佐藤正和はかく語りき。
佐藤正和は、己の名が嫌いであった。
27歳。男性。家族は母が一人。
友人は数人。趣味は少ない。
平均的で凡庸であり。
標準的な生活水準を保ち。
中央値なりの幸せを享受している。
不平を探す事も出来るのであろうが。
その労力の方が、より不満を産みそうな。
嘆くにも値せぬ、つまらない人生だと自覚はしていた。
そんな彼は、唯一。
己の名前だけが嫌いであった。
先ず、"佐藤"とはなんだ。
ありふれた名前である故に、彼は嫌悪を向けていた。
ナントカ院、ナントカ宮、そんな洒落た名前がいい。
苗字とは、その者に付けられたラベルである。
故に、それが平々凡々極まりない"佐藤"だなんて。
ああ、なんと自分は不幸な人間か。
彼は、そう本気で。
いや、少なくとも、そう信じようとしていた。
次に、"正和"。これがより嫌いであった。
母曰く、同じ読みの名を持つ祖父がいたらしい。
その祖父が立派な人だった故に、お前もそうなれと。
故に、ただの模倣であると彼は思った。
独創性に欠ける。ただのうつしである。
己の名が呼ばれた時。
もう冷たい土の下に眠った筈の、祖父が浮かぶ。
己の名と存在が、何かの触媒に思えてしまう。
ああ、呪いだ。
父母は俺に、呪いを寄越しやがったのだ。
生まれたコンマ1秒で、俺は呪われたのだと。
そう、彼は信じていた。
少なくとも、信じようともがいていた。
ぽり、と。頭を掻いた。
抜けた毛髪が、糸と因縁のように指に絡まる。
ばり、と。頬を掻いた。
できものが2つ、3つと潰れ、汁を吹いた。
爪を立てられれば楽になれように。
彼はこうして、表層を徒らに撫でるばかり。
骨と肉を傷付けるにも満たず。
名と親と、目に見えぬモノを呪うばかり。
閉ざされた窓掛から朝日が差し込む。
佐藤正和は、また今日を、明日を生き続ける。
故に、物語は途切れる事なく。
無分別で、無思慮で、無道徳な怨嗟は続く。
嗚呼、これぞ人の生。
佐藤正和は、かく語りき。




