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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

嘘つき少女とトゥエルブオクロックの魔法

掲載日:2026/04/02

今日は4月1日、エイプリルフールです。


「あれ!?わたしの家が犬小屋になってる!?」


「貰った札束が葉っぱになったぁ!財布の中身もぬき取られたぁ!」


「あったはずの橋がない!ないはずの建物がある!町の道がメチャクチャだっ!」



町の方々から聞こえてくる、阿鼻叫喚の声。



「アッハッハ~!騙されてやーんのっ」



その元凶たる少女は、人のお財布から抜き取ったお金をその辺にばら撒きながら高らかに笑います。


リーピアはとっても嘘つき。

いつも町の皆を自慢の魔法で困らせています。


自慢の魔法は『欺瞞』の魔法。

リーピアはまことうそで塗り潰す恐ろしい魔女なのです。



だから今日も今日とてイタズラ三昧!

リーピアはその力を人をおちょくることにしか使わない、はた迷惑な魔女なのでした。



「あっ!遊んでたらもう十二時じゃん!ごはんの時間だ!」



リーピアが右腕につけた時計に目を落とすと、そこでは時計の長針が文字盤のちょうど真上で短針と身を寄せ合っておりました。


それに遅れて、教会の大鐘楼が打ち鳴らされて街全体に正午をお知らせします。



「やっぱホーラちゃんの時計は正確だな。それに比べて教会の鐘のまばらなことよ」

「俺らにはこの時計があるんだから、鐘なんて鳴らさなくてもわかるよなぁ」


このちょっとズレて鳴らされる鐘の音を聞くたびに、みんな口々に自分の身につけている時計を褒めそやします。


この町ではみながみな、とある魔女が作った時計を身に着けているのです。

そしてそれは、リーピアも例外ではありませんでした。



リーピアは右手につけた純白の時計を誇らしげに見せびらかしながら、イタズラをしたみんなに向かって大きく手を振ります。



「それじゃあみんなまたね~!」

「お前は二度と来んなー!」

「はやくこの町から出ていけっ!」



みんなからの熱烈な『エール』を背に受け、ご満悦なリーピアは帰路につきました。



町の外れ。

鉱脈のあるはげ山に隣接した人気のない荒れ地に、ポツンと一軒だけ建っているあばら家。



「たっだいま~!」



リーピアはそのたてつきの悪い扉を無造作に蹴り開けます。


鍵がかかっていようが何のその。

リーピアの魔法にかかれば、扉は自分に鍵なんてかかっていなかったのだと"騙されて"しまうのです。



「おーい、ホーラ!今日も元気でやってる?」

「おかえりリーピア。ごめん、今手が離せないから冷蔵庫の中身勝手に漁ってていいよ」



そこではこの町の魔女が、今もせっせと時計を作っております。


『時刻の魔女』ホーラ。


彼女こそ、この町を縄張りとし、ここを時計の町たらしめた魔女なのです。



「……それ、昨日からずっといじくってるよね?なんなの?」

「なんか、珍しく変な注文だったんだよね。注文の意図もよくわかんないし……」

「時計マニアのホーラにわかんないんじゃ誰にもわかんないじゃん!」

「別に、私マニアじゃないし……」



ホーラとリーピアは二人暮らし。

というか、リーピアが勝手にホーラのお家に間借りをしています。



リーピアはずかずかとホーラの家に上がり込むと、冷蔵庫から卵を二つ取り出して、やおら目玉焼きを焼き始めました。


リーピアがプイプイと指を振るえばアラ不思議!

