表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人の終わりが見える私、婚約破棄されたら騎士団長にだけ効きませんでした  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/15

第13話「あなたの終わりは、私が決めます」

 国王主催の夜会は、年に二度しかない。


 それだけに、会場の規模も招待客の数も、通常の夜会とは比べものにならない。エルナが父と馬車を降りた瞬間、宮殿の灯りに思わず目を細めた。


 「緊張しているか」


 父が言った。


 「少し」


 「婚約破棄のあとで顔を出すのは、骨が折れるだろうが」


 「大丈夫です。慣れました」


 父が少し寂しそうな顔をした。娘に「縁起屋」などと呼ばれてほしくはないのだろう。エルナは「心配しないで」と微笑んで、会場の中へ入った。


 案の定、入室した瞬間からちらちらとした視線を感じた。噂はまだ生きている。婚約破棄の令嬢、縁起が悪い目を持つ女、騎士団に出入りしている変わり者。


 エルナはそれらを、もう以前ほど気にしなかった。


 翳りが見えない人が、毎朝会いに来てくれる。それだけで、ずいぶんと世界の見え方が変わるものだった。



 声をかけられたのは、夜会が始まって一時間ほど経ったころだった。


 「アッシュフォード令嬢、少しよろしいですか」


 振り返ると、五十代ほどの男性が立っていた。レイン侯爵。北方の領地を治める、温厚で知られた貴族だ。翳りはほとんどない。穏やかな人だ、とエルナはすぐに判断した。


 「ごきげんよう、侯爵様」


 「単刀直入に申し上げます。うちの息子と、一度お会いになりませんか」


 縁談だ、とエルナはすぐに察した。


 「息子は今年で二十七。騎士団にも籍を置いておりまして、真面目な男です。令嬢の噂は耳にしておりますが、私はそういった話は気にしない質で」


 「……ありがとうございます」


 悪い話ではない。レイン侯爵家であれば、父も喜ぶだろう。息子が騎士団員なら、エルナの詰所通いも理解してもらえるかもしれない。


 でも。


 エルナはレイン侯爵の顔を見ながら、少し考えた。


 「少しお時間をいただけますか。父とも相談したいので」


 「もちろん。急かすつもりはありません」


 侯爵が礼儀正しく下がっていくのを見送って、エルナは静かに息を吐いた。


 悪くない縁談だ。でも、なぜか胸の中がざわざわしている。


 ――どうして、こんな気持ちになるんだろう。


 「断ることにしたのか」


 背後から声がした。


 振り返ると、クロヴィスが立っていた。礼服姿で、グラスを持っている。


 「……また通りかかったんですか」


 「王子殿下のお供だ」


 「それはわかっていますが」


 「たまたま近くにいた」


 エルナは少し笑った。


 「クロヴィス様、それをもう何度おっしゃっていますか」


 「……数えていない」


 「私は数えています。今夜で五回目です」


 クロヴィスが少し口を噤んだ。


 「断るのか」


 「……まだ決めていません」


 「そうか」


 クロヴィスの声が、ほんの少しだけ低くなった。エルナはそれに気づいた。


 「クロヴィス様」


 「なんだ」


 「今、不機嫌ですか」


 「……不機嫌ではない」


 「そうですか」


 「ない」


 「わかりました」


 エルナは前を向いた。夜会の人波が、ゆっくりと動いている。楽団が曲を変えた。


 「エルナ」


 「はい」


 「お前に縁談が来るのは、当然のことだ」


 「そうですね」


 「レイン侯爵家は、悪くない」


 「そうですね」


 「……だが」


 クロヴィスが少し止まった。


 エルナは横を見なかった。でも、クロヴィスの気配が、すぐ隣にある。


 「俺は」


 「はい」


 「お前が別の男のところへ行くのを、黙って見ていられる自信がない」


 エルナは、少しだけ息を止めた。


 「……それは、どういう意味ですか」


 「そのままの意味だ」


 「クロヴィス様」


 「なんだ」


 エルナはゆっくりと、クロヴィスの方を向いた。


 クロヴィスが、まっすぐエルナを見ていた。


 いつもの無表情だが、その目の奥に、エルナはこれまで見たことのない色を見た。


 必死さ、と言えばいいのか。それとも、怖さ、に近いのか。


 騎士団長のクロヴィスが、こういう顔をすることがあるのか、とエルナは少し驚いた。


 「近いうちに話したいことがある、と言っていましたが」


 「ああ」


 「まだ、言葉の準備ができていませんか」


 クロヴィスが少し間を置いた。


 「……できていない」


 「そうですか」


 「だが」


 「だが?」


 「このままでは、間に合わない気がする」


 エルナはその言葉を、ゆっくりと受け取った。


 間に合わない。


 縁談が来て、それが決まってしまう前に。


 「クロヴィス様」


 「なんだ」


 「私は」


 エルナは少し言葉を選んだ。


 「レイン侯爵の縁談は、お断りしようと思っていました」


 クロヴィスが、エルナを見た。


 「……なぜだ」


 「縁起が悪い気がしたので」


 クロヴィスが一瞬、目を瞬かせた。


 「縁起が、悪い?」


 「はい。なんとなく」


 クロヴィスがしばらくエルナを見た。


 それから、小さく息を吐いた。


 「……お前は、ずるいな」


 「そうですか?」


 「ああ」


 「クロヴィス様にずるいと言われるとは、思っていませんでした」


 クロヴィスがエルナの手首を、そっと掴んだ。


 力強くはない。でも、離すつもりもない、という温度の手だった。


 「エルナ」


 「はい」


 「明日、改めて来ていいか」


 「毎朝来ているではないですか」


 「それとは別の話だ」


 エルナはクロヴィスの輪郭を見た。


 今夜も、くっきりと鮮明だ。翳りの一片もない。


 「……どうぞ」


 「ありがとう」


 クロヴィスが、エルナの手首を離した。


 その手が離れた瞬間、少し寂しかった。


 ――今夜はじめて、エルナはそれを認めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