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人の終わりが見える私、婚約破棄されたら騎士団長にだけ効きませんでした  作者:


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第5話「あなたに仕事を頼みたい」

 翌朝もクロヴィスが来た。


 今度は前日に使いを寄越していたので、ミラも覚悟ができていたらしく、血相を変えずに応接室へ案内していた。成長だ、とエルナは思った。


 「昨夜の件で、改めて話がしたかった」


 クロヴィスはソファに座るなり、単刀直入に言った。前置きをしない人だ、とエルナはすでに学習していた。


 「昨夜の件、というと」


 「騎士団の話だ。正式に依頼をしたい」


 エルナはお茶を一口飲んでから、向かいに腰を下ろした。


 「改めて、内容を聞かせていただけますか」


 「騎士団内の人間関係に、問題が起きている。士気の低下、連携の不全。どこに原因があるのか、俺には詳細が見えていない。お前の目で、見てほしい」


 「具体的には、どういう形で」


 「騎士団の詰所に来てもらう。団員たちと話す機会を作る。その上で、お前が気になった人間を教えてほしい」


 エルナは少し考えた。


 騎士団の詰所。令嬢が足を踏み入れる場所ではない。父に知れたら、また面倒なことになりそうだ。


 でも。


 「一つ、確認させてください」


 「なんだ」


 「これは、クロヴィス様個人のご依頼ですか。それとも、騎士団として正式な依頼ですか」


 クロヴィスが少し間を置いた。


 「俺個人だ。団として動くには、手続きが要る。今は俺が動ける範囲でやりたい」


 「では、私が見たことは、クロヴィス様だけに報告すればよいのですね」


 「ああ」


 「わかりました」


 エルナはカップをソーサーに置いた。


 「お受けします。ただ、条件が一つあります」


 クロヴィスが目を細めた。前回も条件を出したことを、覚えているかもしれない。


 「言え」


 「報酬をいただきたい」


 「……それだけか」


 「それだけです」


 クロヴィスが少し拍子抜けしたような顔をした。もっと複雑な条件を想定していたのかもしれない。


 「金額は」


 「クロヴィス様が妥当だと思う金額で構いません。私は相場を知りませんので」


 「……お前は交渉が下手だな」


 「そうですか?」


 「普通は自分で金額を言う」


 「でも、クロヴィス様が不当に低い金額を提示するような方だとは思っていないので」


 クロヴィスが一瞬、何か言いかけて、止まった。


 それから、ほんの少しだけ口の端が動いた。


 「……わかった。騎士団の正規の協力者と同水準で出す」


 「ありがとうございます」


 「明後日、詰所に来られるか」


 「はい」


 「では、迎えを寄越す」


 クロヴィスが立ち上がりかけたとき、エルナはふと口を開いた。


 「あの、一つだけ聞いてもいいですか」


 「なんだ」


 「昨夜、私とレオン様の会話が聞こえていたとおっしゃっていましたが」


 「ああ」


 「あの場にいたのは、偶然ですか」


 クロヴィスが少し止まった。


 「……王子殿下のお供で、夜会に出席していた。それだけだ」


 「そうですか」


 「そうだ」


 「では、私のそばに来たのも、偶然ですか」


 短い沈黙が落ちた。


 クロヴィスはエルナをじっと見た。答えを考えているというより、どこまで正直に言うか測っているような顔だ。


 「……偶然ではないかもしれない」


 「そうですか」


 「お前は、そういうことを聞いて、怖くないのか」


 「何がですか」


 「俺が意図的にそばにいたとしたら、普通は不審に思うだろう」


 エルナは少し考えてから、正直に答えた。


 「クロヴィス様の輪郭は、今日もくっきりしています。翳りがない。悪意のある人間の輪郭は、少し違って見えるので」


 「……どう違う」


 「もっと、ぼんやりしています。自分の行動の結末を、本人も見えていないから」


 クロヴィスが静かに聞いていた。


 「つまり、俺には悪意がないと」


 「少なくとも、今この瞬間は」


 「用心深いな」


 「前世からの癖です」


 またしても前世という言葉が出てしまった。エルナは少し口を噤んだが、クロヴィスは今回は追及しなかった。ただ、目の奥に何か引っかかったものがある気配がした。


 「では、明後日」


 「はい。よろしくお願いします」


 クロヴィスが今度こそ立ち上がり、応接室を出ていった。


 廊下に足音が消えると、入れ替わりでミラが入ってきた。


 「聞いていたでしょう」


 「……少しだけ」


 「全部でしょう」


 ミラが開き直ったように頷いた。


 「エルナ様、騎士団の詰所に行くんですか? 令嬢が行くような場所じゃないですよ?」


 「仕事だから」


 「でも……」


 「ミラ」


 エルナはミラを見た。


 「私の終わりが見える?」


 ミラがぽかんとした顔をした。


 「……見えません。私はそんな力ないので」


 「私にも、今のところ見えないの。だから、行っても大丈夫だと思う」


 「そういう判断の仕方、絶対おかしいです」


 「そうかしら」


 エルナは窓の外を見た。


 明後日、騎士団の詰所へ行く。クロヴィスの仕事を手伝う。


 婚約が終わってから、思いがけない方向に物事が動いている。


 ――でも不思議と、怖くはなかった。


 エルナの中で、なんとなくわかっていた。


 これは終わりではなく、始まりの気配だ、と。


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