たちまち目玉焼きの色がサイケデリックに早変わりします。

リーピアはその出来映えに満足そうに頷くと、目玉焼きを柔らかなパンに挟みました。



魔法で最後に『隠し味』を忍ばせれば、リーピア特性サンドイッチの出来上がりです。



「ねね!ホーラの分も作ったから食べてみてよ!」



作業がひと段落したホーラは、そのサンドイッチをおひとつ摘まみます。

こぼれ出るサイケデリックな黄身に目を瞑れば、その味はいたって普通です。



ただ、一点を除けば。



「んぐっ……今日は何入れたの?」

「どうどう?わたし特製カラシたっぷり卵サンド!おいしい?」


リーピアはニマニマとしながら、自分もカラシたっぷりサンドを口に含みます。

彼女の壊滅的な味覚にしてみれば、これですら美味なのです。


ただし、今回カラシを魔法で混入させたのは単なるイタズラに過ぎませんが。



「んー……まぁ、普通に微妙。バランス悪い」

「えぇー!?反応うっすーい!もっと慌てふためいてよ~!」




二人はこんな風に、なんだかんだと仲睦まじく暮らしておりました。




「ねぇリーピア。私は今からクォーツの調整するから、洗濯とお風呂いれといてくれる?」

「えー!?昨日もそれわたしだったよ?」

「……家主のお願いは?」

「ぜったーい。……はいはい、わかりましたよっと」



ホーラはリーピアに家事を押し付けて、目の前の水晶クォーツと向き合います。


クォーツはホーラの時計にとって一番大事な部品です。

この小さな小さな水晶に彼女の魔法が刻まれ、時針を正確に動かしているのです。



こうやって時刻の魔法が刻まれた彼女の時計は、いつだって正確な時間を刻みます。

この町の人間にとって、彼女の時計はなくてはならない生活必需品なのです。



リーピアは、そんなホーラを横目で眺めます。



魔法は魔女にとっては唯一無二の宝物。



どんな魔法であれ、それを使う事こそが魔女として生まれ落ちた自分たちが、この世界で生きていく為に必要な事だとリーピアはそう思っているのです。



だから、この悪戯魔女もホーラの時計にだけは絶対に悪さをしません。



それはリーピアにとって、ホーラの魔法じんせいを侮辱することに等しいのです。



「ね、どうかな?今回の時計の出来は?」

「うーん。もうちょっと派手な方がかわいんじゃない?」

「……黒と白だと、地味?」

「地味ってか、ホーラの時計ってそればっかじゃん!」



実際、ホーラの左手につけられている時計も真っ黒です。

リーピアはホーラが色つき時計を作っている所をあまり見たことがありませんでした。



「でも、白黒って好きなんだよね。ほら、私たちの髪の色もそうじゃんか」

「ホーラのと違ってわたしの髪は自在だよ~?」


リーピアが指を回せば、まるで虹のようにくるくると髪の毛の色が変わっていきます。


「でも、ホントの色は黒色でしょ?光の加減で深い紫に見える綺麗な黒。私の時計も、リーピアの髪色を参考にしたんだから」

「えー?そうだったんだ!」


自分の事を褒められて、リーピアは悪い気はしません。

リーピアが嬉しそうに自分の髪をといていると、ドンドンと不躾なノックが扉を叩きました。



「ホーラ・フギト!私の時計はできているか!」



そんな二人の空間にどかどかと押し入ってきたのは、教会のお偉いさんでした。


彼は司祭級でしか身につけられない特別な服なんて着込んでいて、態度まで大きい背丈の高い男の人です。


「はい、ちょうどこちらに……」

「ウム。よろしい。ちゃんと注文通りクォーツに細工を入れたのであろうな?」

「入れましたが……あれはなんだったんですか?」

「フン。それをお前に教える義理はない」



男はぶっきらぼうにそう言うと、ホーラから時計を奪い取ってとっとと退散してゆきました。



ちなみにリーピアはすぐ奥に引っ込んで、欺瞞の魔法で隠れていました。

イタズラ魔女は、こういう人の気配を察知することに長けているのです。



リーピアがホーラの家に入り浸っていることを知る人は、ホーラただ一人なのです。



「……なぁーにぃ、アイツ。感じわるぅーい。せっかく丹精こめてやってんのに、時計の出来なんて全っ然気にしてないじゃん」

「別に良いよ、あの人はああいう人だから……今のが教会の司祭様だよ。この町で、一番偉い人」

「え?町長よりも?」

「うん。町長よりも」



事実、町長さんは司祭様に頭が上がりません。



「はーやだやだ!なんで教会ってどこ行ってものさばってるのかなぁ。わたし、教会の人ってキライなんだよね」

「私も一応、教会の人なんだけど?」

「ホーラは魔女じゃんか。あの人達とは全然違うよ」

「……」


「だっておかしくない?魔法ってのはわたしたち魔女のものだってのに、上から目線であーだこーだ言ってきてさっ」

「……人にあだなす悪い魔女のせいだよ。ほら、なんだっけ?あのサバトだとかワルプルギスだとか、そんな人達のせいだよ」



「……わたしも悪い魔女だよ?」

「リーピアは……違うよ」



ホーラはリーピアから目をそらしました。



「……リーピアも、あんまり派手にやってると『異端』扱いされちゃうよ?」

「もうされてると思うけどね。……そうだ!さっきの司祭にもイタズラ仕掛けてやろうかな?そしたらホーラだって——」

「————リーピア。……お願いだから」



なおもあけすけなリーピアに、ホーラの声が暗くなります。

不穏な雰囲気を感じ取ったリーピアは、普段のおちゃらけた口をつぐみます。

彼女はこういう場合では、意外と空気が読める方なのです。



「……リーピアは知らないかもしれないけど、この町では悪い魔女は異端者として教会に処刑されちゃうんだからね」

「えっ……それまじ?」

「処刑台に乗せられて、スパッと首をはねられて……それで、みんなの前で骨まで焼き尽くされるの」

「うげぇ~焼かれるの?最悪じゃん」



リーピアはあからさまに顔を顰めました。彼女たち魔女にとって、火葬とは生理的に嫌な事なのです。



「そうでしょ?だから、ここじゃイイ子にしてないといけないの。リーピアも、あんまり教会をおちょくっちゃダメだからね」

「ねー、そんならこんな危ない町なんか出て行こうよぉ。わたし、いろんな所巡って来たけど、多分もっとマシなとこならいっぱいあったよ?」

「……できないよ」



「私は、この町の魔女だから……ここで、生きていかなくちゃならないから」

「……」



ホーラの表情に影が落ちます。

リーピアはしまったと思いながら頭をかいて、それから食べかけのサンドイッチにかぶりつきました。



「……まっ!アイツらごときにわたしを捕まえられるとは思えないけどねっ。さっきもぜーんぜん気づいてなかったし」

「……そう、だね。リーピアなら、大丈夫だよね」



リーピアの気を取り持つようなその言葉に、ホーラは曖昧に笑うだけでした。




* * *




正午を知らせる鐘が鳴ります。


今日は十二時よりもだいぶ早く鳴らされてしまいました。


大鐘楼のある屋上の真下、教会の最奥にある一番広い一室が司祭のお部屋です。


司祭は、そのズレた鐘の音を聞きながら、コツコツと机を指で叩いています。



「——異端の魔女という存在は、我々『人類』にとって必要がないものだ。……いや、むしろ害悪ですらある」


「我らにあだなす悪い魔女は、教典を読み込ませて改心させてやるべきだ。そして、そこに改心の余地がなければ————そんな邪悪な存在は処刑しなければならない」


「なぁ、貴様もそうは思わないか?



