関連のニュースも多かった。体長三メートルのニシキヘビが捕獲されましたなどと、様々な場所で目撃談が報告されました。

 またワニ園のワニが三百匹も逃げ出して、パニックになりました。七割ぐらいは捕獲されたけど、残りはまだその辺をウロウロしていて、捕まえた人は懸賞金をもらえるそうです。


                              ……続く。


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