第八話 金山の風
南部との戦を終えた安東家に、新たな嵐が吹き荒れる。
狙うは金山、動くは伊達――。
伊達の慢心、最上の静観。絡み合う思惑の中で、影武者と玲夢が描く「次の一手」とは。
物語はここから、第二章・伊達編へと加速します。
第八話 金山の風
春とはいえ、城内の空気はどこか慌ただしかった。
廊下を歩く新当主(本物)の後ろを、ぴたりと玲夢がついてくる。
「玲夢。いつまでついてくるの?」
「あなたが寝るまでだ。四六時中監視していないと、何をしでかすかわからないでしょう」
「そんな変なこと、何度もしないわ」
玲夢はぴたりと足を止め、じとりと睨む。
「越後の長尾に対して、国境を越えていないのに“越えた後”と書かないと言えるのか?」
「……は?」
「まさか、もう書いたの?」
新当主は一瞬だけ目を逸らし、そしてにやりと笑った。
「さすが玲夢。その発想はなかったわ」
「いいかげんにしろ(怒)あなたの性根を叩きなおす(怒)」
城内に雷が落ちる瞬間。
その空気を断ち切るように、足音が近づいた。
影武者だった。
「伊達が動いた」
空気が変わる。
「金山だ。最上と共同で押さえていた山を、奪われた」
玲夢の眉がわずかに動いた。
「最上は?」
「静観だ」
短い返答。
静観――それは動かぬことを意味するが、何もしていないとは限らない。
その時だった。
奥から、もう一人そろばんを持った人物が静かに進み出た。
この用人。まだ若いが、安東家の執務を取り仕切る頭脳・安東の金庫番兼相談役と言われている存在だ。
「失礼いたします」
声は低く、落ち着いている。
「金山の収益は確かに魅力的ですが、当家への影響は限定的です。備蓄、兵站、年貢配分――すべて織り込み済みで運用しております」
玲夢が横目で見る。
「つまり?」
「焦る必要はございません。むしろ――」
一拍置く。
「伊達は、やや急ぎすぎているように感じます」
影武者は用人を見て言った。
「急ぎすぎ?」
「はい。最上殿が安東を攻めると踏んでいるのでしょう。ゆえに、背後を気にせず動いている」
新当主が首をかしげる。
「最上が攻めるかもしれないって、伊達は思ってるの?」
「思わせている者がいる、ということでしょう」
用人はそれ以上は言わない。
影武者はその横顔を見た。
静かな男だ。だが、視線の奥で何かが動いている。
玲夢は腕を組み、しばらく考え込む。
「……なるほど。慢心か」
敵がこちらを侮るなら、それは隙になる。
問題は、どう突くか。
「どうする?」と影武者が問う。
玲夢は窓の外を見た。
遠く、川が光っている。天然の防壁。幾度となく小競り合いを繰り返してきた境界。
「川は越えさせない気だろうな」
「正面突破は困難でしょう」と用人。
「ならば、越えさせる」
玲夢の声は静かだった。
新当主が振り向く。
「え?」
「追わせる。川を越えさせる。向こうが“勝った”と思った瞬間に、足をすくう」
影武者が目を細める。
「策はあるのか」
玲夢は口の端をわずかに上げた。
「ある」
玲夢の視線が、ふと新当主へ向いた。
用人も、影武者も、あえて聞かなかった。
城の空気が、ゆっくりと変わる。
戦が始まる前の、あの独特の静けさ。
伊達は金山を得た。
最上は動かない。
安東は――
まだ、何も見せていない。
玲夢の瞳だけが、川の向こうを見据えていた。
だが、その背後で静かに頭を下げる用人の口角が、わずかに上がったのを、誰も見てはいなかった。
「……用人?お前、今何を笑った?」
影武者が低い声で問う。用人は顔を上げず、ただ冷ややかに答えた。
「いえ。伊達と最上、そして……さらにもう一軍が思ったより多いと思いましてな」
もう一軍?
玲夢が驚愕して振り向こうとしたその時、伝令の叫びが城内に響き渡った。
「報告! 国境に、伊達の軍勢が出現しましたッ!!」
その波紋は、まだ誰も――玲夢すらも、知らなかった。
南部編に続き、読んでいただきありがとうございます。
今回登場した金庫番の用人、少しだけ「ただ者ではない」
雰囲気を感じ取っていただけましたでしょうか。
(この用人……実はとんでもない人物の関係者だったりします
歴史好きの読者は『あ!』っと思うことでしょう。
正体は最終回に明かされますのでそこまでお待ちください)
「川は越えさせないのではなく、越えさせる」。
玲夢の自信の裏には、一体どんな策が隠されているのか。
伊達を陥れる罠の全貌は、次話から本格的に始動します。
安東家の逆転劇、ますます面白くなってまいりますので、明日もぜひお見逃しなく!