————ホーラ・フギトよ」

「……はい」



司祭の部屋にいたのは、なんとホーラでした。

司祭はそんなホーラの反応に、不機嫌そうにコツコツと机を叩き続けます。



「それで?あの異端者……欺瞞の魔女の所在はまだつかめんのか?」

「はい。前にも申し上げたとおり、同じ魔女なのか、彼女は私のところには寄りつかないんです」

「フン。貴様らには一丁前に縄張りがあるんだったか。なれば貴様ももう少しは本腰を入れるべきだろうて。いうならば、奴は貴様の領分を踏み荒らす侵略者であろう?」

「……はい、そうですね」



司祭へ応答するホーラの表情は無感情です。

それはリーピアと話している時からは考えられないほどに凪いでいます。


ただ淡々と、要点だけを答える機械のような少女がそこにはいました。



「……まぁ、それはいい。欺瞞の魔女の捕縛については既に策を張っておる。今日貴様を呼び出したのは『いつもの』件だ」



司祭は椅子から立ち上がるとホーラに近づいて、その大きな手をゆるりと持ち上げました。


ホーラはそんな司祭の動きにびくりと身体を震わせます。


まるで、司祭に怯えているみたいに。



司祭はそんなホーラの反応を確かめると……厳かにその口を開きました。



「——時計の魔女よ、今より皆の時計の針を『十分』進めよ」

「……はい」



司祭の指示で、ホーラの身体から紫色の魔力が解き放たれます。

それはすぐに透き通って見えなくなって、町全体を覆ってゆきました。


時計のクォーツに仕込まれた時を刻む魔法がホーラの魔力に反応し、みんなの時間を十分だけ進めます。


ただ二つ、司祭とホーラのものを除いては。



時計の針が進んだことに気づく者は、誰もいません。



「愚かなものよ。こうして時間が狂っていることにも気づかぬ民衆も、こんな便利なものを利用しない教会も……」


「魔法とは、我々人類に神が与えたもうた特権に他ならない。それは、我らがより良く世を治めていくために使われるべきだと、そうは思わんかね?ホーラ・フギトよ」

「……はい。司祭さま。私もそう思います」



ホーラからの無感情な返答に、司祭様は短く鼻を鳴らします。



「フン。相変わらず無機質な機械のような女だ。貴様はもう少し『人間』の機微というものを理解したほうがいいのではないか?


そうだな……例えば、その錆び付いたバネに誰かから『油』を挿してもらうとかな」



司祭の小馬鹿にしたような笑みがホーラに突き刺さります。

その言葉の意味が分からないホーラではありません。



「ええ、司祭さま。だから最近は定期的に『油』を挿して貰ってるんですよ」

「ホ!貴様にその様な気概があったとは知らなんだわ。そのような貧相なナリをしていても魔女は魔女か。腐ってもヒトをかどわかす存在ということだな!ハッハッハ!」



司祭の下卑た笑いが部屋に響きます。


ホーラは司祭に嘘をつきながらも、その脳裏には確かに一人の魔女を思い浮かべておりました。



(実際、あの子にはたくさん油を挿してもらってるな……)



錆び付き頑なにこわばったホーラの心を滑らかにしたのは、他ならぬリーピアでした。

彼女はまさに、ホーラという時計の隙間に滑り込んできた、潤滑油だったのです。



司祭は机の上に並べた色とりどりの宝石を一つ一つ、丁寧に机へとしまい込みながら、ホーラに『教え』を教え込みます。



「私がこの町を裏から支配する。そしてゆくゆくは、教会の全てさえもこの私が手中に治めるのだ。


我らの大いなる神の名の元に!!


……これらは、その足がかりにすぎぬ」


「せいぜい精進することだ、ホーラ・フギト。



————貴様は、私の『共犯者』なのだから」



司祭の瞳にはギラギラとした野望が燃え盛っていました。

果たして、その炎を燃え上がらせているのは本当に神様への信心からなのでしょうか?


でも、ホーラにとっては、そんなことはどうでもいい事でした。

司祭が何を目指し、何をしようが、どうでも——



彼女はただ、彼の不況を買わなかった事に安堵するだけです。





その後もホーラはいくつかの時計の時間を操作して、ようやくその『お勤め』から解放されました。





ホーラが教会から出ると、すでに日は傾いて夕暮れ時になっていました。



「教会でのお仕事ご苦労様~」



そんな伸びた影の隙間から、ぬるりとリーピアが現れます。

まるで、最初からそこにいたみたいに。



この時ばかりは、ホーラは内心とても驚きました。


なぜって、リーピアが本気で隠れたら、誰にも彼女の姿を捉えることはできないのですから。


例え締め切った部屋での密談であろうと、彼女にかかればオールフリーと変わりありません。



「……ねぇ、いつもあそこで何やってるの?」

「別に……いろんな打ち合わせ。この町の時計は全部私が作ったものだからね。定期的に『調整』してあげないといけないんだよ」



教会での話を聞かれていなかったことにホーラは内心ホッと胸をなでおろします。


しかし、そんなホーラを見ゆるリーピアの玉虫色の瞳が揺れました。



「ねぇ!やっぱり変だよホーラ。なんか……あったんじゃないの?」

「……何にもないよ、リーピア。私は大丈夫だから」



「……ね?帰って晩御飯にしよう?」

「それなら、いいんだけど」



その日、初めてホーラはリーピアに嘘をつきました。




(大丈夫、これで大丈夫なんだ。


これで、私たちはこれからもずっと————)






