鶴蒔橋
横浜市青葉区の市ケ尾町付近にある小さな道路橋。地元では普通に「鶴蒔橋」と呼ばれている。
鶴蒔橋
数カ月後に高校受験を控えた鷲田貴夫は所謂劣等生で、今日も惨々たる内容の模試成績を如何に親から遠ざけようか、夜遅くまで続いた塾の帰路でいそいそと思案する必要があった。街灯の白明かりと月の光に挟まれ、斑なる淡墨を謳う内臓の透いた冬の浮雲の、一等星やら二等星が僅かにちらついているばかりの霄に薄く塗り伸ばされては右へ、右へ、冷ややかに凪いでいる舗道より頭上はその向きに風が強いのだろう。彼は心半ば、今更成績を隠そうとしたところで、どうせその末は知れているんだ、とも思っていた。頭の中にあるだけの、策を切り貼りするものの、結局最後は諦めて、それならせめてそうした意思を、悟られぬようにしようとて、開き直って自ら親へ打ち明ける迄の顛末も、既に幾度と繰り返していたのだ。
別段彼は怠惰な人間というわけではない。寧ろその性格は生真面目と言うべきものであった。これまで勉強の努力も彼なりに一生懸命していた筈だのに、一向に結果が振るわないその一点で…。これは高卒の両親から受け継いだ生来の頭の悪さがためであると貴夫は信じてやまなかったが、彼に関してはその他にもどうも物事を悲観し過ぎるところがあるらしく、上がる気配のない学力を憂いて全く勉強に身が入らぬ、そうしてまた殊更に成績が落ちるという絡繰がとどのつまり実際の因である。そのうち彼もある種の諦観を覚えたか、遂には勉強そっちのけで、数段下位の偏差値帯にある高校のパンフレットを色々取り寄せ、連日眺めてばかりいるようになった。そんな次第の息子を見ると、今度は親が焦り始めた。叱る回数も増えていき、使われる語彙は日を追うて強くなる。それでいよいよ貴夫は親にも嫌気が差し、極力成績の話を親の前に持ち出さぬようにと心得るのだった。
遅めの歩調と合わせて後景へ流れる帰り景色の中、重く沈んだ心をなにか忘れさせてくれるようなものは無いか、貴夫は一頻りきょろきょろ探してみるが、なにしろ家とコンビニばかりでそうそう面白いものなど求まらない。そこで彼はいつも通り鶴蒔橋まで行き、いつも通りその腹に立ち、眼下に展いている高速道路を眺めてはそれに心を浄化せようと試みる。
彼は帰路に見える景色のなかでも、特段にこの高架下をくぐる高速道路の姿を好んでいた。家周りの街灯の、まるで無生物的な白い光とは違う、柔らかい橙色の光が道路脇のナトリウム灯から洩れて出て、中空に崩れて、照らされた車線の束、その先の彼方の暗がりに知らない街の小さな光の粒が点々と見えて、前から背に、背から前へ入り大小色々の車列が往来するのが見えるのだ。彼は都度、これらの車は、全てどこか旅行へ行く道すがらなのだという妄想に耽った。貴夫の真下、よりも少し先の方にある緑の標識には、白文字で「静岡」、静岡といえば、そうだ熱海、この車に乗っている人たちは、きっとこれから熱海へ温泉旅行に行くのだ。或いはそのさらに遠く、名古屋であろうか、いや、またさらに遠くかも知れない。いずれにせよ彼等は期待に胸を躍らせ、知らない街へ、ずっと気儘に、一切の逡巡も抱えずに、そして、今自分を苛む何もかもが転がり落ちるこの街のことなど気に留めることもなく…。貴夫にとってこの妄想は、いわば監獄とも言えよう所から、行くことの叶わない、広大で自由な、ずっと遠くの世界が、彼の中の冒険心を絶えずおひゃらかすような、また彼の憧憬を絶望の底に叩き落とすような二面性を持ち合わせていた。貴夫はしばらくしてから鶴蒔橋を離れた。明らかに、というほどでも無かったが、それでも気が軽くなったような思いがするのだった。
年が明け、いよいよ入試まであと一カ月というところだった。直前期最後の模試がその頃に行われた。貴夫は、かつてない程の高得点を取った。これまでの悲惨な判定を全く思わせぬ成績が出た。普通に考えて、それがまぐれによるものなのは言うまでもないことだったが、鷲田家の人間は、哀れにも、これこそ彼の本来の実力なのだと心から信じてかかった。それはまるで何かに縋り付くかのように…。皆、少し気が狂っていたのだ。もはや沈みゆく泥船のような受験生活で、親も子も壊れてしまっていた。結局、志望校は下げぬまま出願した。やがて一週間程たち、貴夫本人のみが、実力と結果とのずれを無視できなくなり始める。最後のまぐれを今一度知悉するに至るまでも、そう時間は掛からなかった。彼は、彼のこれからの人生に付いていた枝葉が一度に落ちてしまったような気がして、どうしようなく恐ろしくなった。
また塾の帰り、鶴蒔橋へ行った。いつもの高速道路を眺める。貴夫はそこで始めて、目の前の金属製の柵が無機質な白色をしていたことに気づいた。ふと脳裏を染めた妄想が、その刹那で貴夫の憧憬を確実に破壊した。
この両親は貴夫の死後数年、妻の閉経する直前で新たに一人男の子を授かったらしい。それは実質的に貴夫の弟にあたるわけだが、鳶が鷹をどうとやら、そちらは既に才知の片鱗を見せ始めているそう。貴夫の弟は二歳の終わり頃には平仮名の読み書きを覚えてしまった。両親はこれに大いに可能性を感じて、ゆくゆくは中学受験をさせようと息巻いて資金調達に勤しんでいる。
貴夫の死を受けて置いた仏壇も、それが貴夫の受験ストレスによる自殺で弟に教育上不適切、と言ってつい最近撤去してしまった。
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