表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人の終わりが見える私、婚約破棄されたら騎士団長にだけ効きませんでした  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/15

第9話「あなたが笑うと、私は困ります」

 騎士団の慰労会に呼ばれたのは、エルナ自身が一番驚いた。


 「来週、団の慰労会がある。来られるか」


 クロヴィスから声をかけられたのは、三度目の詰所訪問のときだった。


 「慰労会、というのは」


 「半期に一度、団員たちで食事をする。堅苦しいものではない」


 「でも、私は団員ではありませんが」


 「協力者だ。呼んでいい」


 有無を言わせない言い方だった。エルナは少し考えてから、頷いた。


 ミラには「絶対おかしい」と言われた。父には「まあ、クロヴィス団長殿のお声がけなら」と意外にあっさり許可をもらった。父も、クロヴィスの名前には弱いらしい。


 当日、詰所の食堂へ向かうと、すでに大勢の騎士たちが集まっていた。長机にところ狭しと料理が並び、ジョッキが行き交い、あちこちで笑い声が上がっている。エルナがミラと入口に立つと、何人かがこちらを見た。


 「あ、先生来た」


 誰かがそう言った。


 「先生?」


 エルナが首を傾げると、近くにいた若い騎士がにこにこしながら近づいてきた。


 「アッシュフォード令嬢のことを、俺たちそう呼んでるんです。なんか、いろいろ当ててくれるので」


 「先生は、少し違う気が」


 「じゃあ、縁起屋様?」


 「それも違います」


 「エルナ様でいいです!」と背後でミラが言った。


 笑い声が上がった。その笑い声が、思ったより温かかった。



 慰労会は、最初に想像していたよりずっと賑やかだった。


 エルナの隣に、いつの間にかセドリックが座った。先日クロヴィスから休暇を与えられた、あの茶髪の騎士だ。


 「休暇、取れましたか」


 エルナが問うと、セドリックが少し照れたような顔をした。


 「はい。一週間、実家に帰りました。……団長から聞きました。令嬢が俺のことを気にかけてくれていたと」


 「少し見えただけです」


 「いや、助かりました。正直、限界だったので」


 セドリックがジョッキを傾けた。


 「帰ったら、母親の飯が食えて。犬と走って。それだけで、ずいぶん楽になりました」


 「それはよかった」


 「あと、ゴードン副長も、団長と話し合いをしたみたいで。何年も溜めてた不満をぶつけたらしいですよ。団長、二時間付き合ったって」


 「クロヴィス様が、二時間」


 「しかも、ちゃんと全部聞いたらしくて。団長、そういうことできる人だったんだって、みんなで驚いてます」


 エルナはそっと視線を上げた。


 部屋の端、少し離れた席に、クロヴィスが座っている。団員たちと言葉を交わしながら、時折こちらに視線を向ける。目が合うと、すぐに外される。


 ――いつからこうなったのだろう。


 エルナは少し不思議に思った。気づけば、クロヴィスの視線に気づく自分がいた。



 食事が一段落したころ、エルナはいつの間にか団員たちに取り囲まれていた。


 「令嬢、俺の恋愛運見てくれませんか」


 「えっ、俺も」


 「俺は出世運」


 「令嬢、縁起屋じゃないですよね? でも当たるって聞いて」


 「私が見えるのは、終わりの気配だけです。恋愛運はわかりません」


 「じゃあ、この恋、終わりそうですか?」


 「終わりそうかどうかはわかりますが、それを聞いて本当にいいですか?」


 「……やっぱりいいです」


 どっと笑いが起きた。


 エルナは、気づいたら笑っていた。


 声を上げて笑ったのは、いつぶりだろう。婚約破棄の前後は、笑う機会がなかった。社交界での笑顔は、どこか作り物だった。でも今の笑いは、作っていない。


 「令嬢が笑った」


 誰かが言った。


 「初めて笑ったな」


 「すごい、笑顔あるじゃないですか」


 「当たり前です」とミラが脇から言った。「エルナ様はいつも笑ってます」


 「いや、今日は違う感じがしますよ」とセドリックが言った。「なんか、楽しそうです」


 エルナは少し面映ゆかった。


 「楽しいです。初めて来たけれど、想像していたのと全然違いました」


 「どんなの想像してたんですか」


 「もっと殺伐としているかと」


 「失礼な」


 また笑い声が起きた。



 帰り際、クロヴィスが玄関まで送ってきた。


 ミラが少し先を歩いていて、エルナとクロヴィスは自然と二人になった。


 「今日は、来てよかった」


 エルナが言うと、クロヴィスが正面を向いたまま頷いた。


 「ああ」


 「団員の皆さん、いい方ばかりで」


 「そうだ」


 「セドリック様に、ゴードン副長の話も聞きました。二時間、付き合われたんですね」


 クロヴィスが少し止まった。


 「……誰から聞いた」


 「セドリック様から。みんなで驚いていると」


 「大げさだ」


 「いいえ、素直に。クロヴィス様はそういうことができる方なんだと思いました」


 クロヴィスが何も言わなかった。


 夜の空気が、ひんやりとしている。石畳に、詰所の灯りが長く伸びていた。


 「一つ、聞いていいか」


 クロヴィスが口を開いた。


 「なんでしょう」


 「今夜、笑っていたな」


 「はい」


 「ああいう顔をするのか」


 エルナは少し首を傾げた。


 「ああいう顔、とは」


 「楽しそうな顔だ」


 「……笑っていれば、そういう顔になると思いますが」


 「俺の前では、あまりしない」


 エルナは少し考えた。確かに、クロヴィスの前では笑うことが少ないかもしれない。緊張しているわけではないが、何か別のものがある。


 「クロヴィス様の前では、少し構えているのかもしれません」


 「構える?」


 「あなたが、私のことをよく見ているので」


 クロヴィスが少し止まった。


 「……気づいていたのか」


 「なんとなく」


 沈黙が落ちた。


 石畳の上を、夜風が通り過ぎていく。


 「エルナ」


 「はい」


 「あなたが笑うと、俺は困る」


 エルナは少し驚いて、クロヴィスを見た。


 「困る、とは」


 クロヴィスが前を向いたまま言った。


 「目が離せなくなる」


 エルナは何も言えなかった。


 何か返すべき言葉が、出てこなかった。


 クロヴィスはそれきり何も言わず、「馬車まで送る」とだけ言って歩き出した。


 エルナはその背中を見ながら、自分の胸の中に何かが落ちてきた感覚を覚えた。


 石ではない。もっと軽くて、温かいものが。


 ――なぜか、この人だけ「終わり」が見えない。


 その理由が、少しだけわかってきた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