次の日、とある人間が教会に捕まりました。

その罪状は宝石泥棒です。

曰く、決定的な証拠となったのは『時計の時間』です。


多くの人の証言、町各地に備わった時計、そして、教会が押収した彼の時計。

それらを元に、宝石を盗み出したのは彼しかいないということが浮かび上がってきたのです。




こうやって、ホーラの『正確な』時計は、町での犯罪行為の取締に大いに役立っているのです。




ホーラはその新聞を、暖炉にくべて燃やしました。

リーピアに見つからないように。



彼女はリーピアにだけは、自分のそんなところを知られたくはなかったのです。



(大丈夫、大丈夫————)



いつか来る終わりの日が、永久に来ない事を祈りながら。



ホーラは何度も何度も、心の中でそうつぶやきました。




* * *




(ホーラの嘘つき……)


でも、リーピアは全てを知っていました。


実のところ、最初はなんだったらちょっと面白がっていたくらいです。

なんたって、あの堅物なホーラが司祭と手を組んで、その悪事に手を貸していたのですから。



(なーんだ、ホーラもなかなかやるじゃんか)



そんなことを呑気に思っていたほどです。

でも、リーピアは気づいてしまいました。


悪事を働いているホーラが、ちっとも楽しそうじゃないことを。


そして、いつもホーラに浮かない顔をさせていた『原因』が、この事だったのだと。



もしもホーラが自分自身の為に、自分の魔法に従うがままに立ち振る舞っているのであれば。リーピアはそれでも良いと思っていました。



それこそが魔女の生き方であると、リーピアは今でもそう思っています。



でも、ホーラはそうではなかったのです。

ホーラは良心の呵責に、ずっと苦しんでいました。


その事に……隣でずっとホーラを見ていたリーピアは、すぐに気がついたのです。



(そんなの、つまんないよホーラ)



リーピアは立ち上がりました。ホーラの魔法じんせいを取り戻すために。


彼女の笑顔を、取り戻すために。



たったのそれだけの理由。

そんな取るに足らないそれだけのことが、リーピアを欺瞞の魔女として突き動かす、変え難い原動力なのです。



リーピアは姿を消して教会へ忍び込みました。

そうして、司祭へと近づきます。


ホーラが関与していない、司祭の決定的な悪事の証拠をつかむために。


司祭と一緒に部屋に入り込んで、彼の机にゆっくりと近づいて————




「 そ こ か 」




司祭の拳が、リーピアに襲い掛かりました。



「がっ!?」

「ふう、全くてこずらせおって。『やっと』私のところにやってきたか」

「そんな……どうして、どうやって!」

「それを貴様に教えてやる義理は無い」


司祭はリーピアの首を乱暴に掴みます。


「ほぅれ。どれだけ己を欺瞞で塗り固めようが、掴んでしまえばこっちのものよ。私は知っておるぞ?貴様ら魔女は見た目相応の力しか持たぬということはな」


「そして、どれだけ魔法で姿を消そうが!私の目を欺こうがッ!!この手中に貴様は確かに存在しているッ!!!」

「ぐぅ…」



数々の罪なき人々を打ちのめしてきた司祭の業拳が激しくリーピアの頬を打ちます。



「殺されたくなければ私に従え、欺瞞の魔女。貴様の魔法は素晴らしいものだ。それは神の名において、皆のために使われるべき力だとは思わんか?んん?」


「……自分に、の間違いなんじゃないの?」

「ホ!知れたことを。それこそが皆のためであることなど、わざわざ言わぬともわかろうに」



司祭の口が喜びで真横に引き裂かれる。まるで、ずっと欲しかったおもちゃを手に入れた時のように。



「わたしがお前の仲間になったら……ホーラのことは解放してくれるの?」

「……んん?貴様、何を言っておる」

「ホーラを悪事に巻き込むのは止めてって言ってるの。それなら、私はオマエの仲間になってやる」



リーピアのどこか上から目線の鋭い視線に司祭は一瞬キョトンとした後……心底おかしそうに笑いだしました。



「はーっはっはぁ!これは傑作よ!貴様、まさかあの悪女のためにここまで乗り込んできたのか?」

「なに?どういうこと?」

「愚か愚かよ、実に愚か!ホーラ・フギトは私の共犯者だ!あ奴は自らの存在を庇護されんがために、『自ら』私の手を取ったのだ!そんな同志を解放するなど……とんでもないことよ」



