『不真面目な第二王子からの手紙』
『思い返すと、家族なのに父さんやら母さん、兄貴に手紙を書いたことが無かったことに気付いた。送る必要のある状況にならなかったというのもあるし、仮に俺が手紙を送ったとして、あんたらはそれを読まなかっただろう。
それを考えると、あんたらがこの手紙を最後まで読むかどうかは、俺としては甚だ疑問だ。
出来損ないの第二王子からの手紙なんて、どうせろくなこと書いてないとか決めつけて、さっさと放って机の隅で埃を被っているのかもしれない。それどころじゃないだろうしな、あんたらも国も。
なんせ聖女がいなくなったんだから。霧のように、霞のように。
一大事を他人事みたいに言うなと思うかもしれないが、俺からすれば他人事だ。この手紙が誰かに読まれている頃、俺は城どころか、その国にすらいないだろうから。
何を言ってるんだと思っているだろうから、とりあえず順を追って説明していこう。先に結論から書いてもいいんだが、そうすると多分あんたらは、何をわけのわからないことを、とかって怒りそうなので。
まず、俺は城に戻る気は無いので適当に籍を抜いてしまって構わない。いくつか宝飾品を持ち出したけど、それは手切れ金ってことで勘弁してほしい。足が付かないように売るつもりだから、そっちからの捜索は無駄だとも書いておく。
その金の一部で、俺が聖女の脱出を手助けした。逃亡じゃなく、脱出だ。ここだけは間違えないで欲しい。私利私欲のために姿を消したわけじゃない。
俺は常々疑問だった。聖女と次期国王が結婚しなければならないという、実質的には何の意味もない仕来りが。
聖女を王妃に据えなくてはならないという考えが、王妃は国で一番幸せな女性だという何の根拠もない思い込みに由来していることが。理解できなかった。
聖女は美人だった。平民出身にしては、とかの前置きも付かない言い訳不要の美人だ。だからだろうな、兄貴は一瞬で惚れた。昔から美人に弱い人ではあったが、一目惚れするとこうなるのかって結構驚いたよ。
結果は、まあ知っての通り。溺愛って言葉が正しく似合う状況が出来上がった。出来上がってしまった。
朝起きてから夜眠るまで、よくもまああれだけ侍ってられるものだといっそ感心したが、俺は、そして城内のいくらかはこう思ってたんじゃないかな、もし自分が聖女の立場だったら死ぬほど鬱陶しいだろうな、って。
溺愛ってさ、良い意味の言葉じゃないと思う。溺れるほどの愛、言うなら、相手を殺すほどの愛なわけだから。
沈めるほどの愛は、果たして本当に愛なのか。ただの身勝手と何が違うのか。自己満足の延長線上、独占欲の失敗例。兄貴を見れば見るほど、そう思わずにはいられなかった。
そしてそれは、日に日にやつれていく聖女の様子からも明らかで、逆に兄貴は何故その異変に気付かないのか不思議でならなかった。
自分のせいだと思っていないのか、自分は正しいことをしていると考えているのか、自分は誠実だと信じているのか。俺には全く理解できないが、兎にも角にも、聖女が何かに追い詰められているのは誰の目にも明らかだった。
いや、誰の目にも、というのは一般的な感性を持っている人間の視点に基づいた話で、あんたらは多分何もわかってなかったんだろう。そうじゃなきゃ、こうはなってない。聖女が脱出するような事態には。
もう直接言う機会も無いだろうからここに書かせてもらうけど、兄貴は聖女の事なんか全く見てなかったと思う。自分がしたいことだけ押し付けて、自分のやりたいことだけ背負わせて、相手がどう思うかなんて一切考えてない傲慢さは、ある意味では王族らしい、って言えるのかもしれないけど、俺はそれを愛とは呼ばない。呼べない。
あんたのそれは、自己愛以外の何者でもないよ。
兄貴が聖女に散々干渉しまくって満足して自室に戻った後の夜、俺は聖女に接触した。言葉選び間違えた。声を掛けた。
これ読んだ兄貴が、浮気してたのか、とか叫んでそうなのが目に浮かぶから丁寧に書いておくが、俺と聖女の間にそういう関係はない。不名誉すぎるからここで晴らしておくけど。俺じゃなくて聖女の不名誉な。
俺はそこで聖女の逃げたいという意思を確認して、城から逃がすことにした。護衛として俺も付いていく形で。元々、この国の王族的、貴族的な価値観がどうにも馴染まなくて苦労していたので、渡りに船だったと言えるのかもな。
城に来る前、孤児院で搾取されるばかりだった聖女も、纏わりつくような息苦しさは今も昔も変わらないと言った。
とりあえず宝飾品をいくつか裏に流して資金を確保、監視の目が緩くなる時間と場所を把握。この辺りは、重要視されていないが王族ではある、っていう立場を利用すれば結構簡単だった。
そしてまあ、この手紙が読まれているどのくらい前かは知らないが、俺の部屋にまで捜索の手が伸びたってことは、俺たちは脱出に成功したんだろう。成功したならもう国内にはいないと思うから、さっさと諦めてほしい。
聖女は確かに大切だ。いるだけで国に祝福を齎すなんて言われてたら、囲い込みたくなる気持ちもわかる。そしてそれと同時に、囲い込まれたくなんてないという聖女の気持ちもわかる。
自ら望んで聖女になったわけでもないのに、好きでもない男に四六時中纏わりつかれて、王妃なんていう国で一番重い責任まで背負わされて。
唯一神とやらがどういうつもりで聖女を選定してるのか、この国に出現させているのかはわからない。多分一生、理解できることはないだろう。
だから俺は、自分に出来ることをする。自由を失った聖女に、可能な限りの自由を取り戻させるために一生を捧ぐ。
聖女を失ったのはまあ、自業自得だと思ってくれ。昔からこうだからと思考を止めて、何も考えずに王妃に据えようとした報いを受けているのだと、そう思ってほしい。人間一人の人生を奪おうとした、その報いを。
聖女がいなければ国が崩壊というするわけでもなし、むしろ、人が一人いなくなったくらいで国が亡びるなら遅かれ早かれという感じもする。
身勝手なことをって思うか? あんたらの場合は自業自得だけど、何の罪もない平民からすれば、そうなのかもしれない。でも、国の犠牲になることを強いられた聖女には、そのくらいの身勝手を言う権利があると、俺は思う。
自覚は無かったが、俺は意外と文句を溜めこんでいたらしい。ここまで関係ない文章が多くなったので、多分あんたらは碌に読んじゃないないだろう。だから、最後に簡潔な結論を書いてあんたらとの関係に区切りをつけようと思う。
聖女はもう戻らない。
もし何かしらの形で次があったなら、その時は、接し方を間違えないようにな。これが第二王子としてできる、最後の忠告だ。
さようなら。今までお世話になりました。』
二年後、とある国の第二王子曰く。
「俺も細かいところまでは知らん。以前からうちも含め、関わりたくないという国の方が多かったしな。聖女を失ってからは、随分と大人しくなったとは聞くが。人間の性根などそうそう変わるものじゃない。どっちにしろ、まあ今更だろ。
ん? ……ああ、それか。
こっちも別にな、無理に結婚しろやら子供を作れやら言うつもりはない。だが、移住してきてから今までずっと同棲しているくせに、進展について尋ねれば、そんな関係じゃないだの、向こうにはもっと良い人がいるだの、事あるごとに聞かされる俺の身にもなれ! 口も挟みたくなるだろ!」