それを聞いたリーピアは信じられないという風にふるふると首を振ります。



「違う!そんなのは噓っぱちだ!ホーラはそんな奴じゃない!」

「お主でもあるまいに、この状況で噓を吐く必要があろうことか。————なぁに、簡単な事だったよ。


あ奴の師とやらをひっ捕え、首を刎ね飛ばし!そして燃やし尽くして貴様と同じようにその首根っこをつかんでやれば!あ奴は簡単にその首を縦に振りよったわ!」

「そんな……そんなの、酷すぎる……」



さすがのリーピアもこれにはドン引きです。



「それをお前が言うのか?欺瞞の魔女よ。貴様の魔法と私のやっていることに、一体なんの違いがあろうか?いや、むしろ大義がない分貴様のほうが罪深かろうて」


「わたしの魔法とオマエの悪行を一緒にするな!」


「魔女というモノはどいつもこいつも……いたずらに力を振り回すだけの邪悪な存在よ」


「そんな貴様らを私が使ってやるというのだ!世のため人のために!神と秩序の名の元に、悪しき魔法を正しき道へと導いてやるのだよ!」


「私のモノになれ欺瞞の魔女!」



弁舌に合わせて、司祭の手にも力が入ります。

しかし、舌先三寸だけならリーピアも負けていません。



「ハン!そんなのまっぴらごめんだね!オマエを見てると、どうして神って奴がオマエらに魔法をあげなかったのかよぉくわかるねっ」


「……仕方がない。では貴様の首を跳ねた後、その亡骸をあ奴に見せつけてやろうか。さすれば、あ奴も完全に反抗する気が失せようて」

「お前っ……!お前ェェェェ!」



リーピアは必死にもがきました。

その可愛らしい爪を司祭の太腕に突き立てます。


しかし、鍛え上げられた司祭の鋼の肉体は、そのようなことではビクともしません。



「感謝するぞ。貴様のおかげであ奴は、私のためにこの町で時を刻み続けることだろう————永遠になぁ!」



司祭の高笑いが部屋にこだまします。

それに合わせて、司祭の部屋へと異常を察した信徒たちが駆け込んできました。



「遅いぞ貴様らッ!直ちに処刑台の準備をしろ!!」

「し、司祭どの、これは一体……」

「見て分からんか?欺瞞の魔女を捕らえたのだ」

「は……しかし、その肝心の魔女はいずこに……?」



リーピアは彼らに一縷の望みを託し、自分にかけていた欺瞞の魔法を解きます。



「助けて!みんな、コイツ騙されてるんだよ!コイツはずっと裏で悪いことやってたんだ!この前捕まえられた宝石泥棒だって、冤罪だったんだよ!」



「証拠はそこの引き出しの中にある!お願いっ!」



リーピアは必死に声を上げます。


信徒の二人はその懇願に顔を見合わせて……


そして、二人して笑いました。



「なるほど。さすがは司祭さまです。直ちに準備に入ります!」

「はん、つくならもう少しマシな噓をつくんだな、この嘘つき娘め」


「急いでくれたまえ。私はこやつを逃がさんために手が離せんのだ……文字通りな」


「「はっ!直ちに!」」



リーピアは愕然と、それを黙って見ていることしかできませんでした。

信徒たちはバタバタとどこかへと行ってしまいます。



「なぁ魔女よ。貴様はそうやって健気にも抵抗しておるが……


死を目前に突き付けられ、その恐怖に心を焼かれた挙句、我が身可愛さにその頭を垂れることのなにがおかしいのか」



「誰もかれもが教典の中の人々のように気高くあれるわけではないのだよ。……むしろ、生きるためならば悪事にも平気で手を染める。信念さえも捻じ曲げる。それこそがヒトというものなのだよ」



「だからどうだ?今からでも『魔女』から『人間』へと心変わりしてもよいのだぞ?」



まるで諭すかのように、司祭はリーピアに優しく語り掛けます。

その言葉とは裏腹に、司祭の大きな掌がリーピアの細首をゆっくりと絞めていきました。



リーピアはその圧倒的な暴力のなすがままに……



司祭に向けて、べろりと舌を突き出しました。



「私の魔法は……私たちの魔法は!魔女わたしたちだけのものだッ!」


「……残念だ。本当に残念だよ欺瞞の魔女。貴様がもう少し賢ければな……




――――フゥンッッッ!」



まるで汚いボロ雑巾の埃を振り払うかのように、そのままリーピアは机に叩きつけられました。


彼女の意識は闇に包まれていき、ゆっくりとリーピアはその意識を手放しました。




* * *




「もう昼前なのに……リーピア遅いな」



ホーラは時計作りをしながら、中々顔を見せないリーピアにそわそわとしていました。

そのせいか、作業の進捗も芳しくありません。



リーピアが家に居座るようになってから、こんなことはただの一度もありませんでした。



(もしかして……)



自分の悪行がバレてしまったのではないか。

そして、リーピアに愛想をつかされてしまったのではないか。


ホーラはそんな恐ろしい事を想像して、心が冷え込んでいきます。



(最悪だな、私って……)



ホーラはそんな自分に毒付きました。



(自分のせいで無罪の人が捕まったことよりも……その罪が、リーピアにバレてしまうことの方が、嫌だなんて)



最初は罪の意識を強く感じていました。

それをなんどもなんども繰り返して、なんとか自分を正当化していって。


そんな時にホーラの前に現れたのがリーピアだったのです。


ホーラはリーピアとの生活に……

彼女の生き様に、救われてきたのです。



それは逆に、自分の罪をまざまざと感じさせました。



(どうしてあの時、私はリーピアに逃げてって言わなかったんだろう)



どこかに行って欲しくないと、そう思っているのか。


ホーラはもう、罪を抱えたまま、死の恐怖に一人錆び付いていく日々に、戻れなくなっているのです。



(どうしてあの時私は、リーピアと一緒に逃げなかったんだろう?)



それはきっと、ホーラに刻み込まれた色んなことのせいです。


師を助けられなかった自分、死の恐怖に、司祭の悪に屈した自分。

罪なき人々が裁かれていくのを、見過ごしている自分。


そして、そんな自分の隣に居てほしいと。

側に寄り添って居てほしいと、あさましくも願う自分が。



「……やっぱり、最低だ、私」



こんな顔をしていては、またリーピアに心配をかけてしまいます。

ホーラは沈み込んだ気分を変える為にお外へとでました。



しかし、お空はまるでホーラの内心みたいにどんよりと曇っていて、今にも泣きだしそうです。




今日の町は、いつもと違って随分と騒がしいです。

フードを被ったホーラの横を、二人の男の人が大声をあげながら走り去っていきます。



「おい!とうとうあの悪戯魔女が捕まったらしいぞ!広場で魔女裁判をしてるらしい!」


(えっ——)


「アイツにゃさんざっぱら困らせられたからなぁ。これでようやくこの町に安寧がもたらさられるな!」



嘘だ。そんな馬鹿な。



ホーラは自分の耳を疑いました。

まず最初に思い浮かんだのは、これがリーピアの魔法であることです。


しかしホーラはすぐにその考えを捨てます。


欺瞞の魔女として、当たり前のようにリーピアの倫理観は終わっています。

それでも、こんな悪趣味なイタズラをけしかけたことは一度だってないのです。



ホーラは自然と歩みが早くなります。

そしてとうとう、我慢できずに走りだしました。


走りながらホーラは考えます。グルグルぐるぐると。



本気で逃げるあの子を、捕らえ切れる筈がない。

だって、リーピアは欺瞞の魔法で——



「——以上のことから、この欺瞞の魔女を異端として処刑することをここに決定する!!」




広場にたどり着くと、確かにそこにはリーピアが処刑台に乗せられています。


本物?それとも、偽物?


そこまで考えたホーラは、捕えられたリーピアの腕につけられたある『モノ』に気がつきます。



それは、ホーラがリーピアのために作った、真っ白な時計でした。

その時計からは、確かにホーラが刻み込んだ魔法の気配が感じ取れます。



時を刻む魔法の、カチコチとした魔力の響きが————



(あっ————)



その瞬間、ホーラは気づきました。


あそこに捕まっているのが、本物のリーピアであることを。

そして、欺瞞の魔女たるリーピアを、どうやって『捉えた』のかを。



『策なら既に仕込んでおる』



(嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ)



司祭の時計にだけ施された、クォーツの細工。



『この細工には一体どんな意味が——』

『それを貴様に教える義理はない』



時計としての機能は最小限に、無秩序に掘られた水晶の溝。

それが作り出す、空っぽな魔力の経路……




他の時刻魔法との、共振————




(嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……)




『ねぇ、リーピアに時計を作ったの』

『え?わたしに?わたし、時計なんてつけないんだけど』

『だからだよ。ねぇ、つけてみてくれない?』


『……ふぅん。けっこーイイじゃん』

『気に入ってくれてよかった』

『あ!そうだ!ならホーラの分も作ろうよ!わたしも時計つくってみたい!』

『え、私の……?』

『うん。だってホーラも時計つけてないじゃん』

『私は自分の魔法があるし……』

『ねー、いいじゃんかぁ』



『——どうせならさっ、お揃いにしようよ!』




処刑台にホーラは手を伸ばす。

ホーラの左手首に付けられた真っ黒な時計が、十二時ゼロ分をお知らせした。



ガコンとレバーが降ろされて、リーピアの真上に鋭い刃が落ちてきます。


それは鈍い音を立てて、鮮血を青い空へ舞い散らせました。

教会の大鐘楼が激しく打ち鳴らされて、民衆が声を上げました。




ゴトリと、リーピアが石畳の上に転がります。





(嘘だ————!)




「……ねぇ、あれってほんとに死んだの?私たちまた騙されてるんじゃないの?」

「だからこのあと教会で封印と浄化をして、明日火で燃やすんだろ?」



「二度と悪しき魔女が蘇らないように」



これが覆しようのない現実だと、ホーラだけが気付きました。

リーピアの時がもう止まってしまったのを、ホーラだけが気づいています。



ホーラだけがそれに"気づけました"。

ホーラだけは……



(どうして、なんで?どうして……どうして————)




『それなら、いいんだけど』


彼女だけは、あの時あの瞬間、リーピアの噓に気づけたはずだったのです。




ホーラはいつまでもいつまでも、その広場で立ち尽くしていました。

天気が崩れて雨が降り、リーピアの血を洗い流してしまっても、ずっと————



一人で。




* * *




雨がやみ夜が明け、長い長い自問自答の末に、ホーラはようやく動き出します。



(リーピアを燃やさせてやるものか)



ホーラは、ただその一点のみを胸に、教会に乗り込みます。



ホーラは見張りの二人の時計をいじりました。バレないように時間を狂わせるのはお手の物です。



「……あれ?お、おい!もう十二時十分を回っているじゃないか!」

「あぁん?まだ五十分ぐらいだったろ……うわ!ホントじゃねーか!今日の鐘当番は?!」

「ポッコツの野郎だ!あの馬鹿、まさか休憩所で眠りこけてるんじゃなかろうな!」

「ありうる……おい!急いで鐘をたたきにいくぞ!司祭さまにどやされるのは俺らもなんだからな!」

「おう!」


見張りの二人は慌てて屋上へと向かいます。

ホーラはそれを見届けて、悠々自適に安置室へと足を踏み入れました。



狭い安置室の中央には、ただ一つ棺桶が鎮座しています。



「……リーピア」



ホーラは、その重たい蓋をやっとこさ開きました。

そこには、上下二つに別たれたリーピアの頭と体が、棺桶の中で乱雑に寝かされていました。


飛び散った血もそのままに。


処刑されたのち、そのまますぐに棺桶に入れられたせいか、その血はまだ乾いていません。


むせ返るような鉄の匂いが部屋に満ちます。



「……私の魔法で、時間を戻せればいいのに」



もちろんそんなことはできません。ホーラの魔法は、時刻を淡々と刻むのみ。



ホーラはリーピアを優しく『持ち上げ』ました。そして、服が血で汚れるのもいとわずに、リーピアを抱きしめます。



ホーラはその場でへたり込みました。



「……ねぇリーピア。貴女はどこからやってきたの?私は貴女を、どこに還してあげたらいい?」



リーピアは答えません。



「こんなことなら、もっと貴女のことを聞いておくんだった。もっと貴女と、いろんな話をしておくんだった」


「もっと貴女と――――



ずっと、一緒にいたかった」


ホーラの頬を涙が伝っていきます。

その滴り落ちた透明な雫が、リーピアに滲んで赤く染まっていきました。



まるで、リーピアに染められたホーラのように。



「なんでこんな……今さら……気づくの?」



私の……


私は……


私が……




「————全部、遅すぎだよ」




長針は短針を置いて、一人先にいきました。

短針はノロノロと起き上がりながら、我が身の遅きを呪います。



そんな二人の別れの時間を終わらせるように、偽りの正午を知らせる鐘の音が無慈悲にも打ち鳴らされました――――






【嘘ならばどれほど良かったでしょう】  

おわり
















————カチリ、と。

ホーラの時計が正しい十二時を指し示します。


その瞬間、時計のクォーツから七色の光があふれだしました!




「————うっそだよーーんっ!」



死んでいたはずのリーピアの瞼がぱちりと開かれ、あのおちゃらけた口調がこだまします。



クォーツから発される七色の光はリーピアの身体をみるみると包み込んでいき……

その光が収まった後には、五体満足のリーピアが棺桶の中で座っていました。



さっきまでホーラが抱いていた"生首ーピア"は、いつのまにか腕の中から消えています。



「キャーーー!?お、オバケッ!?」

「ちょ、お化けじゃないよー!リーピアだよっ」



そのあまりの出来事にホーラは生まれて初めて悲鳴を上げて、これまた初めて腰を抜かします。


リーピアは慌てて棺桶から勢いよく飛び出しました。



「う、嘘……本物?」

「もっちろん。ほら、触って確かめてみてよ。ホーラならわかるでしょ?」



ホーラは恐る恐る、差し出されたリーピアの胸に手を当てます。

そこでは確かに、リーピアの小さな心臓が時を刻んでいました。



「へまってアイツに捕まっちゃってさー。逃げれなさそうだったから、わたしの魔法で死を偽装したんだよ!……といっても、嘘とはいえ死んだことにすると自分で魔法を解除できなくなるんだよねー。


……だから、ちゃんと復活できるかはホーラ任せだったの」

「そんな、そんなの、一体どうやって……」



「それそれ!そのホーラがつけてる方の時計!……実は、それ作った時に私の魔法を仕込んでおいたんだよね」



リーピアが指さすのは、ホーラの左手首に付けられた二人の思い出の品。

リーピアの右手に付けられた白い時計と対となる、ホーラの漆黒の時計。



「ホーラの魔法が十二時をお知らせする時に、わたしの欺瞞を暴く魔法をさっ!


……わたしがどんなに噓で塗り固まっていても、ホーラが本当の私を見つけてくれるように——」



リーピアは頬をかきながら、ちょっと照れ臭そうにそう言いました。



「わたしが死を偽装しても、ホーラならきっとわたしの所に来てくれるって……わたし、そう思ってたから」

「リーピア……リーピアぁ!」



ホーラはリーピアを抱きよせました。

伝えれなかったオモイを刻み込むように、刻まれてしまった後悔を塗りつぶすように強く、強く——


二つの針はここで再び重なりました。



「リーピア、ごめん……ごめんね、私のせいで……」

「ううん、良いんだよ。……ね、行こう?ホーラ。わたしと一緒に。


——こんなところ、飛び出しちゃおうよ!」



「だってわたしたちは……魔女は!魔法はっ!自由なんだからっ!」

「————っ!うん!」



ホーラは涙を浮かべながら、今度は力強く頷きました。

リーピアは腰を抜かした彼女を抱きかかえて、教会から飛び出します。




「あっ!でもその前に……」




「最後に、盛大にイタズラしちゃおっか!」




————次の日、町は騒然としました。



「号外!号外だよぉ!司祭の汚職が発覚した!」



なんと!町中の至る所に魔法で刻まれた文字が浮かび上がっているではありませんか!


それは司祭の悪事を事細かく記した文章でした。それが町のありとあらゆる場所で、鮮やかな色で目立つように滲み出てきているのです。



ホーラとリーピアの魔法を組み合わせたそれは、その後のどんな解呪も寄せ付けなかった強力なものです。



不審に思った住民たちは、事の真偽を確かめに教会に押し寄せます。



「これは一体どうなってるんですか司祭!」

「ううううるさい!これは悪しき魔女の呪いだ陰謀だ!皆のもの、騙されるんじゃないぞ————」



「——失礼、少しよろしいですかな?」

「な、何者だッ!?」



ドカンと教会の扉を壊して入ってきたのは、司祭と同じ服装をしたおじいちゃんです。

しかし、おじいちゃんの服装の方がどこか格式高く感じます。



「な、ん、貴方は大司教……」

「通報があって来てみれば……どうやらおいたが過ぎたようですなぁ、アームストロング司祭」


「——ッ!だ、誰だ!大司教様をこんな所にまで呼び出したのはッ!!この件はまだ公にする段階ではないぞ!」



司祭が怒声を上げてもみんな目を逸らすばかりです。ここには誰も、司教の味方をする者はありません。


「大司教!これは何かの間違いなのです。ご足労いただいて申し訳ないのですが、この件は私が預からせていただき、然るべき後にご報告させていただきます」


「ふむ、そうですか。……なるほどぉ」


おじいちゃんは司祭を一瞥すると、一つ頷きました。


「ところで、私の右目は義眼でしてなぁ。実は、とある魔女殿に作っていただいた特別な義眼なのですよ」

「な、へ?……大司教さまともあろうお方が、魔女なんて邪悪な存在と密通をっ!?それは神聖会議ものですぞ!?」

「彼女とはそのような甘い関係ではございませんよ。持ちつ持たれつというやつです。……それに、我らが主が教えたもうたことによれば、彼女らはそのような謗りを受けるべきではございません」


「魔女を邪悪な存在だとしたいのは……貴方ではないですかな?司祭」

「ぐぅ……!」



大司教の醸し出す迫力に司祭はたじたじです。



「私の義眼は『真実』を見通す。……司祭、お話はそれこそ神聖会議で伺いましょうや」



そして、大司教の右眼から青い魔力がほとばしりました。

その光景がなによりも今回の事が真実であると、それを見ていた民衆や信徒たちに感じさせました。




「は、計ったなぁアアアア!あの薄汚い魔女どもがぁぁぁ!!」




こうして、汚職司祭は教会のお偉方によってその深き罪を裁かれました。


これからは、もうこの町の時間が狂うことはないのです。



ホーラがいなくなった後も、町の時計たちは寸分の狂いもなくその時間を刻んでおります。


そして、かの司祭を告発した文章もまた、毎日同じ時間に浮かび上がり、十二時になると消えてゆきます。



町の人々はこれを戒めとして、リーピアが処刑された日を『司祭戒めの祝日』としました。

みんなは浮かび上がった文字の前で待機して、それぞれの家で受け継がれている『時計』を眺めます。



そうして正午を知らせる鐘の音と共に、いなくなってしまった『二人』の魔女へと祈りを捧げるのです。



こうして、この『時計の町の魔女たち』のお話は、後世にまで長く長く語り継がれたのでした。



めでたし、めでたし————









「……あー面白かった!しょっ引かれてる時のアイツの顔ったら!見物だったねっ」

「ふふ、ほんとにね。……ありがとうリーピア。正直すっとした」

「ならよかった!」


柔らかな日の光が差し込んでくる街道を、二人の魔女が歩いている。


美しい白髪の少女の顔に、もはや憂いはない。

彼女は自分自身の魔法じんせいを、ようやく取り戻したのだ。


それを嬉しそうに見ゆる黒髪の少女に、ざわりと木の影が差してくる。



「……でも、わたしホーラにも汚名をかぶせちゃった。……ごめんね」



珍しく、いや、この世に生を受けてこの方、ただの一度も謝ったことが無いあのリーピアが、こともあろうにしおらしく謝罪をしているではありませんか!


それを見たホーラは、むしろ顔をほころばせます。



「別にいいよ、そんなの。私の名誉なんてどうだっていい」


「汚名に塗れようが、悪名が轟こうが……私は、リーピアの隣にいれれば、それでいいんだ」

「……わたしといると、天国に行けなくなっちゃうかもよ?」



リーピアの玉虫色の瞳が木陰の中で不安に揺れます。

それを振り払うように、ホーラの固い意志が込められたアメシストの瞳がリーピアをまっすぐに射抜きました。



二人の視線が交差します。

リーピアの不安定な七色の魔力を、ホーラの紫色の魔力が優しく包みます。


魔女にとっては、それだけで十分でした。



「私ね、固っ苦しく生きるのはもうやめたの。それに————



————私、神様なんて信じてないもの」




ホーラはリーピアのマネをして、その短い舌を突き出しました。

それは不慣れで不器用でヘタクソだったけれど……


彼女なりの、世界に対する確かな反抗でした。



二人はもう同じ文字盤の中にいる。

それはこれから、例え追い越し追い抜かれても、何度だってまた重なり合うことができることの証明でした。


リーピアはそれを、確かにホーラから感じ取ります。





「————それじゃ、いっしょに地獄に落ちよっかぁ」




リーピアがどこか、嬉しそうに笑います。

普段のおちゃらけた笑い方じゃない——心の底からの笑みを。

ホーラはそんな彼女に微笑み返して、リーピアの手を握りました。



もう二度と離れないように、離さないように、しっかりと。



二人はそのまま、ここではない何処かへと歩き始めました。

白と黒、二人の手首に付けられたお揃いの時計が共振をしながら、アイも変わらずにカチコチと時間を刻んでおります。




そしてカチリ、と。





二人の時計が、同時に『十二時一分』を指し示しました。





【時よ流れよ永遠に】 完

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